浪曲定席・木馬亭の「名物」とは

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 「よみらくご」総合アドバイザー、演芸評論家の長井好弘さんが、演芸愛いっぱいのコラムをお届けします。

落語・講談・浪曲・諸芸――長井好弘’s eye

 東京・浅草、浅草寺脇に「浪曲定席」を開いて50年、木馬亭は今も浪曲好きの聖地(たまり場?)だ。

 浪曲低迷のどん底だった1970年に開業、何度も繰り返す「客が来ない」という危機的状況を、浪曲師や関係者の知恵と工夫と「何とかなるさ」という前向きな能天気さで乗り切ってきた。

 コロナ騒動のために、50周年の派手な企画など催しようがないが、月に7日間の定席は6月から再開した。

 この50年間に、さまざまな「木馬亭名物」が生まれた。

 毎日、木戸口のイスに陣取ってパイプをくゆらしながら浪曲論を戦わす。その姿を見て、訪れる誰もが「この人がお席亭」と思った浪曲研究家の芝清之(注1)。

 人とモノを一緒にして申し訳ないが、仲入り休憩時、季節を問わず、客席後方で売られるアイスモナカ。「バニラ」を「白」と呼ぶのが「浪曲通」だ。

 忘れてならないのが、2019年に亡くなるまで「おかみさん」と親しまれた根岸京子・前席亭。誰にも優しく公平で、新旧の浪曲師、観客の誰からも愛されていた。「あ、いたいた、この人がおかみさんだ」とわざわざ顔を見に来る観光客もいたというから、まさに「名物」そのものだ。

 芝さんが去り、アイスモナカの販売がコロナのために中止となり、おかみさんが旅立った今、木馬亭の「名物」といえば、御年80歳のトップランナー、沢孝子を置いて他にいない。

観客を大渦に引きずり込む存在感

木馬亭の名物にして浪曲界のトップランナー、その舞台は衰えを知らない(横井洋司さん撮影)
木馬亭の名物にして浪曲界のトップランナー、その舞台は衰えを知らない(横井洋司さん撮影)

 1939年に千葉の銚子で産声を上げ、14歳で「寄席浪曲」の実力者、広沢菊春に入門。以来、60有余年、古典、新作、文芸物に落語浪曲など、持ちネタは数多く、常に第一線の舞台に立つ――。

 そんな経歴など知らなくても、沢孝子が舞台に立てば、その貫禄、「タダモノではない!」という存在感に圧倒されるはずだ。

 7月5日の木馬亭。客席の前2列はビニールひも(!)で縛られて使用できず、楽屋への差し入れも、「待ってました!」の掛け声も、前述のアイス販売も当面禁止。でも、この日は、出演者、演目ともに力の入った好番組だった。

 年配なのに若手(?)の東家恭太郎の洒脱(しゃだつ)な「魚屋本多」、パワフルで歯切れのいい国本はる乃の「亀甲組」、観客を古き良き昭和に逆戻りさせる富士琴美の「老人と若者たち」、落語ネタを優しい現代物に化粧直しした沢雪絵の「夢の女」。

 どれも自分たちの個性を生かした舞台だったが、トリの沢孝子が登場した途端、それまでの力演、好演が吹き飛んでしまった。

 「こういう時期だから、笑うのはまずいのかもしれないけれど、私で最後だから、笑ってください。笑いましょうよ。今日は面白いネタをやりますから」

 笑顔で語ったその後の、とどろくような高音の第一声。その大きさ、太さ、強さ。満場の観客はたちまち沢孝子の浪曲世界の大渦に引きずり込まれた。

まだまだ現役ナンバーワン

 物語は、沢孝子の生まれ故郷、銚子に伝わる河童(かっぱ)の話(注2)。銚子の人々と舟運(しゅううん)を陰ながら見守っていると言われる伝説の存在。その河童を捕らえて見世物にしようと、江戸の商家の若旦那が企んだが……。

 沢孝子の節は緩急自在。切れ味鋭く、トントンと話を運ぶ途中、ふっとリズムを変えて、粋な趣向を挟み込む。調子のよい船頭の掛け声を、曲師(三味線)の佐藤貴美江との掛け合いで聴かそうというのだ。

 「ヨイヤサァ」「コーリャ、リャイ!」

 見事な呼吸。拍手をするべきところだが、普段はおとなしそうに見える佐藤の掛け声が江戸前であまりに威勢がいいので、そのギャップに笑いが起こる。

 「(照れ笑いする佐藤を見て)大変ですねえ。三味線弾いて、船頭の真似(まね)までさせられて。私はこの人が頼り。若いでしょ。この人なら、私が死ぬまで弾いてくれるもの。よろしくお願いします」

 ペコリと佐藤に頭を下げた沢孝子は、「じゃ、続きをやりましょう」と自然に物語へ戻っていった。

 沢孝子の声と張りは、間違いなくこの日のナンバーワンだった。この80歳よりも大声を出せる「新名物」はいつ現れてくれるのだろうか。「現名物」は当面どころか、ずっと元気に違いないけれど。

(注1)しば・きよし。家業の建設会社をほっぽらかして木馬亭に通い、「月刊浪曲」を創刊し、浪曲研究本を何冊も書き、無数の浪曲会を催した。1998年没。「浪曲の神様が木馬亭を救うために差し向けた正義の騎士だったのかも。せっかくなら、あんまり威張らない騎士がよかったわね」(根岸京子・前席亭)。

(注2)題して「大新河岸の母子河童」。「銚子にこんないい話があるので、ぜひ浪曲にして」と市長に請われ、劇作家の大西信行さんに台本を依頼したという。「私、5年前から銚子の観光大使なのよ。浪曲ネタでせっせと地元の宣伝をしないとね」と沢孝子がいう。

長井好弘’s eye 一覧は こちら

プロフィル
長井 好弘( Nagai Yoshihiro
 1955年東京都生まれ。都民寄席実行委員長、浅草芸能大賞専門審査員、日本芸術文化振興会プログラムオフィサー(大衆芸能担当)。著書に『寄席おもしろ帖』『新宿末広亭のネタ帳』『使ってみたい落語のことば』『噺家と歩く「江戸・東京」』『僕らは寄席で「お言葉」を見つけた』、編著に『落語家魂! 爆笑派・柳家権太楼の了見』など。

無断転載・複製を禁じます
1325277 0 長井好弘's eye 2020/07/10 12:00:00 2020/07/07 15:13:23 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/07/20200706-OYT8I50086-T.jpg?type=thumbnail

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