僕が「替り目」を嫌いな理由(わけ)

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 「よみらくご」総合アドバイザー、演芸評論家の長井好弘さんが、演芸愛いっぱいのコラムをお届けします。

落語・講談・浪曲・諸芸――長井好弘’s eye

 「(かわ)り目」は、寄席の客席に2、3日通えば、まず確実に巡り合える定番中の定番ネタである。

 寄席でおなじみというなら、「子ほめ」「牛ほめ」「やかん」「たらちね」などもあるが、これらは主に前座、二ツ目が演じる定番ネタであり、彼ら若手が「替り目」を演じることはまずない。

 毎晩飲んだくれて帰り、「もっと飲ませろ」とくだを巻く亭主と、なんだかんだ文句を言いながらも酒の支度をして屋台のおでんを買いに走る世話女房とのやりとり。大半は二人の会話で、何も事件は起こらない。だが、一見無愛想に見える会話の中に、長年連れ添った夫婦のシブい愛情がにじみ出て――。

大阪・道頓堀角座での「替り目」の高座。志ん生夫婦の姿を写し取ったような噺だ。(1959年11月4日)
大阪・道頓堀角座での「替り目」の高座。志ん生夫婦の姿を写し取ったような噺だ。(1959年11月4日)

 昭和の名人、古今亭志ん生は長い不遇の時代、「飲む、打つ、買う」に明け暮れた。それでも、りん夫人は夫の芸の力を信じ、苦しい家計を支えた。

 1947年、満州(現中国東北部)での長い抑留生活から帰国した志ん生は、新宿末広亭での復帰初日に「替り目」を演じた(注1)。亭主を案じる古女房と、それに甘えてだだをこねる酔っぱらい亭主は、そのまま志ん生夫婦の姿に写ったという。

 「替り目」は、大人の落語なのである。

 ところが僕は、この(はなし)があまり好きではない。寄席で「替り目」がかかったら、演者が誰であろうとがっかりする。どうしてなのかと考えた。

 まず、あまりにも出会う回数が多く、すっかり聴き飽きてしまったということだ。どの演者でも、噺の展開やくすぐりはほぼ同じ。同じ定番ネタでも、若手が「子ほめ」や「たらちね」を演じるなら、「頑張れよ」という応援する気になる。だが、天下の真打ちに入れ替わり立ち代わり「替り目」をやられては、「他にも素敵(すてき)なネタがあるのに、皆がやるネタをやることはないでしょ」と愚痴の一つも言いたくなる。

 もうひとつ、「替り目」は、いつどこで演じてもウケる、鉄板ネタであることも問題だ。夫婦の情愛、酒飲みの心情というテーマは、老若男女が共感できる。落語家がみんなそうだとは言わないが、「これをやれば大丈夫」という安易な姿勢が垣間見えることがある。そういうときの「替り目」は、昔からのやり方をそのまま踏襲するだけで、独自の工夫など見当たらないのである(注2)

百花繚乱の演出で「気になるネタ」に

 ところが、だ。ここ数年、「またこのネタか」と下を向いた僕が、再び高座に()きつけられる。そんな「替り目」が増えてきたのである。

プラネタリウムの星空の下、「替り目」を演じて会場の笑いを誘う雀太。
プラネタリウムの星空の下、「替り目」を演じて会場の笑いを誘う雀太。

 「パパリコシャンシャン、パパリコシャン!」といきなり変な歌で始まるのは、上方落語の桂雀太。「冷酒ばかりを飲んでる人も、死ねばおかんの世話になる。こんなの好きか? ()れた数から振られた数を、引けば女房が残るだけ。何笑ってんねん。早いとこ酒持って来んかい」という豪快なやりとりが魅力だ。

 「うどん嫌い!」と言うそばから、うどんの蘊蓄(うんちく)を延々と並べ、「お客さん、ホントは好きなんじゃないの?」とうどん屋に見破られる三遊亭萬橘(まんきつ)の酔いどれ亭主。

 「何かつまみ出せ」「冷やご飯なら」「冷やご飯で酒が飲めるか? 両方コメやないか」と、林家染二演じる亭主が理詰めで女房に反論する姿がカワイイ。

 桃月庵白酒(とうげつあんはくしゅ)の噺の終盤、うどんやにお燗をつけてもらった後、新内流しを呼び込んだと思ったら、義太夫流しだった。夜中に大音声で、うるさいうるさい!

 どれも細かい部分の改良ではあるが、「さらに面白く」「最大多数とは違う演出を」という噺家の姿勢が見えて、うれしくなる。

 そして9月26日、国立演芸場で入船亭小辰が「替り目」を演じた。

 二ツ目の若手がトリの高座に「替り目」を掛ける――。小辰には自信と覚悟があるのだろう。久々、ワクワクする高座に巡り合った。

 思い出すまま、小辰ならではのセリフを挙げてみるか。

 「毎晩ベロンベロンなのよ。見てなさい、(亭主が)あすこで必ず転ぶから。ほら~」
 「なんで毎日、家の前から(くるま)(人力)に乗るの? このあたりじゃ評判なのよ。あそこは玄関の前に俥止めておくとお金になるって」
 「ウソを付くと下唇が出る癖。ほんとにわかりやすいわね」(その後、何度も肝心なところで「癖」が出る)
 「(女房への感謝の言葉を)聞かれちゃったかあ……。(うなだれながら)お酒飲もっ」

 プロでもない僕でも、一席そのまま演じられるほど覚えている「替り目」に、気がつくと、引き込まれていた。トリのネタとして威張って演じられる「替り目」である。

 気がつくと、「替り目」という噺が、「嫌いなネタ」から「ちょっと気になるネタ」に変わっていた。

(注1)志ん生は1961年暮れに脳出血で倒れたが、1年近い闘病の末にカムバックを遂げた。62年11月、新宿末広亭での再起第一声も「替り目」だった。こちらは夫婦の情愛というより、「再起したんだから酒を飲ませろ」というアピールだったのかもしれない。

(注2)ついでにいえば、「替り目」の酔っぱらい亭主の言動は、まったくの下戸の僕にはもう一つ、理解できないものがある。「酔ってるから」という言い訳で多くのしくじりが許されてしまうのも、ちょっと妬ましい。

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プロフィル
長井 好弘( Nagai Yoshihiro
 1955年東京都生まれ。都民寄席実行委員長、浅草芸能大賞専門審査員、日本芸術文化振興会プログラムオフィサー(大衆芸能担当)。著書に『寄席おもしろ帖』『新宿末広亭のネタ帳』『使ってみたい落語のことば』『噺家と歩く「江戸・東京」』『僕らは寄席で「お言葉」を見つけた』、編著に『落語家魂! 爆笑派・柳家権太楼の了見』など。

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1528243 0 長井好弘's eye 2020/10/09 12:00:00 2020/10/09 12:00:00 2020/10/09 12:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/10/20201005-OYT8I50068-T.jpg?type=thumbnail

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