『聖徒の革命 急進的政治の起源 THE REVOLUTION OF THE SAINTS』マイケル・ウォルツァー著(風行社) 8250円
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君主制倒した世界観
評・苅部直(政治学者・東京大教授)

一六四〇年代のブリテン諸島で起きた内乱は、歴史教科書の「ピューリタン革命」としておなじみだろう。かつては自由主義の政治の起源として賞賛され、マルクス主義の歴史家がブルジョワ革命(いわゆる市民革命)と位置づけた大事件である。
アメリカの政治哲学者、マイケル・ウォルツァーの主著が、刊行後五十年をへて邦訳された。宗教と政治との関係をめぐる思想史の分析によって、革命の前史を明らかにしている。カルヴァン派の牧師たちの思想にひそんでいた新しいラディカリズムが、しだいに地方社会へと広まって、君主制を倒す革命を導いた。その「隠された歴史」の発掘である。
自分の理性に自信をもち、異論に対しても寛容にふるまえる主体。それが近代の自由主義の前提であるが、カルヴァン派の人間観はそれとはまったく異なる。人間は原罪を抱え堕落した存在であり、救いの可能性も他者との共存も見とおせない。その不安から逃れるには、ひたすら神に、そして現世の教会と国家に服従して規律を保つしかない。
しかし神への従属は、悪魔との永遠の戦いに参与する義務を導き出す。
訳者の一人である長野晃が解説で述べるように、カルヴァン派の位置づけに関するウォルツァーの見解は、その後の研究史のなかで批判されてきた。しかし、国家を人間の身体にたとえる中世の思考からカルヴァン派が脱却し、「国家船」という新しい比喩を打ち出した意義。男女の平等へとつながる家族像。正しい戦争と不正なそれとを区別しない戦争観の登場。そういった指摘が、いまでも重要な示唆を含んでいる。過去の歴史から、現代を考えるためのメッセージをいかにひきだすか。その実例を豊かに含んだ名著である。萩原能久監訳。