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金子兜太 井口時男著 藤原書店 2420円

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◇いぐち・ときお=1953年生まれ。文芸批評家、俳人。著書に『悪文の初志』『蓮田善明』など。
◇いぐち・ときお=1953年生まれ。文芸批評家、俳人。著書に『悪文の初志』『蓮田善明』など。

前衛俳句論じる幻術

評・中島隆博(哲学者・東京大教授)

 無神の旅あかつき岬をマッチで燃し

 井口時男は、金子兜太とうたの前衛をこの一句に収斂しゅうれんさせた。それは富澤赤黄男かきおの「一本のマツチをすれば湖は霧」と寺山修司の「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」の前衛の火を継承しつつも、「無神の旅」を言挙げすることによって、俳句の背後にある前近代の神々や近代の神と対峙たいじし、それらを切断しようとしたものだ。

 しかし、兜太の魅力はその屹立きつりつする前衛にのみあるのではない。前衛が往相であるとすれば、再び「衆(大衆、民衆)」のもとに戻る還相げんそうもあるのではないか。その還相を代表する句として選ばれた二つが、実に魅力的である。

 言霊の脊梁山脈のさくら

 大頭の黒蟻西行の野糞

 前者は「文芸の伝統では貴族のものだった「言霊」と「さくら」を脊梁せきりょう山脈の山賤やまがつ山人やまびとの手元に奪回した」句であり、後者は「野卑で野放図で即物的でおおらかで取り合せが突拍子もなくてユーモラス」な句だとされる。イロニーに陥ることのない、金子兜太の野太さや荒々しさ、そしてユーモアがあふれんばかりである。

 晩年の兜太は一茶に私淑していた。その一茶の自称である「荒凡夫あらぼんぷ」を用いた一句がこれである。

 谷間谷間に満作が咲く荒凡夫

 故郷秩父の谷間にまんさくの花を咲かせる荒凡夫としての兜太。この「幻想視」された世界からは、高らかな哄笑こうしょうとともに触れ回る声が聞こえてきそうである。春は近いぞ、と。

 金子兜太を論じるためには、対象を切り刻むような分析でもなければ、対象と一体化することでもない、絶妙の距離感が必要である。それはいわば一種の幻術であろう。句集『天來てんらい獨樂こま』を上梓じょうしし、文芸批評の方法で、内部と外部から同時に迫った著者ならではの幻術に酔いしれつつ、金子兜太の没三年を記念したい。

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1959586 0 書評 2021/04/04 05:00:00 2021/04/12 16:38:04 金子兜太=泉祥平撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/04/20210403-OYT8I50046-T.jpg?type=thumbnail

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