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「権太楼の了見」の「先」にあるものは?

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 「よみらくご」総合アドバイザー、演芸評論家の長井好弘さんが、演芸愛いっぱいのコラムをお届けします。

落語・講談・浪曲・諸芸――長井好弘’s eye

爆笑派の大御所だが、時にはこんな大ネタも。エネルギッシュに観客を圧倒する「百年目」。2018年3月24日撮影。
爆笑派の大御所だが、時にはこんな大ネタも。エネルギッシュに観客を圧倒する「百年目」。2018年3月24日撮影。

 「もう、潮時だと思う」

 9月5日、よみうり大手町ホールで催された「ザ・柳家権太楼」。1席目の冒頭、権太楼の口から飛び出した言葉に、満員の客席がざわめいた。

 爆笑派の重鎮が1回に4席も演じてくれるという、主役には過酷で、観客にはお得な落語会も今年7回目を迎えた。これまでも権太楼は「4席は疲れる」「ネタの選びようがない」「いったい誰が企画したんだ(実は権太楼本人らしい)」などの愚痴とも弱音ともつかない言葉を口にしていたが、顔を見れば満面の笑み、その目はぎらぎらと不敵に輝いていた。ところが、今回は違った。静かで穏やかな口調。73歳という権太楼の年齢が頭をよぎった。

 「7回もやって、役目は果たした……。軽い(はなし)と、大ネタを組み合わせて2席。これが一番いいんじゃないかな」

 あらためて番組を見て、権太楼の「本気」がわかった。今回の権太楼は4席ではなく、やり慣れたネタばかり3席を演じた。減らした1席分は「おはなし」と題し、観客からの質問に答えるコーナーになる。明らかに「撤退」を意識した構成である。口開けの「幾代餅(いくよもち)」と次の「茶の湯」の間に仲入があり、その時、観客の質問メモをスタッフが回収した。この機会に、「もう潮時」発言の真意を問いたい。僕が聞き役をつとめた権太楼の近著「権太楼の了見」(注1)にからめた質問を考えた。

 「ご著書に『65歳から75歳までは、それまで築いてきたものの遺産、年金で食べられる』と書かれていますが、今、おいしいものを食べていますか?」

 驚いたのは、「おはなし」コーナーの最初に僕の質問が取り上げられたことだ。

 権太楼は、考えをまとめるかのように、しばし舞台の上を見、そして語り出した。

 「おいしいものなんて、食べてませんよ。このコロナという状況下で、ポロポロと(噺の)中身が落ちていくのを怖がっているんです。どんなネタをやればいいのかわかんない。でも、諦めはしません。聞かせる落語よりも、笑わせる落語、ウケる落語をやりたい。生きていれば、いつか見つかります」

「次の世も噺家になります」

 静かに話し始めたのに、次第に言葉が熱を帯び、最後は力強い「宣言」になった。「これだけの言葉と決意があるなら、『権太楼の了見・2』が書ける!」と僕は思った。

 2問目以降も権太楼がきちんと答えるので、「おはなし」コーナーは無類の面白さだった。

 「好きな(五代目)小さんネタは?」「全部です。やりたいのは『粗忽長屋(そこつながや)』。でも難しいんだ」

 「失恋しました。慰めてください」「泣きなさい。泣いて自分を見つめなさい」

 「『鼠穴(ねずみあな)』を究めて、次のネタは?」「まだ究めてません!」

 「緊張をコントロールするには?」「緊張感がほどよいモチベーションになります。寄席でも落語会でも、緊張しないで高座に上がることはない。志ん朝師匠は晩年まで舞台袖で『人』という字を手のひらに3度書いて()んでいた。あれを私は見習っています(注2)」

 おっと、もう一つ忘れてはいけない。

 「落語家にならなかったら、何になっていた?」「やっぱり噺家です。次の世も噺家になります」

 73歳になり、4席演じることに疲れを感じても、笑わせる落語、ウケる落語を「命あらん限り、追い続ける」という、それが現在の「権太楼の了見」なのだろう。

 「落語以外は本当に何もできないからね、あたしがサポートするしかないのよ。ああいう人の扱いは、あたしが一番慣れているから」という権太楼夫人の言葉を思い出した。

 落語以外、何もできない人がただひたすら奮闘する「ザ・柳家権太楼」。来年以降の模様替えを見逃すわけにはいかない。

(注1)正確な書名は「落語家魂! 爆笑派・柳家権太楼の了見」(中央公論新社刊)。現役落語家の聞き書きの中では、無敵といえるほどの面白さだ。権太楼は、芸談、一門、家族、何を聞いても隠さず、正直に語ってくれた。きれいごとばかりではなく、失敗、打算、嫉妬、悪意など「負」の部分も、同じスタンスだった。たとえ自分が関わっていなかったとしても、僕は喜んで買い、むさぼり読んだだろう。

(注2)このしぐさの意味を理解せず、ただ「習慣」だと思っている若手も、実はけっこう存在する。手のひらに書いた字が「人」ではなくて「入」だったというのは、まくらのネタか? 「人」という字を3度書いた後、呑み込むのではなく、「ふっ」と息をかけて飛ばしたヤツがいるというのは実話らしい。

長井好弘’s eye 一覧は こちら

プロフィル
長井 好弘( Nagai Yoshihiro
 1955年東京都生まれ。都民寄席実行委員長、浅草芸能大賞専門審査員、日本芸術文化振興会プログラムオフィサー(大衆芸能担当)。著書に『寄席おもしろ帖』『新宿末広亭のネタ帳』『使ってみたい落語のことば』『噺家と歩く「江戸・東京」』『僕らは寄席で「お言葉」を見つけた』、編著に『落語家魂! 爆笑派・柳家権太楼の了見』など。

無断転載・複製を禁じます
1467482 0 長井好弘's eye 2020/09/11 12:00:00 2020/09/11 12:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/09/20200908-OYT8I50019-T.jpg?type=thumbnail

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