御年90の山田洋次監督、大いに語る…「男はつらいよ」誕生秘話から「今後取り組みたいテーマ」まで

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【動画】山田洋次監督ロングインタビュー…「男はつらいよ」誕生秘話から「今後取り組みたいテーマ」まで

 映画「男はつらいよ」シリーズなど数々の作品を手がけ、昨年、監督生活60年を迎えた山田洋次監督(90)。記者が街歩きをする読売新聞の夕刊企画「アウトドア体験隊」でインタビューに応じ、寅さんの故郷に選んだ柴又の町の魅力や、作品が生まれるまでの渥美清さんとのやりとり、創作の秘密、今後取り組みたいテーマなどについて、柴又のTORAsan cafeで語ってくれました。(聞き手・高梨しのぶ)

スマートな神田、浅草とは違う…みんなの「ふるさと」

――「男はつらいよ」といえば柴又。なぜ、柴又をロケ地に選ばれたのでしょうか。

 寅さんというキャラクターがまず、あるわけです。渥美清さんが主役で、車寅次郎は彼の中から生まれてきたようなものです。「故郷ではだんご屋さんをやってて、そこにフラフラと舞い戻っては、毎回いろんな騒動を起こす……」というシチュエーションを考えてみました。

「車寅次郎は、渥美清さんの中から生まれてきたようなものです」
「車寅次郎は、渥美清さんの中から生まれてきたようなものです」

 で、一体どこがいいだろう。おだんご屋さんがあるのは……。そう考えていくと、お寺とかお宮の参道がいいなあと。お祭りがあったりして、にぎやかだしね。それで参道をいろいろ探してみるわけです。

 ところが、例えば代表的なのは東京では浅草だけど、観光地化している。深川不動とか亀戸天神とか、色々あるけれども、みんな戦災で焼けている。昔の東京の面影を参道に見つけようとしても、難しかったのです。

 ふと思いついた。昔、作家の早乙女勝元さんと一緒に行った、柴又という町があったなあと。あそこの帝釈天(経栄山題経寺)はなんだか古くて、でも戦災に遭っていなかった。「帝釈天」というお寺の、響きがいい。それから、「柴又」っていう言葉も好きでした。なんかちょっと田舎風でしょ。「柴」っていう字とか、「又」っていう 愛嬌(あいきょう) のある言葉と、シバマタっていう発音そのものも。スマートな神田、浅草とまた違う、田舎のニュアンスがあって。

「帝釈天」という響きがいい=園田寛志郎撮影
「帝釈天」という響きがいい=園田寛志郎撮影

 「神田が故郷よ」っていうと江戸っ子の話になるけど、柴又は、日本人にとっての、ふるさとのイメージに近いなと。そういうふうに考えまして、柴又にしました。

 「男はつらいよ」は元々テレビドラマから始まって、26回続きましたが、当時はロケーションに来ていません。あの頃のテレビドラマは、全部セットで作っていたんです。お寺も参道も庫裏も、全部セットだったので、僕は一度も柴又に来なかった。映画化されるとなって、今度はちゃんとロケーションに来なきゃと、ある日ロケハンに来ました。

 参道のうなぎ屋さんで昼ご飯を食べてたら、お寺の御前様たちがわざわざ来てくれて。「あなたのドラマのおかげで、柴又の町が日本中で有名になりました」って言われて、「えー、そんなことになってんのか」と、その時初めて知りました。

 寅さんシリーズが、いつまでも続く。そして毎回毎回、ここへロケーションに来るうちに、柴又が、僕にとって第二の故郷みたいになっていきました。

楽しい、古風な、落語的世界を持っていた柴又の人たち

――柴又の良さは、どんなところでしょうか。

 参道がちょっとゆがんでいるところですね。真っすぐだと、何か味がない。柴又は緩やかにカーブしてて、建物も全部和風で、軒が低くて。いかにも昔の町っていう感じがしました。

 そしてちょっと歩いていくと、土手があって、上ると、それまでの参道の狭いごたごたした風景から一転して、非常に伸びやかな、江戸川の河川敷が広がる。その変化も良かった。広々とした河原と、狭い路地と。そんなことを表現していくうちに、映画における柴又っていう町が、だんだん知られるようになったんじゃないかな。

――映画はいつも江戸川の場面からタイトルが出ますが、あれはなぜでしょうか。

緩やかにカーブしている参道に味がある
緩やかにカーブしている参道に味がある

 やっぱり、広々として、非常に伸びやかな風景だからということです。彼がだんご屋さんに帰ってくると、店や庭は狭苦しいし、すぐ裏には工場があったりして、ごちゃごちゃした雰囲気でしょう。あの河原の伸びやかな風景と、非常に対照的です。だからまずは河原から始まる。で、そこに寅が現れる。なぜか河原を歩いてくる。どこから来たかよくわかんないけれども(笑)。それはこの映画の約束事みたいになっている。観客も「どの駅から来たんだよ」なんて、そんなことは考えないですよね。

 「ああ寅が帰ってきた」と。故郷に帰るという行為の象徴的な風景として、河原を選んだんです。

――地元の人から、映画のおかげで柴又のいいところを教えていただいたという声も聞きました。

 町に暮らしている人、商売を営む人たちは、「何だか古臭い町だな」と思っていらっしゃる人もいるかもしれないね。コンクリートのビルにしたい、とか。

 それに対して、僕ら、よそから来た人間は、その古さが値打ちだと思うわけでしょう。町の風景の価値観とでもいうのかな。だから、「僕たちはこの町をこんなふうに見てますよ。とてもこういう生活がうらやましいんですよ」ということを、映画の中で語る。映画を見た町の人たちが「なるほどなあ、こういう風に見れば、この町も捨てたもんじゃないな」と思う。僕はいろんな都市にロケーションに行ったけれども、そういうことは、よく体験することですね。

京成線の柴又駅前では、寅さんとさくらの銅像が迎えてくれる
京成線の柴又駅前では、寅さんとさくらの銅像が迎えてくれる

 自分の住んでいる町を客観的に見ることは、意外にないものですよ。言ってみれば、「あなたの後ろ姿がとってもすてきですよ」と言われて、びっくりするようなものですね。だからきっと、町の人たちにとっても、いい景色だということだけではなくて、「何だかいい町だな」ということじゃないのかな。それは、この映画全体にあふれている人情から感じ取れることじゃないでしょうか。

 この町の人たちから、僕らの生活にはない、楽しい、古風な、落語的世界とでもいうのか、そういうエピソードをたくさん聞きました。例えば、あるお店の夫婦はね、見合いのときは妹の方だったんだと。妹の方がうんと美人で。でも結婚式で見たら違う顔なんで、お婿さんが「違うじゃないか」って言ったら、「これ実は姉ちゃんなんだ」となって。それでお婿さんが怒って結婚式の途中で逃げ出したら、みんなで追っかけて捕まえた。「我慢しろ、我慢しろ」と言って。今じゃ仲の良い夫婦ですよ。

 そんな話がいろいろあります、この町には(笑)。ある料亭の奥さんはものすごい美人で、この人が日傘をさして、参道を外出する。参道沿いをずっとあいさつしながら歩いていくと、みんなだんごを焼く手をやめて、ポーッと見とれるから、黒焦げのだんごがいっぱいできるんだ、とかね。そういうエピソードをいっぱい聞いたことが、ずいぶん「寅さん」を作る上で参考になっていますね。

人間を丁寧に観察していることが、一番大事です

――「寅さん」のみならず、ほとんどの作品で脚本も手がけていらっしゃいます。現実の人物からヒントを得ているということですが、役の人格を作るときに、現実の人の、どういうところに注目しているのでしょうか。

「人間を丁寧に観察していることが、一番大事です」
「人間を丁寧に観察していることが、一番大事です」

 どういうところに注目するかは、書き手、作り手の才能に関わることじゃないのかな。そう簡単に言えるものではないですね。

 人間を丁寧に観察していることが、一番大事です。そこに創作の秘密の全てが込められているんじゃないかな。人間を観察するとはどういうことかというのは、議論がたくさん出てくるけれど。

 いろんな人を見て、その人の魅力を発見する。その人の優れたところを、また滑稽なところ、面白いところを見つける能力。渥美さんはその能力がすごかった。演じるときには、渥美さんの脳裏に、今まで彼が会ってきた何千何万という人たちのちょっとしたしぐさとか表情とか、言葉使いがぱっぱっと浮かんでくるんじゃないのかな。それをあの人は、コピーしているんですよ。

――どうして車寅次郎という名前になったんでしょうか。

 あまり深い意味はありません。なんだかもう、ものすごい、 猛々(たけだけ) しいような、勇ましいような名前がいいんじゃないかと思って (とどろき) っていう名前を考えたのね。「でも車ぐらいがちょうどいいかな」と。

 それから、落語の熊さんがいるから、熊次郎にしようかなと思った。でも熊は今ひとつ、もそもそした感じで切れ味が悪い。虎の方が威勢が良くていいなと。で、熊を寅に置き換えた。長男がひどい秀才で、次男の寅さんはいつも比較されて、いつもばかにされて育ったという設定の次男だから、そこで寅次郎と。そんな名前の付け方です。

「この人の中から掘り出そう、いくらでも出てくるな」

――寅さんのキャラクターは、渥美清さんとお話をしながら生まれたそうですね。

 渥美清さんという人がいなければ生まれなかったキャラクターです。渥美さんではなくて他の人で、これだけのものを作れたかというと絶対、作れませんでしたね。

渥美清さん(1988年)
渥美清さん(1988年)

 僕、渥美さんという人に会って、いろんな話聞きながら、この人は面白いなあって。エピソードが楽しいと同時に、すごく優れてる人だなあと思いました。頭が良くて、観察力が鮮やかで、ものすごい記憶力で、天才だなと。だから、「この人の中から掘り出そう、いくらでも出てくるな」という感じがしましたね。寅さんっていうキャラクターは、僕と渥美さんが2人で、渥美さんの中から掘り出して、作り出したものなんですよ。

 「こういうとき、寅はこんなこと言うね」とか言いながら、僕と渥美さんが2人でしゃべっている。寅だったらこうだとか、寅だったらこんなことしないか?とか、そういうことはしないかい?とか、いやいや、嫌がるよとか。

 僕と渥美さんが寅っていうキャラクターを共有し、そして2人で寅をかわいがってるっていうのかな。寅っていうのはね。本当に、渥美さんの中から生まれたんだ。あるいは掘り出して、作っていったキャラクターです。

――寅さんを掘り出すまでに、どれくらいの時間がかかったのですか。

 『男はつらいよ』の前は、渥美さんは僕の映画に何回か特別出演で出たことがあるくらいで、あまり親しくはありませんでした。テレビドラマを作るにあたって、渥美さんとゆっくり話がしたいと頼みました。あの人も忙しい時だったけれども、時間を取ってくれて、2日間、本当にゆっくり話をしましたね。話をしたというより、渥美さんが話をしてくれた。主として少年時代の思い出話。もう面白くって面白くって、僕はただただ笑い転げて聞いていた。その中で感じたんです。この人はすごい人だなあと。記憶力、それを面白く人に伝える能力、人が何に興味を持ってるかってことを的確に感じ取る能力。あの頃の映画俳優では、森繁久弥と渥美清という人は天才。双璧でしたね。

まじめな人というのは、そんなに面白くない

――山田監督は「自分の映画は必ずといっていいほど、はみ出し者が主人公」と語っていらっしゃいます。ときには王様やエリートなど、王道的な主人公を描きたくなったことはなかったでしょうか。はみ出し者を主人公に据え続けた、理由は何だったのでしょうか。

「まじめな人というのは、そんなに面白くない」
「まじめな人というのは、そんなに面白くない」

 その方が、人間らしくて面白いからです。まじめな人というのは、そんなに面白くない。まじめ過ぎる人は面白いよ。くそが付く、「くそまじめ」な人ってなんだか面白いですよね。だけど、普通に常識的に、当たり前に生きている人って、別に面白くないじゃないですか。面白くないのが悪いわけじゃないけど。

 でも、そういう人たちが見て、心から笑えるような、あるいは感動するような映画を作らなきゃいけないと、僕は思ってます。

――喜劇のシナリオを書くときに、大切にしているのは、どういう点でしょうか。

 笑うということは、つまり共感しているんです。本当に、人間ってそういうところがあるなあと思う。「それよく分かるよ」っていうときに、思わずうれしくなるんだ、人間ってね。人間ってこうでしょうって言って、本当にそうだなあって思ったときに、うれしくて笑っちゃう、それが笑いというものだと思います。

笑わせるような芝居をする役者っていうのは二流の役者ですね

――言葉では説明できないけれども笑える、また、すごく涙が出る、っていうことが、監督の作品にはとてもあるように感じます。こういうシーンは、どのようにして考えていらっしゃるのでしょうか。

 それは僕にも、まったくわからない。『男はつらいよ』第1作を作ったとき、撮影所で音楽も何もつかない編集の試写があったんですけど、それ見たときは、どこもおかしくないと思っていた。なんだかとてもまじめな映画を作っちゃったんだな、という気がしました。

柴又の「山田洋次ミュージアム」では、監督業60年の足跡をたどることができる
柴又の「山田洋次ミュージアム」では、監督業60年の足跡をたどることができる

 でも出来上がって、映画館で上映したら、観客がよく笑う。僕は見てて何もおかしくないのだけど、観客がここまで大笑いするほどおかしいということは、つまり僕が一生懸命作ればみんなが笑ってくれるんだな、ということが、その時初めてわかりました。

 なので、笑ってもらうために映画を作っているんじゃないんです。人間を一生懸命描けば、それが、笑いを誘うことになる。だから役者も一生懸命、まじめに演じなきゃいけない。笑わせるような芝居をする役者というのは二流の役者ですね。それは文章も同じじゃないかな。井伏鱒二が、ユーモア小説書こうと思って書いているわけないと思うよ。だけど読むと、思わずほほえみが出るでしょう。

頭から終わりまで笑い続けられるような映画、できたらいいなあ

――昨年、監督生活60年を迎えられました。今後どんなテーマに取り組まれたいでしょうか。

 人間を、丁寧に観察するような映画。たいした事件も起きない、ひどく日常的な事柄を描きながら、それがとっても魅力的であるというような映画が、できないだろうかと思う。

 あとは、おかしくてたまんない、おかしくておかしくて、頭から終わりまで笑い続けられるような映画ができたらいいなあ、といつも思っています。

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