読売新聞オンライン

メニュー

ニュース

動画

写真

スポーツ

コラム・連載・解説

発言小町

漫画

教育・受験・就活

調査研究

紙面ビューアー

その他

サービス

読売新聞のメディア

購読のお申し込み

読売新聞オンラインについて

公式SNSアカウント

北アイルランドを目撃する 佐藤亨著

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

壁画に見る紛争の歴史

評・栩木伸明(アイルランド文学者・早稲田大教授)

水声社 3300円
水声社 3300円

 北アイルランドは地理的にはアイルランド島にあり、政治的には英国に属する地域である。アイルランドと英国への帰属意識をもつ人々がモザイクのようにみ分けており、過去には激しい紛争が続いた時期もあった。

 街角には壁画が散在する。カトリック信徒が暮らす地区にはアイルランド神話に取材した絵が多く、プロテスタント地区には近代の戦争画が目立つ。建物の壁や塀にペンキで描かれた絵は「ミューラル」と呼ばれ、地域の人々の帰属意識や願望が反映されている。著者は長年、カメラを片手に現地へ通い、イメージを解読し、社会変化を定点観測してきた。

 著者は言う、少女が微笑ほほえむ巨大な絵の脇に「盗まれた子ども」という詩が引用されたミューラルを何度も写真に撮るうちに、この少女が紛争時に「プラスティック弾を頭部に受けて」亡くなった犠牲者だとわかったのだ、と。

 本書には見開きページに、エッセイと写真数点と写真解説が並んでいる。三つをあわせ読むと、あたかも現場に身を置いて、ミューラルが語り出す物語に耳を傾けているかのような気分になる。

 壁画だけではない。紛争時に息子を失った母親の気持ちを歌った反戦歌、ハンガーストライキで死んだ若者にささげられた追悼の歌、当地の複雑な歴史に向き合った詩人の声などもたんねんに拾われて、読み解かれていく。

 85章からなるバーチャルツアーに参加した読者は、現実を複数の視点から見る習慣を学びとる。勝者と敗者には各々おのおのの歴史があるが、そのどちらかが真実というわけではない。街路や家庭で語られる歴史は「まちがってはいないが、しばしば全体的ではない」。本書は、ぼくたちの身近にはびこる、自分に都合のよい事実だけを選んでものごとを語りがちな姿勢の危うさに気づかせてくれるのだ。

 著者の定点観測は終わらない。終章近くでは、英国のEU離脱以後に浮上しそうな問題をめぐる最新情報が紹介されている。彼の目はすでに近未来を見据えているようだ。

 ◇さとう・とおる=1958年、岩手県生まれ。青山学院大教授。著書に『北アイルランドとミューラル』など。

無断転載・複製を禁じます
2025324 0 書評 2021/05/02 05:00:00 2021/05/11 11:59:43 北アイルランドを目撃する(16日、東京都千代田区で)=飯島啓太撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/05/20210501-OYT8I50056-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)