植物園の世紀 川島昭夫著

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植民地植物園の政治学

評・三中信宏(進化生物学者)

共和国 2800円
共和国 2800円

 薄緑色の透き通った帯を外すと本書の表紙全面に名画<バウンティ号の反乱>があしらわれている。フランス革命が勃発した1789年に南太平洋で起こった英国戦艦バウンティ号の反乱事件で、ウィリアム・ブライ艦長らが船外に追放された場面を描いた絵だ。反乱者に奪われた戦艦の甲板に並べられたパンノキが大きく描かれている。バウンティ号はタヒチで積み込まれた食用植物パンノキの苗を喜望峰を越えてはるばるカリブ海の西インド諸島まで輸送するという命を受けていた。なぜわざわざそんな必要があったのか。

 本書は17~19世紀にかけて全世界に版図を拡げた大英帝国の海外植民地に開設された植物園のもつ役割に光を当てた論集だ。異国の地に分布する貴重な資源植物(香辛料・食用・薬用)は本国に持ち帰れば莫大ばくだいな利益を生む経済的価値があった。そのため、イギリスは占領した先々で植物園をつくることにより、“金のなる木”の独占的確保と移植栽培化(プランテーション)を実施する場所を設けた。本書では、これらの植民地植物園を創設し、その活動を推進した有名無名の植物学者やプラントハンターたちが活躍する。

 ヨーロッパの伝統ある植物園には薬草学という実用的な機能があったが、同時にアマチュアの博物学者や園芸家たちもまた私的に植物を蒐集しゅうしゅうし栽培してきた。さらに18世紀以降は植物の分類学への関心とともに、一般人の間での自然に対する興味とガーデニングの流行もあった。点から線へ、線から面への議論の広がりが本書の読みどころだ。パンノキの遠距離輸送が本国から要求されたのは北アメリカ植民地の独立運動という政治状況があってのことだった。資源植物が世界に広がった背景にはきわめて人間くさい要因があったことを再認識させられる。

 本書は今年2月に逝去した著者の遺著にふさわしい気品ある装幀そうていが光る。著者没後の編纂へんさんを手掛けた志村真幸の労を多としたい。

 ◇かわしま・あきお=1950~2020年。京都大学や神戸市外国語大学などで教べんを執った。専攻は西洋史。

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1503505 0 書評 2020/09/27 05:00:00 2020/10/05 12:13:20 植物園の世紀(18日、本社で)=上甲鉄撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/09/20200926-OYT8I50049-T.jpg?type=thumbnail

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