「権太楼の了見」の「先」にあるものは?
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「よみらくご」総合アドバイザー、演芸評論家の長井好弘さんが、演芸愛いっぱいのコラムをお届けします。
落語・講談・浪曲・諸芸――長井好弘’s eye

「もう、潮時だと思う」
9月5日、よみうり大手町ホールで催された「ザ・柳家権太楼」。1席目の冒頭、権太楼の口から飛び出した言葉に、満員の客席がざわめいた。
爆笑派の重鎮が1回に4席も演じてくれるという、主役には過酷で、観客にはお得な落語会も今年7回目を迎えた。これまでも権太楼は「4席は疲れる」「ネタの選びようがない」「いったい誰が企画したんだ(実は権太楼本人らしい)」などの愚痴とも弱音ともつかない言葉を口にしていたが、顔を見れば満面の笑み、その目はぎらぎらと不敵に輝いていた。ところが、今回は違った。静かで穏やかな口調。73歳という権太楼の年齢が頭をよぎった。
「7回もやって、役目は果たした……。軽い
あらためて番組を見て、権太楼の「本気」がわかった。今回の権太楼は4席ではなく、やり慣れたネタばかり3席を演じた。減らした1席分は「おはなし」と題し、観客からの質問に答えるコーナーになる。明らかに「撤退」を意識した構成である。口開けの「
「ご著書に『65歳から75歳までは、それまで築いてきたものの遺産、年金で食べられる』と書かれていますが、今、おいしいものを食べていますか?」
驚いたのは、「おはなし」コーナーの最初に僕の質問が取り上げられたことだ。
権太楼は、考えをまとめるかのように、しばし舞台の上を見、そして語り出した。
「おいしいものなんて、食べてませんよ。このコロナという状況下で、ポロポロと(噺の)中身が落ちていくのを怖がっているんです。どんなネタをやればいいのかわかんない。でも、諦めはしません。聞かせる落語よりも、笑わせる落語、ウケる落語をやりたい。生きていれば、いつか見つかります」
「次の世も噺家になります」
静かに話し始めたのに、次第に言葉が熱を帯び、最後は力強い「宣言」になった。「これだけの言葉と決意があるなら、『権太楼の了見・2』が書ける!」と僕は思った。
2問目以降も権太楼がきちんと答えるので、「おはなし」コーナーは無類の面白さだった。
「好きな(五代目)小さんネタは?」「全部です。やりたいのは『
「失恋しました。慰めてください」「泣きなさい。泣いて自分を見つめなさい」
「『
「緊張をコントロールするには?」「緊張感がほどよいモチベーションになります。寄席でも落語会でも、緊張しないで高座に上がることはない。志ん朝師匠は晩年まで舞台袖で『人』という字を手のひらに3度書いて
おっと、もう一つ忘れてはいけない。
「落語家にならなかったら、何になっていた?」「やっぱり噺家です。次の世も噺家になります」
73歳になり、4席演じることに疲れを感じても、笑わせる落語、ウケる落語を「命あらん限り、追い続ける」という、それが現在の「権太楼の了見」なのだろう。
「落語以外は本当に何もできないからね、あたしがサポートするしかないのよ。ああいう人の扱いは、あたしが一番慣れているから」という権太楼夫人の言葉を思い出した。
落語以外、何もできない人がただひたすら奮闘する「ザ・柳家権太楼」。来年以降の模様替えを見逃すわけにはいかない。
(注1)正確な書名は「落語家魂! 爆笑派・柳家権太楼の了見」(中央公論新社刊)。現役落語家の聞き書きの中では、無敵といえるほどの面白さだ。権太楼は、芸談、一門、家族、何を聞いても隠さず、正直に語ってくれた。きれいごとばかりではなく、失敗、打算、嫉妬、悪意など「負」の部分も、同じスタンスだった。たとえ自分が関わっていなかったとしても、僕は喜んで買い、むさぼり読んだだろう。
(注2)このしぐさの意味を理解せず、ただ「習慣」だと思っている若手も、実はけっこう存在する。手のひらに書いた字が「人」ではなくて「入」だったというのは、まくらのネタか? 「人」という字を3度書いた後、呑み込むのではなく、「ふっ」と息をかけて飛ばしたヤツがいるというのは実話らしい。
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