[映画評]「リコリス・ピザ」70年代LA、おかしくていとおしい「運命」の初恋の行方

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 おかしさと切なさ、かっこよさとかっこわるさが同居する、いとおしい手触りの青春物語。舞台は、1970年代前半、ハリウッド 界隈(かいわい) の業界人も多いロサンゼルス北部のサンフェルナンドバレー。監督・脚本のポール・トーマス・アンダーソンは、自らのホームタウンであるこのエリアで、過去にも出世作「ブギーナイツ」をはじめ、「マグノリア」「パンチドランク・ラブ」と、ここを舞台にした映画を撮ってきた。

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 ただ、本作のみずみずしさは尋常ではない。主演はアラナ・ハイムとクーパー・ホフマン。ともに映画初出演だが、前者は、サンフェルナンドバレー出身の三姉妹バンド「ハイム」の三女、後者はアンダーソンの盟友フィリップ・シーモア・ホフマン(1967~2014年)の息子。アンダーソンにとって身近な若い才能たちだ。

ゲイリー(クーパー・ホフマン、左)とアラナ(アラナ・ハイム)(C)2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC.ALL RIGHTS RESERVED.
ゲイリー(クーパー・ホフマン、左)とアラナ(アラナ・ハイム)(C)2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC.ALL RIGHTS RESERVED.

 映画の軸は、15歳男子ゲイリー・ヴァレンタイン(ホフマン)と、ざっと10歳年上の20代のアラナ・ケイン(ハイム)の「ロマンス」の行方だ。1970年生まれのアンダーソンは、往時の街の風景、虚実ないまぜのカラフルな人間模様を、素晴らしく魅力的な会話、音楽、ファッション、映画美術をもって描き出しながら、2人の物語を追いかける。

 73年、ゲイリーが通う学校で、2人は出会う。毎年恒例の生徒写真の撮影日、カメラマンの助手としてやって来たアラナに、ゲイリーは一目ぼれ。たぶん初恋。「運命が僕らを結びつけた」とさっそく口説き始める。

 まだ、顔や体に子供っぽさが残るゲイリーと、立ち姿もクールなアラナ。何も始まるわけがないと思いきや、始まる。子役でありPR業にも携わっているゲイリーにアラナは興味をひかれ、やがて、新たにウォーターベッド販売に乗り出した彼と行動を共にするようになる。「ガキ」とつるむってどうなのか、とひそかにもやもやしながらも。

 ゲイリーの妙に板についた大人びた言葉としぐさ。クールに振る舞うアラナの言葉の端々にのぞく純真さ。そうしたちぐはぐさがおかしくて、かわいくて、つい笑ってしまうのだけれど、同時にぴりっとしみるものがある。子役を続けるには微妙な年頃になった少年と、まだ何者にもなっていない女。ロマンチックになりそうでならない関係と並行して、それぞれの困惑やあせりがにじみ出す。

 早く大人にならなくちゃ。とりあえず一緒に駆け出した2人はサンフェルナンドバレーの「大人の世界」の入り口をうろつきながら、さまざまな体験をしていく。中でも、ショーン・ペンやブラッドリー・クーパーが演じる業界の「大物」たちに振り回されるエピソードのおかしさとスリル、スケールと言ったら。

ゲイリー(クーパー・ホフマン)(C)2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC.ALL RIGHTS RESERVED.
ゲイリー(クーパー・ホフマン)(C)2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC.ALL RIGHTS RESERVED.

 ともあれ、2人の青春の日々は真剣なのにどこか調子はずれ。だが、それをひとごとだと言い切れる人がどれだけいるだろう。映画が進むにつれ我知らず引き込まれ、知るよしもなかった70年代のサンフェルナンドバレーに不思議ななつかしさを覚えてしまう。

 この映画の中に存在するものはすべて、ばかばかしいようで切実。取るに足らないようでいて重大だ。主人公たちも、演じる2人の型にはまらぬおおらかな魅力と相まって、たまらなくいとおしく思えてくる。たのしい。迷走した果てに2人が再び、思い切り走り出した瞬間、胸がときめく。世間の物差しから解き放たれた爽快感に包まれる。その時、映画の虚構と、現実を生きる観客の世界は地続きになる。その構図は、日常のすぐそばで、映画をはじめとするメディアの虚構の中で生きる人間たちが生きているサンフェルナンドバレーになんだか似ている気もする。主人公2人をはじめ、登場人物の多くは実在の人物をモデルにしているという。

 この映画はいわば、アンダーソンからの自らを育んだ街への親密なラブレター。その点で、クエンティン・タランティーノ監督の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」とも一脈通じるものがある。本作に焼き付けられた時代は決して完璧ではないし、やがて移ろっていくのだが、そのあたりは、70年代後半から80年代にかけてのポルノ業界を描いた「ブギーナイツ」の世界。過去をめぐる映画を見るということは、決して郷愁にひたるためだけではなく、私たちは何を得て、何を失ったかを見据える行為でもあるのだけれど、ともかくこの映画はいとおしい。2人が、走ってる。その姿を見れば幸福な気分になる。

 風変わりなタイトルは、かつて南カリフォルニアで人気があったレコード店チェーンの名前から。リコリス(甘草)菓子とピザの味はアメリカの若者の青春の記憶と密接に結び付いている、ということもあるようだ。(編集委員 恩田泰子)

アラナ(アラナ・ハイム)(C)2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC.ALL RIGHTS RESERVED.
アラナ(アラナ・ハイム)(C)2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC.ALL RIGHTS RESERVED.

「リコリス・ピザ」 (Licorice Pizza)=2021/アメリカ/134分/配給:ビターズ・エンド、パルコ ユニバーサル映画/7月1日から東京・日比谷のTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

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