「神保町かるた亭」の真実

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

 「よみらくご」総合アドバイザー、演芸評論家の長井好弘さんが、演芸愛いっぱいのコラムをお届けします。

落語・講談・浪曲・諸芸――長井好弘’s eye

 もうすぐ創業100年を迎える東京・神保町の奥野かるた(てん)は、その名の通り、日本で唯一のかるた専門店(注1)だ。

 店舗1階には、百人一首、いろはかるた、花札、囲碁・将棋。2階には手刷りのかるたや昭和生まれの懐かしいゲーム、遊戯研究書などが展示されている。

 7月7日夜、「奥野」の2階ギャラリーで「神保町かるた亭」が催された。前回が3月だから、4か月ぶりになるのか。

会の名前にふさわしい雰囲気で、5年目に入った「神保町かるた亭」。高座は春風亭昇也。(7月7日)
会の名前にふさわしい雰囲気で、5年目に入った「神保町かるた亭」。高座は春風亭昇也。(7月7日)

 「今までずっと家にいて、()まりまくったものを全部吐き出さねば」

 レギュラーの春風亭昇也、ゲストの春風亭昇市、そして解説役の僕までが、そう思ってしまった。

 「かるた亭」の終演は、一応、午後7時40分と決まっているのだが、この日は3人がしゃべり過ぎた。トリの昇也は30分以上まくらを振った後、「廿四孝(にじゅうしこう)」をたっぷりと。後片付けをして外に出たら、9時を回っている。こんな時期なのに30人も集まってくれたお客様、ごめんなさい。今日は自由過ぎました――。

「運動神経」抜群の若手を起用

 店自体の存在が奇跡であるような「奥野」に、僕は30年以上も出入りさせてもらっている。初めは玩具業界の取材で行ったのだが、たちまち商品に目を奪われ、買いあさることに。2002年には、三代目襲名間もない林家正楽と組んで「正楽(しょうらく)寄席(よせ)かるた」を作った(注2)。

 「なじみ以上」の店の奥野伸夫会長(当時)に「うちの2階で落語会ができないかな? いつも『百人一首セミナー』とか、堅いものばかりなので」と相談された。「断る」なんて選択肢はありえない。

 落語会のノウハウもなく、予算も限られているから、シンプルな若手の会がいい。出演者はレギュラーとゲストの2人だけ。一席30分ずつでサクッと終われば、夜の早い神保町でも帰りに一杯やることができるだろう。

 では、レギュラーを誰にするか。僕は春風亭昇太門下の二ツ目、春風亭昇也に話を持っていった。

 寄席や落語会での姿を見れば、昇也の武器はすぐにわかる。

 客がどよんとしていたら、手持ちのギャグを総動員して盛り上げる。人気者に挟まれた出番なら、メインの邪魔をせず、さらりと流すが、どこかで必ず自分を印象づける。つまり、「演芸家としての運動神経」が抜群なのだ。

 ただ、そんな昇也にも数年たてば「真打ち」の声がかかる。その時に「使い勝手のいい若手」のままでいいのか。脇役ではなく、自分が主役の高座でやるべきネタを仕入れる時期に来ているのではないか。

 本人にはそこまで言わなかったが、頭のいい昇也は、僕の言いたいことを察したようだ。

しぶとく会を重ねて5年目に

 2016年2月4日、神保町かるた亭は産声を上げた。ゲストは女流講談の神田きらり(現・鯉栄)。「奥野」と何度か打ち合わせをして、勘のいい昇也が「会長が落語よりも講談の古典が好きらしい」と見て、ヨイショをしたのである。

 ついでに僕も「解説」と称して一席。人前で演芸について話す機会が増えたので、会に便乗してトークの稽古をさせてもらおうという虫のいい企みだ。

 普通の落語好きと、玩具業界の人と、神保町ファンが交じった客席は、十分すぎるほどの盛り上がりだった。

 当初は「2、3回続けば御の字」と思っていたが、「かるた亭」は、しぶとく回を重ねた。

 発足から1年後の2017年3月、会の翌日に会長が86歳で急死するというショックな出来事があった。だが、あとを引き継いだ奥野誠子(ともこ)社長は、当然のように「かるた亭」を継続した。お客さんも定着し、「2、3回」どころか、年10回のペースで現在も続いている。

 「かるた亭」がここまで続いた理由は何か。メインの昇也が果敢に大ネタに挑戦し、まくらにも磨きをかけていること。マニア色が薄く、ストレートな若手の腕試しの会になっていること。「緊張しい」だという誠子会長の「前説」がだんだん上手になっていること。僕の解説トークが……、いや、それはないか。

 4か月ぶりに再開した「かるた亭」。昇也、昇市と僕の3人は、まだしゃべり足りなくて、居酒屋「大金星」でヘビーな鉄板焼そばをつつきながら、終電ギリギリまで落語談議に花を咲かせたのだった。

(注1)創業1921年。かるたの製造販売だけでなく、和風の室内遊戯一式を扱っている。熊本県人吉市に伝わる「うんすんかるた」、「一番面白い花札ゲーム」と言われる「八八(はちはち)」のセット、地方限定の花札である「伊勢札」などといった珍品逸品がずらり。不定期に行われるバーゲンセールではマニア垂涎のレアゲームが出る、「ファミコン」全盛期にはどこも売り切れだった「ドラクエ」や「ファイナルファンタジー(FF)」などが普通に販売されていた、などの伝説もある。

(注2)僕が読み札の文案を作り、それをもとに紙切りの正楽が色紙を使って取り札を切る。「僕は注文を受けて切るのが仕事。読み札は長井さんが全部考えてね」と正楽はまったく手伝ってくれなかったが、僕の注文は一言の文句も言わず、全部切ってくれた。一番苦労したのは「る」の文言。「ルルルルル 寄席の大敵 携帯電話」。現在も「奥野」の店頭で販売している。ぜひぜひ!

長井好弘’s eye 一覧は こちら

プロフィル
長井 好弘( Nagai Yoshihiro
 1955年東京都生まれ。都民寄席実行委員長、浅草芸能大賞専門審査員、日本芸術文化振興会プログラムオフィサー(大衆芸能担当)。著書に『寄席おもしろ帖』『新宿末広亭のネタ帳』『使ってみたい落語のことば』『噺家と歩く「江戸・東京」』『僕らは寄席で「お言葉」を見つけた』、編著に『落語家魂! 爆笑派・柳家権太楼の了見』など。

無断転載・複製を禁じます
1345182 0 長井好弘's eye 2020/07/17 12:00:00 2020/07/17 12:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/07/20200715-OYT8I50010-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

アクセスランキング

一緒に読もう新聞コンクール

新着クーポン

NEW
参考画像
ランチでご来店のお客様にジェラートをサービス
NEW
参考画像
600円300円
NEW
参考画像
アクティビティご利用でソフトドリンク1本サービス
NEW
参考画像
ご宿泊のお客様の夕食時に地酒(お銚子)またはソフトドリンク1本サービス

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)
ページTOP
読売新聞社の運営するサイト
ヨミダス歴史館
ヨミドクター
発言小町
OTEKOMACHI
元気ニッポン!
未来貢献プロジェクト
The Japan News
YOMIURI BRAND STUDIO
美術展ナビ
教育ネットワーク
活字・文化プロジェクト
よみうり報知写真館
読売新聞社からのお知らせ