流言のメディア史…佐藤卓己著

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情報の取捨選択の必要

 ◇評・苅部直(政治学者・東京大教授)

岩波新書 900円
岩波新書 900円

 一九三八年、アメリカでオーソン・ウェルズが演出した、ドキュメンタリー風のラジオドラマ『宇宙戦争』が放送された夜、それを本物の臨時ニュースとうけとった多くの聴取者が、火星人の来襲から逃れようとパニックに陥った。メディアの力と情報操作の危険性を説く場合に、よく引用される話である。

 ところが最近の研究によれば、番組中ではフィクションであることが何度もアナウンスされていたし、パニックが起きたと伝える当時の新聞報道も、多くは明らかな誤報であるか、事件の記録を確認できないものだという。人々がいわばフェイクニュースに踊らされたという言説そのものが、デマだった。

 しかし、流言に惑わされてはいけないとよびかけ、人々が「正しい」情報を選ぶように指導するだけでは、有効な対策にはならない。この本で二十世紀以降の世界のメディアの歴史をふりかえりながら、佐藤卓己はそう説く。

 昭和戦前期に社会学者、清水幾太郎が指摘したように、政府による情報統制が強い社会では、むしろ流言こそが真実を伝えるメディアとなる。他方で報道に対する懐疑がふくらんで、メディア一般への不信が生まれ、より「正しい」と自称する陰謀説などへ人々を導いてしまうこともあるだろう。「ポスト真実」を批判して「真実」を取り戻せと説くだけでは、適切なメディア・リテラシーは育たない。

 むしろ、流言がある世界を現実として受け入れ、情報のあいまいさに耐えながら、その内容を取捨選択してゆくこと。そこから、信頼できるメディアを選び、人々みずからの手で育ててゆく道も開けてくると佐藤は説く。日常生活で必要な判断の多くをAIに委ねるような動向が進むなかでも、そうした思考力を手放してはいけない。テクノロジーの進歩に応じた新たな形で、メディアとの成熟したつきあい方が必要になってくるのである。

 ◇さとう・たくみ=1960年生まれ。京大教授(メディア史、大衆文化論)。『「キング」の時代』でサントリー学芸賞。

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578196 0 新書 2019/05/12 05:00:00 2019/05/20 13:29:10 2019/05/20 13:29:10 書評(3日、東京都千代田区で)=横山就平撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/05/20190511-OYT8I50037-T.jpg?type=thumbnail

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