馬疫 茜灯里著 光文社 1870円

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◇あかね・あかり=1971年生まれ。東京大大学院博士課程修了。獣医師。全国紙記者などを経て現在、大学教員。
◇あかね・あかり=1971年生まれ。東京大大学院博士課程修了。獣医師。全国紙記者などを経て現在、大学教員。

感染症と五輪 虚実交錯

評・梅内美華子(歌人)

 「疫」の字が私たちの日常に不安と暗い影を落としてきたコロナ禍。書名の「馬疫」は物々しくぞくっとさせる。

 舞台は2024年、パリオリンピック開催が不可能になり2021年に続いて東京で行われることになった年。馬術競技に日本の馬を貸与する審査会で異変が起きる。馬インフルエンザであった。ウイルスはどこから来たのか。高熱やせきの症状のほかに突如暴れだす馬が出る。この「狂騒型」はウイルスが変異していたのだった。さらに致死率の高い「ヘンドラ・ウイルス」が国内で発症。2021年の東京五輪に海外馬が持ち込んだものだった。それがなぜ数年後に再び日本で発症することになったのか。

 獣医師で国立感染症研究所の研究員である一ノ瀬駿美としみは、馬術選手である姉の愛馬が感染を広めたという疑いがかけられ、それを晴らすべく感染経路の究明に奔走。経路を追う中で馬術連盟の顔である遊佐、NRA(日本競馬会)の防疫課長で東京五輪も取り仕切る中園、前回の東京五輪で厩舎きゅうしゃ責任者であった駿美の父ら馬業界の人間関係や思惑が透けてくる。馬インフルエンザの背後に潜む人間たちの複雑な汚れ。獣医師や感染症研究者たちの懸命かつ整然とした分析は、数値化できない人間の闇をも暴く。また当然彼らも出世欲や妬みでウイルスを前にしてもがいている。

 コロナ禍と五輪開催の不安がある今、フィクションとノンフィクションが交錯するような感覚を覚える小説である。第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞したデビュー作。

 凶暴化した馬が駿美たちの車を襲いフロントガラスを突き破ったり、犬にも感染したという情報にペットが捨てられ野犬が群れをなしたりするなど怖い場面もある。動物たちの苦しみはまさに鏡である。常識や倫理感を失い暴走していたのは人間であり、終わりが見えないのは人間の欲であったのだと。

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2054866 0 書評 2021/05/16 05:00:00 2021/05/16 05:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/05/20210515-OYT8I50046-T.jpg?type=thumbnail

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