『21世紀の道徳 学問、功利主義、ジェンダー、幸福を考える』ベンジャミン・クリッツァー著(晶文社) 1980円
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歪んだ倫理感覚を挑発
評・森本あんり(神学者・国際基督教大教授)

翻訳本ではなく、日本語で
議論の筋道は平明だが、導かれる結論はどれも知的刺激に満ちている。突飛な結論が刺激的なのは当然としても、しごく常識的な結論ですら大胆で挑戦的に聞こえるのは、われわれの倫理感覚が知らぬ間に
人間と動物と植物の間に「種差別」を認めない動物倫理からは、ややショッキングな結論が導き出されるが、道徳論では「権利」を根拠にすべきでないことがその過程で説明される。権利は対立するからだ。その対立を調整するのが、メタ道徳としての功利主義である。
他方、常識的なのに挑戦的に聞こえるのは、「ロマンティック・ラブ」や「愛のあるセックス」論だろう。昨今はLGBTQ(性的少数者)やセクハラや売買春は論じられるが、ヘテロの恋愛やセックスの倫理についてはほとんど論じられない。というより、「ふつうの」などと書いた途端に「異性愛中心主義」という批判が飛んでくる。
だが著者は、現代のジェンダー論が生物学的な事実を
著者は、今日の倫理的磁場に強い偏差を与えているポリティカル・コレクトネスにも注意を怠らない。民主主義や人権思想の根拠を問い直し、返す刀で左派の繰り返す脊髄反射的な権力批判にも斬り込みを入れる。ポンコツ化した自分の道徳的コンパスを総点検したくなる本だ。