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究極の俳句 高柳克弘著

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評・梅内美華子(歌人)

 「究極の俳句」とは何か。とても大きな問いを投げかけている。五七五、わずか十七音の短い詩型は長く詠みつがれ、今もなお多くの作者を生み出している。その魅力について、芭蕉から現代の俳人まで読み込みながら考察を重ねてゆく。著者が立ちあげるクエスチョンは誠実で鋭く、奥深い。そこからいかに俳句が今日的な課題と密接に関わっているかを教えられる。

 たとえば短いゆえに〈ものを伝えるのに向かない詩型〉といわれるが本当にそうなのだろうか。また〈俳句では口語が主流〉とならないのはどうしてか。そして〈新しさ〉とは。引かれた近年の句〈上着きてゐても木の葉のあふれだす 鴇田智哉〉〈ピーマン切って中を明るくしてあげた 池田澄子〉〈ポテトチップの空き袋氷り泥の中 関悦史〉などは〈言葉の変質〉の途上にある私たちの景色を考える契機となる。

 未来に伝える俳句の可能性と著者の確信が示された一節を引こう。〈俳句の「俳」は、わざおぎ。(中略)性別、年齢、身分、貧富――人と人とを選り分ける常識的なラベルは、俳句の前では意味をなさない〉(中公選書、1760円)

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2322490 0 書評 2021/08/29 05:00:00 2021/09/07 12:45:24 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/08/s究極の俳句.jpg?type=thumbnail

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