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青山二郎 田野勲著 ミネルヴァ書房 4000円

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◇たの・いさお=1942年生まれ。名古屋大名誉教授。著書に『祝祭都市ニューヨーク』など。
◇たの・いさお=1942年生まれ。名古屋大名誉教授。著書に『祝祭都市ニューヨーク』など。

陶器と人間の目利き

評・栩木伸明(アイルランド文学者・早稲田大教授)

 思想家の柳宗悦が大正時代に提唱した民芸運動の目標のひとつは、市民の日常生活に美を取り込むことだった。器物の来歴を重んじる慣習を捨て、もの自体に宿る魅力に目をこらし、雑器に潜む価値を見出みいだそうとする民芸の美学は、現代の美意識にも影響を与え続けている。古陶磁鑑賞家の青山二郎は民芸運動の初期、柳に兄事し、眼力を磨いたのちに離反した。

 本書は青山の評伝である。30代以降の彼は同世代の小林秀雄や中原中也をはじめとする文学者と交遊し、中原の詩集出版を助け、小林に骨董こっとうを教え、白洲正子を目利きに育て、陶芸家で食通の北大路魯山人とも友情を結んだ。

 青山が仲間たちと交遊した活動は「青山学院」と呼ばれた。彼は自宅や骨董屋や酒場で「生徒」たちと「み合い」、ケンカも辞さない議論を積み重ねることで、各々おのおのの審美眼を根本から鍛え直した。「授業」の現場はしばしばバーで、夜を徹して酒宴が行われた。経費はすべて「校長」である青山が支払っていたという。

 東京の裕福な地主の家に生まれた彼は長年、親から潤沢な生活費をもらっており、学校を中退した後、定職に就かず、陶器と人間の目利きとして一生を送った。稼ぎになる仕事としては、生涯に400点ほどの書籍の装幀そうていをおこなったことが知られている。

 陶器と人間に腰を据えて向き合い、「人生とは余技」とうそぶいた青山二郎には特異な風格があった。その畸人きじんぶりにかれて小林、白洲、宇野千代、河上徹太郎、大岡昇平などきわめて多彩な面々が回顧録を残している。

 本書では、美を求めてしのぎを削った昭和の文人・芸術家たちの中で青山が占めた、唯一無二の立ち位置が多角的に測定されていく。彼はあるとき若者に向かって、「暇にはげめよ」と忠告したという。暇を充実させて生きよと促す、挑戦的なこの一言は、今のぼくたちにこそ向けられているのではないだろうか。

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1556581 0 書評 2020/10/18 05:00:00 2020/10/18 05:00:00 [書評] 「青山二郎」 田野勲(6日、東京都千代田区で)=若杉和希撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/10/20201017-OYT8I50022-T.jpg?type=thumbnail

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