再開した寄席へ「二ツ目」を見に行く

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 「よみらくご」総合アドバイザー、演芸評論家の長井好弘さんが、演芸愛いっぱいのコラムをお届けします。

落語・講談・浪曲・諸芸――長井好弘’s eye

 緊急事態宣言の解除以降、初めて浅草演芸ホールの木戸をくぐったのは6月24日のことだ。月初めから営業を再開しているのに、「今まで何してた!」と叱られそうだ。

 実は「情報収集」と称して浅草には出没していたし、木馬亭や神保町の「らくごカフェ」で浪曲や講談を聴いている。それなのに寄席へ来ないというのは、うーん、毎日のようにオンライン配信を追いかけていた(注1)ので、落語への飢餓感が薄まっていたのかもしれない。

興行を再開した浅草演芸ホール。前座は寄席で修業しながら二ツ目になる日を待つ
興行を再開した浅草演芸ホール。前座は寄席で修業しながら二ツ目になる日を待つ

 夜の部の開演前に現地到着。テケツ(注2)で入場料3000円を払い、検温と手の消毒を済ませた後、ロビーでもらった、あちこちにバツ印のある座席表をチェックしながら、上手側の真ん中辺に腰を落ち着けた。

 本日の番組、特に後半がいい。人気者・神田伯山、毒のある風刺がまじるコント青年団、危険な香りの爆笑派・三遊亭笑遊という一癖も二癖もある顔ぶれの後に、トリの実力者・三遊亭遊雀が控えている。

 だが、僕のお目当ては、充実の後半ではなく、開演早々に登場する新二ツ目たちのお披露目高座なのだ。

前座の束縛から解放される時

 「落語家人生で一番うれしかったのは、誰が何と言っても二ツ目昇進の時」

 どの真打ちに聞いても、答えは同じだ(注3)。

 新二ツ目は各寄席で一芝居(10日間)、披露目の高座をつとめることができる。黒紋付きを着て、好きなネタを、のびのびと、でも少し緊張しながらの高座を見ていると、何だか優しい気持ちになる。真打ち昇進披露の華やかさはないが、これもまた寄席ならではの楽しみである。

 この芝居(6月下席前半・夜の部)には、全太郎改め(せき)昔亭(せきてい)(のぼる)、春風亭昇りんという2人の新米二ツ目が登場する。

 まずは昇。普通の人のような名前だが、本名の目黒(しょう)からとったらしい。前座時代はきびきび動き、太鼓もうまい。彼の師匠・桃太郎が高座でプレスリーナンバーを歌う時、バックで踊るツイストもダイナミックだった。(注4)

 「羽織を着てここ(高座)に座るのが夢でした。座ってみて、今、思うのは……暑いなあと」

 本当に噴き出す汗を何度も拭いながら、丸い体全体で二ツ目になった喜びを表す昇。「猫の皿」という地味な(はなし)を、無理なく爆笑ネタに作り変えている。勢いと間の良さ、愛嬌(あいきょう)のあるキャラクター。この人、間違いなく前途有望である。

 漫才を挟んで、もうひとりの二ツ目、昇りんの登場だ。春風亭昇太の弟子で、実家が山形のりんご農家だから「昇りん」。面長で、ひょろりと頼りなげな風情はりんごというより、アスパラガスか。

 この日の新作、がんこ(じい)さんとナイジェリア人の婿との微妙な関係を描く「借り物競走」は、ほのぼのと優しい仕上がり。登場人物がちゃんと自分の言葉でしゃべっている。

ご祝儀は巡り巡って……

 どちらも個性を生かした、気持ちの良い高座だった。後半はゆっくり楽しむかと考えながらロビーに出ると、たまたま楽屋から出てきた新二ツ目の一人と目があってしまった。

 しかたなく、ではなくて、喜んで祝儀袋を差し出し、代わりに名入りの手ぬぐいをいただいた。

 「ははは、いいタイミングでしたね。この間、(ウクレレ漫談の)ぴろき先生が誰かの代わりに来たら、新二ツ目が3人もいて、まとめてご祝儀を取られ、『代演で来ただけなのに~』とぼやいてましたよ」

 演芸ホールのスタッフが、そばでニヤニヤしている。

 コロナ騒動というハンデの中での二ツ目昇進。僕の些少(さしょう)すぎる祝儀が、数年後、十数年後の寄席文化に貢献するかもしれない。

(注1)「生の演芸を見ていない」という負い目があるので、誰かの配信があると聞けばチェックするというのがクセになった。いち早くオンラインで連続高座(10日間生配信)をやってのけた春風亭一之輔にはほぼ全部付き合って、短い期間に20席聴いた。平常時より聴いているかも。

(注2)劇場用語で「切符売り場」のこと。「TICKET」がなまったもの。ちなみに、テケツで手に入れた切符の半券をちぎるのを「もぎり」という。「もぎ取る」から「もぎり」というわけだ。「もぎりよ今夜もありがとう」という古いシャレがある。

(注3)二ツ目になると、毎日寄席に行かなくていい。楽屋で前座がお茶を出してくれる。自分専用の出囃子(でばやし)がある。羽織を着ることを許される。自由な時間ができ、「真打ち昇進」という目標がある――。その代わり、寄席の出番はないに等しく、自分で行動を起こさなければ仕事は来ない。必然的に自由時間はできるが、稽古もせずに怠けていると、真打ち昇進時に進退窮まる。個人差はあるが、二ツ目の期間は10~15年ぐらいだ。

(注4)僕は落語会のプロデュースや高座での解説などをするので、前座さんには毎度お世話になっている。昇も昇りんも、都民寄席などでの落語解説の折、彼らの背中を借りて、人間地図になってもらった。「皆さん、この背骨が中央通りで、真ん中あたりに三越が」ってな具合。立派な二ツ目になったのだから、もう頼めないな。

長井好弘’s eye 一覧は こちら

プロフィル
長井 好弘( Nagai Yoshihiro
 1955年東京都生まれ。都民寄席実行委員長、浅草芸能大賞専門審査員、日本芸術文化振興会プログラムオフィサー(大衆芸能担当)。著書に『寄席おもしろ帖』『新宿末広亭のネタ帳』『使ってみたい落語のことば』『噺家と歩く「江戸・東京」』『僕らは寄席で「お言葉」を見つけた』、編著に『落語家魂! 爆笑派・柳家権太楼の了見』など。

無断転載・複製を禁じます
1312667 0 長井好弘's eye 2020/07/03 12:00:00 2020/07/03 12:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/06/20200630-OYT8I50004-T.jpg?type=thumbnail

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