来日中の名手2人に聞く

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 世界のクラシック音楽界を先導し続ける名手、ラトビア生まれのバイオリニスト、ギドン・クレーメルさん(75)とアルゼンチン生まれのピアニスト、マルタ・アルゲリッチさん(81)が、そろって来日した。久しぶりに日本で共演した2人は、ロシアのウクライナ侵攻に心を痛めながら、目の前の演奏に魂を傾けていた。(文化部 松本良一)

音楽祭家族向けに一新 11月、春日部 「しんちゃん」主題歌など

私には武器なのです 砲声に比べればか弱いバイオリンですが…ギドン・クレーメルさん

ワインベルクへの共感

バイオリニストのギドン・クレーメルさん(東京都新宿区で)=米田育広撮影
バイオリニストのギドン・クレーメルさん(東京都新宿区で)=米田育広撮影

 5月下旬から今月に開かれた仙台国際音楽コンクールの審査委員を務めた後、6月5、6日に東京のサントリーホールでアルゲリッチさんと共演した。弾いたのは、ポーランドに生まれ、旧ソ連で活躍した作曲家ワインベルクの「バイオリン・ソナタ第5番」ほかだ。

 「ワインベルクの作品には、ポーランド、ロシア、ユダヤの音楽的要素がカクテルのように混ぜ合わされ、さらに第2次世界大戦の悲痛な記憶に彩られている」

 多国籍のルーツを持つ作曲家の紹介に近年、精力を注いでいる。「ワインベルクは伝統的なスタイルの中に、極めて個人的なメッセージを盛り込んだ。そこにとりわけ共感する」。震えるような繊細な弱音で愁いを帯びた旋律を紡ぐその演奏には、作曲家自身の「内なる痛み」が聴き取れた。

それぞれの文化尊重を

 旧ソ連時代のラトビアに生まれ、ラトビア語とロシア語で育った。父はラトビア系ユダヤ人、母はドイツ人という自らの生い立ちは、ワインベルクの生涯に重なる。「音楽の普遍的価値は多様で重層的な伝統から生まれる。それぞれの文化が尊重されなければいけない」

 ロシアのウクライナ侵攻を強く糾弾する。「侵攻には何の正当性もない。ロシア軍はウクライナという国だけでなく、その文化をも破壊しようとしている」。今回の選曲には、侵攻に抗議し、「多様で重層的な伝統」を主張する意味合いも込められていたはずだ。

鎮魂のメッセージ

 「今はロシアという国とは距離をおきたい」と言いながら、最後にショスタコービッチの「ピアノ三重奏曲第2番」をリトアニア出身のチェリストを交えて演奏したのは、この曲にショスタコービッチが込めた「鎮魂のメッセージ」を奏でたかったのだろう。

 音楽家に何ができるのか。「戦いを好む一部の政治家たちは、威勢の良い砲声しか聞こえないようだ。それに比べてバイオリンはか弱い。でも、これが私にとっての『武器』なのです」。答えは力強く、明快だった。

音楽は人をつなぐ 何かを共有すれば 違い克服できる…マルタ・アルゲリッチさん

能楽師との共演

ピアニストのマルタ・アルゲリッチさん(静岡県熱海市で)(c)池上直哉
ピアニストのマルタ・アルゲリッチさん(静岡県熱海市で)(c)池上直哉

 大分県別府市を中心に開かれる「別府アルゲリッチ音楽祭」の総監督として3年ぶりに来日。地元や東京などでコンサートを開き、協奏曲やソロで鮮烈な演奏を聴かせた。「日本はヨーロッパとまったく違うから、多くのことがとても興味深い。それに素晴らしい人たちがいて、とてもよくしてくれる。世界中でこんな場所はほかにありません」

 出演を終えた5月31日、熱海のMOA美術館の能楽堂で、能楽師で人間国宝の大槻文蔵さん(79)と共演後、興奮冷めやらぬ口調で話した。「能には心を奪われます。すごくゆっくりした所作、一つの動きから別の動きに移り変わる、その『間』が、音楽におけるレガートを思わせる」

 演奏したバッハの「パルティータ第2番」と能の舞は、時間と空間を超えて不思議な融合を見せた。流麗なテンポはいつも通りなのに、フレーズをつなぐ間をほんのすこし長めに取り、能の動きと同期させる。そのコミュニケーション能力は見事だった。

命より大切なものない

 80歳を超えて全く衰えない技巧も驚異的だ。自然でスムーズ、作為を感じさせない演奏スタイルは、共演者を選ばない。今回も各地で若者と室内楽で共演した。「でも、私は教師じゃない。仲間と楽しみたいだけ」とさらりと言う。

 「音楽は人と人をつなげるコミュニケーション。コロナ禍でしばらく家に籠もっていたので、今はいろんな所にでかけ、いろんな人と出会いたい」

 ウクライナで起こっていることに話題が及ぶと表情が曇った。「ひどいことです。命より大切なものはないのに。音楽家にできることは……人と一緒に演奏することは、音楽を通して何かを共有すること。共有できれば違いは克服できる。ほんのささやかなことかもしれないけれど」

 聴衆に伝えたいことはと尋ねると、笑顔で首を振った。「音楽は経験を共有するもの。言葉では伝えられない。そうでしょう?」

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3098761 0 音楽 2022/06/21 05:00:00 2022/06/23 15:12:02 2022/06/23 15:12:02 https://www.yomiuri.co.jp/media/2022/06/20220620-OYT8I50065-T.jpg?type=thumbnail

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