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『贈与と聖物 マルセル・モース「贈与論」とマダガスカルの社会的実践』森山工著(東京大学出版会) 6600円

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精緻でスリリングな議論

評・小川さやか(文化人類学者・立命館大教授)

◇もりやま・たくみ=1961年生まれ。東京大教授。著書に『墓を生きる人々』、訳書にモース『贈与論 他二篇』など。
◇もりやま・たくみ=1961年生まれ。東京大教授。著書に『墓を生きる人々』、訳書にモース『贈与論 他二篇』など。

 マルセル・モースの『贈与論』に魅了され、独自の解釈を試みた学術書は 数多あまた ある。中でも本書は感動的なほどに 精緻せいち でスリリングな論を展開する傑作だ。

 第一部は『贈与論』の論点を確認し、続いてニューギニア周辺での「クラ交易」とアメリカ北西部太平洋沿岸地域の「ポトラッチ」について検討する。前者は贈与でも交換でもなく「獲得する営為」、後者は「交換を志向しない贈与」だと定義する。贈与論の中でモースはいずれも「贈与を交換しあう」こととしたが、これは重大な「混同」であり、贈与にも交換にも供出されない「譲りえぬもの」の存在がテーマとして十分に問われていないと著者は言う。モースは「何かを誰かに贈るということは、自分自身の何ものかを贈ること」だと述べたが、「自分自身の何ものか」は「自分自身のすべて」ではない。贈られる自己と贈られずに保持される自己との関係こそを問うべきだと論じるのだ。

 この関係をマダガスカルの事例から解きほぐすのが第二部だ。同地において親族の遺骨は「譲りえぬもの」だ。かつて遺骨は親族の集合墓に埋葬され、他の遺骨と混ざり合い風化して、没個性化した「祖先一般」になった。そこに外から「石の墓」が持ち込まれ、祖先一般は一人ひとり独立した「祖先」となった。本墓から一部の祖先の遺骨とともに独立して個別の墓を建てることは、祖先一般のなかに系譜を打ち立て、「他」と境界づけられた「自己」の同一性を生むことを意味する。新墓が築かれる祭宴では、決して譲りえない遺骨の前で、客人たちに見返りを期待しない食事が振舞われる。新たに生成した自己を承認してもらうために、譲りえるものを他者に与えるのだ。

 モースは、徹頭徹尾義務に縛られた人間観も何にも縛られない人間観も、すべてを与え尽くす自己犠牲的な寛大さも、すべてを自分のものとする完璧な利己主義も退け、そのあいだで贈与を思考した。譲りえないものがあってこそ自己が生成し、与えることを通じて自己が承認される。この贈与をめぐる運動は確かにモースの思想の核心だ。

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使い方
2565449 0 書評 2021/12/03 05:20:00 2021/12/03 05:20:00 書評(13日午前9時29分、東京都で)=川口正峰撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/11/20211129-OYT8I50032-T.jpg?type=thumbnail

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