読売新聞オンライン

メニュー

令和元年のテロリズム 磯部涼著 新潮社 1870円

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

陰惨3事件の背景探る

評・橋本倫史(ノンフィクションライター)

◇いそべ・りょう=1978年生まれ。ライター。著書に『音楽が終わって、人生が始まる』『ルポ 川崎』など。
◇いそべ・りょう=1978年生まれ。ライター。著書に『音楽が終わって、人生が始まる』『ルポ 川崎』など。

 本書は令和元年に改元されたあと、立て続けに起こった陰惨な事件――川崎殺傷事件、元農林水産省事務次官長男殺害事件、京都アニメーション放火殺傷事件――を主題とするノンフィクションだ。事件が連続したのは偶然に過ぎないが、著者はそこに「平成の間、『先延ばし』にされこじれていった問題の発露」を見る。そして3つの事件を「広義のテロリズム」と定義し、令和という時代を読み解こうとする。

 本書を読みながら考えたのは、平成年間に「先延ばし」にされた問題を解決しておけば、これらのテロリズムは防げたのかということだ。

 3つの事件の背景には、就職氷河期世代やプレカリアート、8050問題など社会的要因が見え隠れする。ただ、本書はこうした問題への処方箋を つづ るのではなく、「テロリスト」の人物像を丹念に追うことで、同時代の政治が救えなかった人間の姿を描こうとする。そこから浮かび上がってくるのは、社会から疎外され、砂粒のように孤立する個人の姿だ。

 一連の犯行は明確な思想や信念のもと行われたものではなく、「令和元年のテロリズムは、テロリストという中心がぼやけている」。その一方、事件に対する社会の反応ははっきりしている。加害者には「一人で死ね」という言葉が浴びせられ、元事務次官の父・熊澤英昭に殺された長男・英一郎に対しては「殺されて当然」という声まであった。たしかに、「彼が残した言葉から浮かび上がってくる人物像はどうしようもない」が、「そのどうしようもなさについて考えなくてはならない」と著者は記す。

 もしもわたしが、社会的要因とは無関係に、どうしようもない人間だったとすると、「殺されて当然」だと 看做みな されてしまうのだろうか?

 どんなに価値観が違っても、まるで共感できなくとも、同じ時代に生きている以上、一緒に付き合っていくほかない。令和元年のテロリズムは、そんな当たり前の前提を突きつける。

無断転載・複製を禁じます
2104388 0 書評 2021/06/06 05:00:00 2021/07/21 11:47:26 令和元年のテロリズム(28日午後5時4分、東京都千代田区区で)=木田諒一朗撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/06/20210605-OYT8I50050-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)