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数の発明 私たちは数をつくり、数につくられた ケイレブ・エヴェレット著 屋代通子訳  みすず書房 3740円

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言語に影響 文明育む

評・仲野 徹(生命科学者、大阪大教授)

◇Caleb Everett=米マイアミ大教授。専門は人類学・言語学。本書で米国出版社協会の学術出版賞The PROSE Awardを受賞。父のダニエル・L・エヴェレットは『ピダハン』(みすず書房)の著者。 
◇Caleb Everett=米マイアミ大教授。専門は人類学・言語学。本書で米国出版社協会の学術出版賞The PROSE Awardを受賞。父のダニエル・L・エヴェレットは『ピダハン』(みすず書房)の著者。 

 数などというのは、ある程度は自然に理解できるものではないのか。大きな数は無理としても、両手の指の数、10くらいまでならいけそうだ。それに、副題の「私たちは数をつくり、数につくられた」というのは、いくらなんでも大げさではないのか。

 読み進めるうちに、そんな先入観は見事に打ち砕かれていく。ノンフィクション読書の醍醐味、思いもよらなかったことを知的興奮と共に納得させられるという喜びを心から堪能できる1冊だ。

 数は自然発生したものではなく、地球上のあまり多くはない何か所かで発明されたものである。まず、第一部ではそのことを示す人類学や言語学のさまざまなエビデンスがこれでもかと提示され続ける。

 第二部では認知科学、心理学へと話が移る。言葉を習得する前の赤ん坊や人間以外の霊長類も、ある程度の数量感覚を持っている。しかし、それは「多くの人間が最終的に身に着ける数量思考とは大きくかけ離れた」ものにすぎない。だから、「数の言葉に囲まれ、数を数える訓練を積む」ことがなければ、ごく普通の数量感覚さえ身につけることはできないのだ。数という「外部装置」がいかに重要であるかが次第にわかってくる。

 「数が発明されたことは認知の領域に巨大な地殻変動を起こし、その余波はまだ続いている」。数は次第に抽象化され、その使いこなしによってさまざまな文化が築き上げられたというのが第三部だ。本書では、数と言語とは密接な関係を有していることが繰り返し述べられている。言語のみでなく、文明や文化の成立における数の重要性も心に刻みつけておきたい。

 著者は子どものころ、福音派の伝道師である父に伴ってアマゾン奥地のピダハンで暮らしたことがある。数の概念を持たないピダハンの人たちは、決して知的レベルが劣っているのではなく、単に数の存在しない生活を営んでいるにすぎない。そのことを肌で知った経験がこの素晴らしい本を生み出した。

 金、時間、日付、電話番号など、我々にとっては、数のない社会をイメージすることなど不可能だ。数、あまりにも偉大なる発明であるがために、我々は囚われ、振り回されすぎているのかもしれない。

数の概念 手から誕生

評・小川さやか(文化人類学者、立命館大教授)

 人類学は、異なる文化を出発点に人類の営みに関する普遍的な問いを探究する学問だ。本書は、そのような人類学の 醍醐だいご 味が味わえる傑作である。

 著者の父であるダニエル・エヴェレットは、アマゾンの狩猟採集民ピダハンにキリスト教を布教するためにピダハン語を研究した。過去や未来、数や色といった抽象的な概念を持たないピダハンに魅せられたダニエルは信仰を捨て、後に言語学の根底を揺るがす論争を引き起こした。息子ケイレヴは幼少期に両親とともにピダハンの社会で暮らし、人類学者になった。ケイレヴは本書で、言語人類学、認知心理学、考古学、大脳生理学、動物行動学の知見を縦横無尽に駆使しながら、数という概念がどのように人類によって発明されたのかを探究した。

 考えてみれば、数ほど人間社会の基盤となっているものはない。経済や社会生活の基礎である時間もそうだ。だが、人間は生得的に「3」までの数はきっちり識別できるが、それ以上になるとざっくりとしか把握できない。人間が大きな数を弁別し操れるのは、「数字」の文化の中で後天的に学ぶからである。

 では人々はいかにして概念としての数を発明したのか。例外はあるが、数は人間の身体、とくに「手」を基盤に発明されたと著者は言う。話し言葉における数は、世界の多くの地域で「10」や「5」の組み合わせで区切られている。手指が左右対称をなすことは、人間が規則性を発見し、数の記号や体系、書記、算術を創造することにつながった。数は書き言葉に先立って発明されたのだ。そこから数は農耕と手を携え進化し、巨大な社会を動かし、宗教をつくり、数学や科学とともに文明を築く礎となっていった。

 本書は、数が人類の歩みと同時に人類の多様性を捉えかえす鍵でもあることを気づかせてくれる。ピダハンのように数の概念を持たずに生きていける社会があり、古代エジプト人の慣習に倣って1日を24時間とするのを不思議に感じない社会があるように、人類の多様性は人間みずからが発明した数によってもつくられている。とすれば、数とともにいかに世界を構築するかも私たち次第だ。

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使い方
2196928 0 書評 2021/07/11 05:00:00 2021/07/30 11:36:02 書評(23日、東京都千代田区で)=守谷遼平撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/07/20210710-OYT8I50076-T.jpg?type=thumbnail

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