ベルリンで見つけた自分の“居場所”、心を解き放ち自然体の演奏

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沖澤のどかさん 指揮者

三浦邦彦撮影
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    おきさわ・のどか  1987年、青森県生まれ。東京芸術大卒、同大学院修了。ハンス・アイスラー音楽大学ベルリン修士課程修了。2018年、東京国際音楽コンクール(指揮)で女性初の第1位。19年、仏ブザンソン国際指揮者コンクール優勝。ベルリン在住。

名匠のアシスタント「自分の精度が高まる」

 クラシック音楽の主要コンクールを制し、ドイツを拠点に活躍する指揮者、沖澤のどかさん(34)。しかし、かつては劣等感にさいなまれる葛藤の日々も送った。多様な価値観に触れた留学が、飛躍のステップとなった。俊英がひしめき、男社会でもある指揮者の世界。心の声に耳を澄ませ、創意を育み、自然体で演奏に臨む。(文化部 岩城択)

音楽祭家族向けに一新 11月、春日部 「しんちゃん」主題歌など

 ふくよかにオーケストラを響かせたシベリウス「交響曲第2番」の演奏を終えると、大きな拍手に包まれた。東京芸術劇場(池袋)で10月9日、読売日本交響楽団の演奏会に代役として初登場したマエストロは、小柄な体に充実感を漂わせた。「コロナ禍で久しぶりにこんな満席の会場。オーケストラはいい音をしていました」

 依頼を受けた楽団で老練な奏者を指揮する。自らの資質が容赦なく試される身には、強い緊張感が伴うはずだ。しかし、「新たな作業はワクワクします。技術が未熟であっても、アイデアさえ明確であれば、経験豊富な方々に助けてもらえる。自然体を心掛けています」と言い切る。

三浦邦彦撮影
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 昨年5月からは、極めて刺激的な日々も続く。世界最高峰のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団で、首席指揮者キリル・ペトレンコさんのアシスタントを務めている。「優しくフレンドリーですが、完璧主義者。集中力が (すさ) まじく、リハーサル初日、楽屋から指揮台に向かう時に声を掛けられません」

 しかし、休憩中、オケのバランスや音の間違いなどを指摘すると、何ら疑問もはさまず、すっとオケに伝えてくれる一面もある。リハで拍や音程を全てきっちりと振る反面、「本番は全然、別人」となって楽団を解き放ち、その手綱さばきが絶妙という。「音楽を使命としてやっているような純粋さは、野生動物みたいに見えます」と笑う。名匠から直接、指導があるわけではないが、それでも「同じ場所にいることで自分の精度が高まる感じ。耳が相当良くなったと思います」と話す。

芸大進学も「先生の話が理解できない…」学校に向かう途中、足が止まった

 公務員の父、専業主婦の母の下で育った。おじが趣味でチェロを弾き、その影響で姉が始め、自身もまねするようになった。ピアノも弾き、高校のブラスバンドではオーボエを吹いた。

三浦邦彦撮影
三浦邦彦撮影

 指揮者を目指したのは、高校2年生の冬だ。大学への進路希望は言語学を学ぶことだったが、オーケストラ部が強い学校を軸に受験先を選んでいる自分に気付いた。そこで音楽の道に進むことを決意した。親の意向も踏まえ、「国公立で遠すぎない所だと東京芸大しかない。指揮科は何か穴場みたいな感じで、器楽科と違い、今からでも準備できるかなと、甘い考えでした」。

 受験の曲だけを何とか形に仕上げ、合格を果たしたが、待っていたのは苦悩の日々だった。「周囲のレベルが高く、先生の話が理解できなかった」。指揮台の上り方から迷い、楽譜は全く知らない言語に思えた。「こうあるべきという姿だけ見え、そこへたどり着く道が自分で見つけられなかった」と語る。

 家から学校に向かう途中で、足が止まった。思いが 鬱積(うっせき) し、とうとう大学3年の時、心身ともに疲れ、半年ほど実家に戻った。

 窮状を救ったのが、様々な師との出会いだ。学外で初歩から教えを受けた下野竜也さんは「本当に恩人」。高関健さんには「一人の人間として扱ってもらった」。井上道義さんからは、オーケストラ・アンサンブル金沢のアシスタントに誘ってもらい、「腹がくくれました」と感謝する。

 今思えば、自分を苦しめていたのは「変なプライド」だった。「何もできないことが認められなかった。無知な自分をしょうがないと思えてから、吸収が早くなった」と顧みる。

「手が2本しかないのは困ったね」…先生が取り出した千手観音の写真

三浦邦彦撮影
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 大きな転機は、大学院修了後、思い切って挑戦したドイツの大学への留学だった。それまでは、「将来、指揮者としてやっていけるのか」と不安を抱えていた。オペラの副指揮業なども見据えていたが、経済的に自立できるかも心配だった。

 しかし、ベルリンで見たのは、小劇場で職人気質で働いている人や、劣悪な音を鳴らすオケで指揮している人たち。「自分の居場所があるかもしれないと思った。自分なりのバランスの取り方が見つかりそうで、必ずしも活躍しなくていいんだと」

 大学での授業にも心が躍った。オペラの指揮は、舞台、歌手、オケなど多方面に気を配る必要がある。先生は「マルチな作業」だと語りかけた。そして「だから、手がたくさん必要なのに、指揮者に手が2本しかないのは困ったね」と、笑みを浮かべつつ、カバンから取り出したのは、千手観音の写真。「こういうふうに指揮をしなさい」。懐深い異国で心が解き放たれたことは、その後の 研鑽(けんさん) を経て輝いた快挙と無縁ではない。

男性優位のクラシック界…「下駄をはかせてもらっている」に疑問

三浦邦彦撮影
三浦邦彦撮影

 音楽作りで心掛けるのは、「流れの自然さ」だ。事前に楽譜を読み込んで決めたことでも、リハの初日に音を出してみて変えることは多い。どういう曲でも、まず自分の体に染み込ませる。「結局、自分の体から出てこないと深く消化されていない音になる」からだ。

 一方、音楽活動では、見えないガラスの壁にもぶつかる。

日本人の音楽家は個性が乏しいとも指摘される。それは否定しない。実際、大学院生の時、海外でマスタークラスを受講した。他に日本人がいなかったので、普段の自分の殻を破り、思い切り振った。しかし、周囲の反応は、「全然、(音楽に)表情がないよって。そのギャップは衝撃的でした」。

 それでも、「日本人一人一人は、すごく個性がある」と主張する。「集団での心理に、和を乱さないなどの精神性がある。それがよく働く時もあれば、小さくまとまってしまう時もあるということ」と解釈する。

 さらに、クラシック音楽界は、男性優位とも言われる。逆転現象として女性指揮者ブームも起きた。欧米では女性を引き立てようという潮流も強く、コンクールの本選進出者で男女比率がずっと同一であるなど、不可思議なケースも見かけると打ち明ける。「話していて男女の指揮者の溝みたいなものも最近感じます。『女性は 下駄(げた) をはかせてもらっている』『女性指揮者はいいよね』と結構言われますし。そういうのがなくなるといいなと思いますね」

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2538861 0 音楽 2021/11/22 15:00:00 2022/03/03 17:43:41 2022/03/03 17:43:41 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/11/20211117-OYT8I50059-T.jpg?type=thumbnail

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