少年と犬 馳星周著 文芸春秋 1600円

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賢くて勇敢で愛情深い

評・南沢奈央(女優)

◇はせ・せいしゅう=1965年、北海道生まれ。作家。著書に『不夜城』『漂流街』『比ぶ者なき』『暗手』など。
◇はせ・せいしゅう=1965年、北海道生まれ。作家。著書に『不夜城』『漂流街』『比ぶ者なき』『暗手』など。

 犬は時に、見透かすような目を人に向ける。犬と暮らしたことのある人なら、その目を見てドキリとしたことが一度はあるはず。そして繕えなくなり、本音を吐き出してしまう。ちゃんと受け止めてくれるだろうという信頼と安心感が、犬にはあるのだ。

 悲しい時、寂しい時、つらい時、私も本作の多聞たもんのような犬に寄り添ってもらいたい。表紙にたたずむのが多聞。シェパードに似ているが、少し体の小さい雑種だ。「犬は言葉はわからなくても、人の意志を見極めようとする」とあるが、多聞は確かにしっかり人と向き合ってくれる。賢くて、勇敢で、愛情深い。だから多聞と出会った人々はみな、多聞に話しかける。

 本書は、東日本大震災後に迷い犬になっていた多聞と出会った人々をめぐる連作短編集。舞台は仙台から始まり、新潟、富山、大津、島根、最後には熊本まで移る。タモン、トンバ、レオ、ノリツネ……呼び名も行った先によって様々変化するが、常にりんとした多聞の姿が見えてくる。

 各編共通するのは、多聞と出会う人はみな、どこか心にぽっかり穴が空いているということ。偶然なのか、はたまた、多聞がそういう人の気配を察知して現れているのか。「犬には人間には及びもつかない不思議な力」があると言うから、後者だと信じてみたい。物言わぬ犬と対話をすることで、みな癒やしや安心を得て、孤独から抜け出して一歩進む。結末は悲しいものがほとんどだが、それでも全体があたたかさで包まれているのは、多聞の存在が大きい。

 最後に収録されている表題作では、多聞が東北から九州まで向かった理由が明らかになる。熊本にいたのは、釜石での被災のショックで5年もの間、しゃべらず、笑わなくなってしまった少年・光。多聞と接するうちに心がほどけていき、そこで熊本を襲ったのは震災だった――。二人の奇跡のような絆に、涙せずにはいられなかった。納得の直木賞受賞。祝!

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1380690 0 書評 2020/08/02 05:00:00 2020/08/11 10:38:08 「少年と犬」 馳星周(27日、東京都千代田区で)=若杉和希撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/08/20200801-OYT8I50049-T.jpg?type=thumbnail

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