君はこの秋、「目黒のさんま」を食べたか?

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 「よみらくご」総合アドバイザー、演芸評論家の長井好弘さんが、演芸愛いっぱいのコラムをお届けします。

落語・講談・浪曲・諸芸――長井好弘’s eye

 「日本に四季がなくなった」と僕らが気づいたのは、いつの頃だったのか。

 猛暑、酷暑、炎暑。あの過酷な夏の日々を毎年、何とか乗り切ることができるのは、その後に必ず、やさしく、さわやかで、ちょっと物悲しい秋という季節が来ることを僕らが知っているからだ。

 だが、ふと気がつくと、大好きな秋が、驚くほど短くなっていた。

 今年も、猛暑が過ぎたと思ったら、冷たい雨と身を切るような風。耳を澄まさなくても、初冬の足音が聞こえてくる。

 それでも、僕ら寄席演芸好きには「寄席」という切り札がある。落語には季節を織り込んだネタが多く、落語家たちは春が近づけば「長屋の花見」を、そろそろ年の暮れだなと思えば「掛取り」や「芝浜」を高座にかけてくれる。

 寄席には四季がある。秋が長かろうが短かろうが、寄席に行けば、僕らは「目黒のさんま」(注1)を聴いて、秋風の中を飛び交う赤とんぼや、さんまを焼く匂いを感じることができるではないか。

 そう思って高をくくっていたら、コロナ騒ぎで寄席から足が遠ざかってしまい、まごまごしているうちに、秋はどこかへ行ってしまった。気がつけば、今年はまだ、お気に入りの定食屋で「新さんま塩焼き定食」を食べていない!

席亭の不屈の了見に感激

落語では殿様がハマってしまった、さんまの塩焼き。今年はなかなかお目にかかれなかったなあ。
落語では殿様がハマってしまった、さんまの塩焼き。今年はなかなかお目にかかれなかったなあ。

 10月8日、「錦秋四景」というタイトルに()かれ、国立劇場小劇場で催された落語会にでかけた。

 昼夜2回公演の昼の部。三遊亭兼好「浮世床・夢」、柳家権太楼「代書屋」、春風亭一之輔「竹の水仙」、柳家さん喬「たちきり」と、演者も演目も魅力的だったが、秋の(はなし)は見当たらない。

 「『芝浜』、やろうかな。でも前に兼好が『夢』の噺をやっちゃったからなあ。『代書屋』でいいの? ここの持ち時間は30分だけど、『代書屋』は15分……。後の出番の一之輔に45分やってもらえばいいか」(権太楼)

 「そんなにやりませんよ(笑)。今日は朝から『芝浜』やるつもりだったのに、兼好さんが『夢』をやるし、権太楼師匠とネタがかぶるし……」(一之輔)

 「目黒のさんま」どころか、出演者たちの関心は、すでに暮れのネタである「芝浜」をやるかやらないかに移っている。

 ところが、思わぬところで、「目黒のさんま」に巡り合うことができた。当会のプログラムに掲載された主催者あいさつに、見事に引用されていたのである。その名文の概略を紹介させてもらっても、筆者に叱られることはないだろう。

 「例え話ではございますが、七輪の炭火で焼きたてのさんまを提供していた私が、コロナ禍において、緊急事態宣言などもあり、お国から『七輪は使わずレンジで焼いて、さんまはラップしてお客様に提供を』とのお達しがあり、断腸の思いでニュースタイルのさんまを提供せざるを得なくなったということです」

 飲食業の関係者でもないのに、さんまを鮮やかに料理している。主催者K藤氏の無念の思いと不屈の了見が行間から(あふ)れ出ていて、思わず「頑張って! みんな思いは同じだから」と、ロビーに筆者が見当たらないので、かわりにプログラムに声をかけた。

寄席で味わった「目黒のさんま」

文菊師の「目黒のさんま」に秋を感じた。(写真は6月の「よみらくご」の高座、大原一郎撮影)
文菊師の「目黒のさんま」に秋を感じた。(写真は6月の「よみらくご」の高座、大原一郎撮影)

 この短い秋の間に、「目黒のさんま」を聴くことができたのは、わずか2回だった。

 9月29日、浅草東洋館。音楽ネタの漫談ばかりが並ぶボーイズバラエティ協会の興行(注2)で、落語の出番は二つだけ。その中の1本で、立川小談志が「目黒のさんま」で奮闘した。

 10月13日、上野鈴本演芸場。昼の部の比較的浅い出番で、古今亭文菊が演じてくれた。「あたしは嫌なんだけどね、生まれついた品というものは……」と日頃まくらでうそぶいているのはウソではないようで、目黒に野掛けに赴いた殿様に、自然な品格がある。

 「目黒は良きところじゃ。秋を彩るカエデやツタは、山の麓の裾模様じゃのう」「どこかで聞いたことがあるような……」

 ただ童謡の歌詞をしゃべっているだけなのに、懐かしいメロディーと山裾に広がる紅葉に包まれて、一瞬の秋を感じることができた。

 国立でも東洋館でも鈴本でも、心を込めて焼いたさんまなら、七輪を使わずとも、ラップに包まれようとも、天下の美味にちがいない。

(注1)実は、春夏冬と比べ、秋の噺は圧倒的に少ない。「目黒のさんま」以外にとなると、「千早ふる」「茶の湯」あたりになるのか。「野ざらし」はどうかといえば、「 四方(よも) の山々雪とけて」という 台詞(せりふ) と「野を肥やす骨を形見にすすきかな」という句が混在していて、いつの噺か決められない。落語会の企画で「四季の噺をやろう」と盛り上がることがあるが、たいてい「秋」で行き詰まって、話が進まないのである。

(注2)寄席定席には登場しない、知る人ぞ知る面白パフォーマーを楽しめる。岡大介の「カンカラ三線」、さいたまんぞうの「審判漫談」、こばやしけん太の「音まね漫談」に、タブレット純の「ムード歌謡漫談」などは、一見にしかず、と思う。

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プロフィル
長井 好弘( Nagai Yoshihiro
 1955年東京都生まれ。都民寄席実行委員長、浅草芸能大賞専門審査員、日本芸術文化振興会プログラムオフィサー(大衆芸能担当)。著書に『寄席おもしろ帖』『新宿末広亭のネタ帳』『使ってみたい落語のことば』『噺家と歩く「江戸・東京」』『僕らは寄席で「お言葉」を見つけた』、編著に『落語家魂! 爆笑派・柳家権太楼の了見』など。

無断転載・複製を禁じます
1567364 0 長井好弘's eye 2020/10/23 12:00:00 2020/10/23 12:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/10/20201020-OYT8I50024-T.jpg?type=thumbnail

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