黒人小屋通り ジョゼフ・ゾベル著 作品社 2600円

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

「発見」に満ちた時間

 ◇評・村田沙耶香(作家)

 豊か、という言葉から、いったい何を思い浮かべるだろうか。『黒人小屋通り』を読んでいる間、私の頭にはずっとその言葉が浮かんでいた。物語の舞台は奴隷制が終わった少しあとのマルチニック島だ。冒頭から主人公の少年ジョゼは「裸のほうがまだまし」というくらいぼろぼろの服を着て仲間と駆けずり回り、いつもおなかをすかせている。祖母のマン・ティヌの計らいにより、彼は学校へ行くことになる。そこで様々な友人たちと出会い、別れ、さらに上の学校へと進んでいくことになる。

 ジョゼのまっさらな目で観察され、緻密ちみつに描写される当時のマルチニック島の光景には、差別はとても自然に存在し、貧困はいつも彼を苦しめている。けれど、なぜか、この物語は、豊かなのである。ジョゼの眼差まなざしを通して見る、夜の回転木馬や、大切な友達とのささやかなやりとりや、彼が大好きなメドゥーズさんの葬儀の場面という、悲しい儀式の光景ですら、なぜか美しく感じられてしまうのだ。

 それは、彼の時間が発見に満ちているからだと思う。わかりやすい楽しい発見だけではなく、憂鬱ゆううつを発見すること。マン・ティヌのいわれのない苦しみの恐ろしさがなぜなのか、人生の疑問を発見すること。彼の眼差しを通して、読者も、彼が生きている世界そのままを知ることになる。

 読書の喜びも彼の大切な発見だ。想像の魔法に魅了された彼は、「世の中は、手で触れられる限界の外にまで広がった」と言い、読む喜びにのめりこむ。一方で、小説に出てくるのは金髪で青い目のバラ色の頬をした人たちであり、舞台は自分が見たこともない場所ばかりで、自分が育った黒人小屋通りは出てこないとも考える。けれど今、私たちはこの小説を受け取っている。彼の未来から美しい言葉を差し出され、そこを舞台にした物語がどれだけ素晴らしいかを「発見」させられるのだ。松井裕史訳。

 ◇Joseph Zobel=1915~2006年。仏領カリブ海植民地(現フランス海外県)マルチニック生まれの作家。

無断転載禁止
578202 0 短評 2019/05/12 05:00:00 2019/05/12 05:00:00 2019/05/12 05:00:00 書評(3日、東京都千代田区で)=横山就平撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/05/20190511-OYT8I50040-T.jpg?type=thumbnail

おすすめ記事

アクセスランキング

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)
ページTOP
読売新聞社の運営するサイト
ヨミダス歴史館
ヨミドクター
発言小町
OTEKOMACHI
元気ニッポン!
未来貢献プロジェクト
The Japan News
美術展ナビ
教育ネットワーク
活字・文化プロジェクト
よみうり報知写真館
読売新聞社からのお知らせ