ラストダンスは「幸枝若節」で

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 「よみらくご」総合アドバイザー、演芸評論家の長井好弘さんが、演芸愛いっぱいのコラムをお届けします。

落語・講談・浪曲・諸芸――長井好弘’s eye

 今年3~4月の読売新聞朝刊を飾った「時代の証言者・うなれ!浪曲 二代目京山(きょうやま)幸枝若(こうしわか)」(計24回)は、5月いっぱいで読売を卒業した僕が、自分なりの思いを詰めた置き土産だ。

 「時代の証言者」は職業、肩書を問わず、「誰もが知っている人」の半生をつづる長期連載であり、なぜか「知っている人」が演芸関係に偏っている僕は、2011年の「不死鳥」桂歌丸を振り出しに、上方落語の重鎮・桂文珍、浪曲定席・木馬亭主人の根岸京子、1929年生まれの現役最古参・三遊亭金馬、寄席の爆笑王・柳家権太楼、落語も聖火ランナーもやる三遊亭小遊三と、そうそうたる面々の聞き書きをした。手間隙(てまひま)のかかる厄介な仕事だが、振り返ってみれば至福の時間だった。

わかりやすく、面白くをモットーに浪曲の復興に力を注ぐ(2019年11月、浅草木馬亭で)
わかりやすく、面白くをモットーに浪曲の復興に力を注ぐ(2019年11月、浅草木馬亭で)

 「ラストダンスは『時代の証言者』だ」

 数年前から「読売卒業」を考えていた僕は2019年夏、取材相手を幸枝若に決めた。(注1)

 「侠客(きょうかく)伝だろうが、人情物だろうが、内容は何でもいい。ただ幸枝若師匠が30分うなっているのを聴くだけで最高なんです」

 幸枝若の会でよく会う書評家、杉江松恋(注2)さんが幸枝若の魅力を見事に言い当てている。トントンと畳み込む口調と、ウキウキと弾むリズム。「幸枝若節」を聴けば心が躍る。

読む幸枝若節

 2019年7月9日。お江戸上野広小路亭「浪曲三人舞台(ざんまい)」の楽屋に幸枝若を訪ね、取材のお願いをする。

 「ワシの半生なんて大したもんやないが、浪曲全体の宣伝になるなら」

 同年10月8日、幸枝若の最寄り駅、JR京都線の吹田駅近くで取材は始まった。案内されたのは「ミルフィーユ アンベール」というおしゃれすぎるケーキ屋さんのカフェ。注文の際、幸枝若がポイントカードを出して割引を確認していた!(注3)

 おっさん2人、イチゴのタルトをぱくつきながら顔を寄せて……今では考えられぬ濃厚接触の光景だが、中身も極めてディープなものだった。

先代幸枝若さんを中央に、長兄の隆光さん(左)と二代目幸枝若さん(1985年頃、京山幸枝若さん提供)
先代幸枝若さんを中央に、長兄の隆光さん(左)と二代目幸枝若さん(1985年頃、京山幸枝若さん提供)

 家に帰らず金も入れず遊び(ほう)ける初代幸枝若と、3人の子供を抱え途方に暮れる母親との、どろどろの離婚劇。実父とは知らずに初代の芸に魅了されて浪曲師を目指した当代が「幸枝若が父親」と知っての驚きと煩悶(はんもん)――。大変な修羅場なのに不思議なユーモアをたたえているのは、幸枝若がおおらかな関西弁で、一つ一つのセリフをそのまま、芝居の一場面のように再現するからだ。

 たとえば、幸枝若が先代と初めて親子の名乗りをする場面。初代と母親、別れた夫婦のやり取りは漫才コンビそのままだ。

 「若、若」

 「若、若言うな!」

 「若を若と言って何が悪い。あんたが生後7か月で捨てた子がな」

 「それ、言うな!」

 「この子があんたの節(浪曲)やってるから、弟子にしたってくれ」

 「ええっ、ホンマか!」

 こんな描写をされては、記者はお手上げだ。何の細工もせず、そのまま記事にしたら、毎回、浪曲のネタのようになった。

 「面白いね」という声をいただいたが、それは記者ではなく、ひとえに幸枝若の手柄だ。これぞ「読む幸枝若節」である。

頭の中は、あれも、これも……

 連載終了後、コロナ騒動で幸枝若に会えなくなった。幸枝若の会は軒並み中止、お互い関東と関西の「在宅」ではどうしようもない。

 しかたなく借りっぱなしの写真をまとめて郵送したら、すぐに幸枝若本人から電話があった。

 「お疲れさん~。もう2か月以上、舞台に立っとらんし、浪曲師以外の人と話できひん。それでアレコレ考えてなァ」

 それから話が止まらなくなった。弟子の育成、曲師の養成、延期になった浪曲親友協会東京公演、大看板の襲名計画――。幸枝若の頭の中は「浪曲」でいっぱいだ。

 「師匠、これらを実行するには協会の会長、死ぬまでやってもらわな」

 「アホなこと言うな!」

 「読売」の看板を下ろして身軽になったことだし、本場の上方浪曲を聴きに、ぶらりと西を旅したい。

(注1)残念ながら「京山幸枝若」は誰でも知っている名前ではないだろう。昭和の中頃からずっと低迷が続いた浪曲の認知度は驚くほど低い。「幸枝若」を「こうしわか」と読める人がどれだけいるのか。この連載で少しは増えているといいのだけれど。

(注2)文庫解説などでおなじみの書評家。読書範囲は広いが、とりわけ海外ミステリに造詣が深い。かなりの演芸ファンでもあり、「もう十何年か若かったら弟子入りしたいぐらい、幸枝若師匠が好き」という。

(注3)入門直後、初代の命令でアイスペールになみなみと注いだウイスキーをがぶ飲みし、救急車で運ばれたという逸話があるが、病気続きで現在はアルコール自粛中とか。このケーキ屋さんにはこの後何度も行った。居酒屋でノンアルコールビール片手に、という取材もあったなあ。

長井好弘’s eye 一覧は こちら

プロフィル
長井 好弘( Nagai Yoshihiro
 1955年東京都生まれ。都民寄席実行委員長、浅草芸能大賞専門審査員、日本芸術文化振興会プログラムオフィサー(大衆芸能担当)。著書に『寄席おもしろ帖』『新宿末広亭のネタ帳』『使ってみたい落語のことば』『噺家と歩く「江戸・東京」』『僕らは寄席で「お言葉」を見つけた』、編著に『落語家魂! 爆笑派・柳家権太楼の了見』など。

無断転載・複製を禁じます
1295505 0 長井好弘's eye 2020/06/26 12:00:00 2020/06/26 12:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/06/20200622-OYT8I50069-T.jpg?type=thumbnail

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