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アウシュヴィッツ潜入記 ヴィトルト・ピレツキ著

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想像超える収容所体験

評・加藤聖文(歴史学者・国文学研究資料館准教授)

みすず書房 4500円
みすず書房 4500円

 映画化に値するすさまじい記録だ。ナチス・ドイツに占領されたポーランドの地下抵抗組織の一員だったピレツキは、1940年9月、わざと捕まりアウシュビッツに送られた。彼の任務は、収容所で同志を集め武装蜂起すること。

 アウシュビッツといえばユダヤ人だが、初期はポーランド人が中心。街中で普通の市民が連行され、「半人間たち」によって「原始的」に殺された。しかし、独ソ戦がはじまるとソ連軍捕虜の大量殺戮さつりくが行われ、やがてユダヤ人絶滅収容所へと変貌へんぼうしていった。一方、ピレツキらポーランド人の環境は次第に好転し、収容所内の弛緩しかんが顕著になっていく。このコントラストはアウシュビッツの闇の深さを際立たせる。

 死と向かい合わせのなか、ピレツキは地下組織にアウシュビッツの真実を伝え続けた。しかし、想像を超えた真実は信じられず、「収容所を乗っ取れる機会は毎日のようにあった」にもかかわらず、蜂起は指令されなかった。結局、43年4月にピレツキは収容所を脱出して、外部から蜂起を計画するもかなわず、ワルシャワ蜂起失敗の際にドイツ軍に再び捕らえられる。

 本書は、ドイツ降伏直後、祖国を愛するピレツキ大尉が上官宛てに提出した2年半にわたる任務遂行の報告書だが、アウシュビッツの真実を理解できない「脳なしのやからども」に「自分の命について考えさせ」たい気持ちが抑えられず、簡潔を旨とする報告書としては失格だ。しかし、これほど読み手の想像力が試される第一級の記録はない。

 ピレツキは、この報告書を提出した後、新たな任務を与えられる。祖国ポーランドでソ連の傀儡かいらい政権と戦うことだった。しかし、ピレツキは捕らえられ、同胞の手によって処刑された。彼の存在も抹殺され、報告書は40年以上日の目を見ることはなかった。独ソに踏みにじられたポーランドの現代史に封印されたピレツキの生涯は、私たちの想像を超えている。杉浦茂樹訳。

 ◇Witold Pilecki=1901~48年。ロシア・カレリア地方生まれのポーランド人。ポーランド軍将校。

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1503497 0 書評 2020/09/27 05:00:00 2020/10/05 12:12:47 アウシュヴィッツ潜入記(18日、本社で)=上甲鉄撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/09/20200926-OYT8I50047-T.jpg?type=thumbnail

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