「来てくれないなら、行くしかない!」――上方演芸かけ足見聞録

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 「よみらくご」総合アドバイザー、演芸評論家の長井好弘さんが、演芸愛いっぱいのコラムをお届けします。

落語・講談・浪曲・諸芸――長井好弘’s eye

 8月7日9時54分、東京発新大阪行「のぞみ315号」は、あきれ返るぐらいガラガラだった。僕のいる車両の乗客は総勢4人。あまりに密度が薄いので、マスクを着けるべきかどうか迷ったほどだ。

 新型コロナの感染拡大で、上方演芸が東京に来なくなった。たまに来ても、一席()って、そそくさと帰ってしまう。

 文珍、南光、仁智、福笑、松喬、鶴笑、南天、雀三郎、文之助、文華、生喬、よね吉、吉坊、福丸、文鹿、文三、かい枝、雀太、佐ん吉、喬介、華紋、米輝に幸枝若一門……(注1)。見たい聴きたい演芸家を挙げればきりがない!

 向こうが来てくれないなら、こっちから行くしかないではないか。

 12時24分、新大阪着。あれこれ仕事を調節して、何とか2泊3日の日程をひねり出したものの、3日目は新大阪を早朝7時15分に出発し、10時半には東京・北千住で落語講座の先生をしていなければならない。急ぎ旅なのだ(注2)。

コロナニモ、夏ノアツサニモ、騒音ニモマケズ

 さて、戦闘開始。地下鉄御堂筋線・動物園前駅へ。桂ざこばのマンションを改装したという動楽亭(どうらくてい)へ直行した。

 ★動楽亭昼席
  狸賽(たぬさい)      桂慶治朗
  鰻屋      桂佐ん吉
  饅頭怖い    桂米平
  はてなの茶碗  桂あさ吉
    仲入
  勘定板     桂米紫
  算段の平兵衛  桂米団治

 開演直前まで換気で全部の窓を開け放しているため、外の熱風と車の騒音がガンガン入ってくる。この豪快な処置を、2番手の演者と3番手の間にもう1回、さらに仲入休憩時にと、計3回行っている。高座に上がったとたん窓を開けられた米平は、騒音に負けぬよう、大声でまくらをしゃべらねばならない。それでも出演者たちは落語ができるのがうれしくてたまらないのだろう。厳しい規制など気にも留めず、全員が力みなぎる熱演だった。

アクリル板に映ったものは……

 翌日は、朝飯を我慢して天王寺へ行き、地下街の人気店「あべとん」で早めのランチ。イカモダンと、とん平焼きの量が尋常ではない。大阪名物「こなもん(粉もの)」を腹に詰め込み、一心寺浪曲寄席に突撃した。

 ★一心寺門前浪曲寄席
  寛永御前試合        京山幸乃
  改心亭           真山隼人
  寛政力士伝・小田原相撲   京山幸枝若(雲月代演)
  伊達騒動・松前鉄之助出府  松浦四郎若

 同志諸君、どんなに高潔な志を持っていたとしても、満腹での浪曲鑑賞は控えるべきだ。どれとは言えぬが、4席のうち1席、僕は幸福な夢の中にいた。

 浪曲師と客席との間は、分厚いアクリル板で区切られており、一席終わるごとに、アクリル板とマイクを消毒する。それでも、浪曲師たちは自慢の節をうなれるのがうれしくてたまらない……どこの会でも演者の気持ちに変わりはないのだ。

 終演後、四郎若、隼人の2人にあいさつした。

 「演者の声が(アクリル板で)()ね返ってくるんです。僕ら、あんなに大きな声を出してるんやね」と若い隼人がいえば、「それだけやなくて、アクリル板にいろんなものが映るんですわ。『これ何? あっ、わしの顔や』って」とベテランの四郎若が頭をかいた。

「裏なんば」の夜は更けて

「コロナ禍のかつてない苦境を『柔軟性』で乗り越えたい」。独演会の記者会見で語った桂文珍(なんばグランド花月で)
「コロナ禍のかつてない苦境を『柔軟性』で乗り越えたい」。独演会の記者会見で語った桂文珍(なんばグランド花月で)

 この日の夜は、なんばグランド花月(NGK)の「吉例88桂文珍独演会」だ。毎年8月8日に催される夏の風物詩も38年目を迎えたが、今年はコロナ騒動のおかげでゲストも演目も未発表。すべては「当日のお楽しみ」なのだった。

 ★88桂文珍独演会
  宿替え    桂楽珍
  在宅勤務   桂文珍
  一人歌謡笑  桂文福
    仲入
  女道楽    内海英華
  船弁慶    桂文珍

 注目のゲストは文珍の弟弟子、文福だった。「記念すべき第一回に呼ばれたのに、その後まったくお呼びがなかった」と文福は破顔一笑。河内音頭、相撲甚句、なぞかけ、懐かしの青春歌謡メドレーと持ちネタ全部を繰り出す大サービスだ。「あんなにぎやかなヤツの後に出たくない」と文珍が言い出し、急きょ、「空気の入れ替え役」として三味線の内海英華が呼ばれたらしい。

 主役の文珍は、故郷の丹波篠山で作ったというコロナ自粛をテーマにした新作と、上方落語の夏の名作「船弁慶」の2席を、気持ちよさげに演じた。

 感染防止のため、楽屋への挨拶ができないという。やむなく終演後、落語作家の小佐田定雄・くまざわあかね夫妻と一緒に裏なんば(注3)のバーへ。日付の変わる直前まで、上方演芸の未来について激論、じゃなかったアホ話をしたのであった。

 3日目の朝、やっぱりガラガラの新幹線の中で、慌ただしくも充実した上方の旅を振り返った。お好み焼きに裏なんば、落語と浪曲…。もっと聴きたかった、もっと浸りたかったなあ。

(注1)亭号省略、順不同をお許し願いたい。

(注2)記者時代、Y社の夕刊に旅ルポを71本書いた。雨男の僕がカメラ片手に出かけると、国内外にかかわらず、たいてい最悪の天気で、「ナガイさんの旅の写真はいつも誰かが傘さしてますね」と言われた。

(注3)裏なんば 「北は千日前から南はなんさん通り、東は黒門市場から西は高島屋あたり」というが、関東人にはよくわからない。とにかく居酒屋やB級グルメの店が多い。僕らは入ったのは何という店だったか……。「あなチーズ」(穴子焼きのチーズ乗せ)など料理に一工夫あり、吉本新喜劇の幹部・内場勝則がカウンターで飲んでいた。

長井好弘’s eye 一覧は こちら

プロフィル
長井 好弘( Nagai Yoshihiro
 1955年東京都生まれ。都民寄席実行委員長、浅草芸能大賞専門審査員、日本芸術文化振興会プログラムオフィサー(大衆芸能担当)。著書に『寄席おもしろ帖』『新宿末広亭のネタ帳』『使ってみたい落語のことば』『噺家と歩く「江戸・東京」』『僕らは寄席で「お言葉」を見つけた』、編著に『落語家魂! 爆笑派・柳家権太楼の了見』など。

無断転載・複製を禁じます
1417269 0 長井好弘's eye 2020/08/21 12:00:00 2020/08/19 10:16:29 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/08/20200817-OYT8I50046-T.jpg?type=thumbnail

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