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「袖」と「前」で見た一之輔の「二昼夜・半」

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 「よみらくご」総合アドバイザー、演芸評論家の長井好弘さんが、演芸愛いっぱいのコラムをお届けします。

落語・講談・浪曲・諸芸――長井好弘’s eye

今年も三昼夜の独演会を成功させた一之輔。よみうり大手町ホールの高座はいつもあなたを待ってます。(写真は今年6月の「よみらくご」の高座)
今年も三昼夜の独演会を成功させた一之輔。よみうり大手町ホールの高座はいつもあなたを待ってます。(写真は今年6月の「よみらくご」の高座)

 いつの頃からか、「よみうり大手町ホール」は僕のホームグラウンドだ、と思うようになった。

 東京・大手町の読売新聞ビルにある501席のホール(注1)。2014年5月の開館記念公演「至高の落語」(注2)を振り出しに、定期落語会「よみらくご」をゼロから立ち上げ、その他、同ホールでのさまざまな演芸関連イベントにかかわってきた。20年5月いっぱいで読売を卒業した後も、落語関連の会に声をかけてもらえるのがありがたい。

 10月25、26、27の3日間は、「一之輔三昼夜」の客席とバックステージをうろちょろしていた。

 当代きっての売れっ子・春風亭一之輔が連続で「ねたおろし」に挑む「落語一之輔」シリーズは、同ホールの秋の名物公演だ。14年から5年かけて15公演45演目(うち初演が15席)を演じ、19年は7日連続の会、そして今年は「三昼夜」になった。

 同シリーズはいつまで続くのか。いつまでも続いてほしいという思いを込めて、パンフレットに勝手な企画を書き並べた。

 <(来年以降は)夏目漱石を気取れば「一之輔夢十夜」。シェイクスピアなら「十二夜」か。樋口一葉に「十三夜」もあるぞ>

 「勝手なことをパアパア言って……。やるのは俺なんだからね」と楽屋で一之輔ににらまれた。

 「三昼夜」のほとんどは、これまでと同様に、立ったりしゃがんだりパイプ椅子にすわったりしながら、「袖」=舞台袖で見た。そして、「これは」という高座は、「前」=客席にまわって見た。

 以下は「袖」と「前」から見た3日間の主観だらけのリポートである。

初日・昼の部「僕の好きな色物さん」

 音楽パフォーマンスの、のだゆき。太神楽曲芸の若手、鏡味仙成。85歳のギター漫談・ペペ桜井。紙切りの巨匠・林家正楽。一之輔好みの色物4人をゲストに、和気あいあいの会である。

 舞台袖でいきなり、のだゆきに握手された。えっ、何で?

 「(僕の眼鏡を指さし)それ、theo(テオ)でしょ。同志、同志」

 おおっ、こんなころにも仲間がいたのか。ここ数年、僕は、ヘンテコなデザイン(注3)で知られるベルギーブランド・theoの眼鏡を愛用している。同好の士はすぐにそれとわかるので、初対面のインタビュー相手に「それ、theo でしょ」と言われたことが何回かあるのだ。

 次の出番の一之輔は「寄席の番組はたいてい『落語、落語、色物、落語、落語、色物』の順なので、のだゆきさんとペペ(桜井)先生に挟まれる出番は初めてかも」とうれしそうだ。

 仲入り前は、お目当て、べぺ桜井の登場だ。「ハーモニカを吹きながら、同時に『若者たち』をうたう」という、ぶっ飛びの十八番ネタをかました後は、のだゆきのリコーダーと競演で「コンドルは飛んでいく」を披露した。

 高座を下りた2人に「お二人の合奏は初めてですか?」と尋ねたら、「この曲に関しては 初めてですね」だと。よそでは他の曲もやっているのか!

 袖でぼーっとしている僕も、たまには役に立つことがあるらしい。次の出番で「尻餅」を演じる一之輔がブツブツ言いながら近づいてきた。

 「ながいさん、ほら、(噺のまくらで使う)大みそかの川柳、なんだっけ?」

 「何をいきなり。えーと、『首で良ければ』とか?」

 「それだ!『大みそか首でも取ってくる気なり』『首で良ければやる気なり』。これが出てこなかったんですよぉ」

 落語家が出演している会で、色物がトリを取るのは大変に珍しいことだ。僕が正楽のトリをみるのは、2000年の「正楽襲名披露興行」以来かもしれない。

 紙切り芸だけは「袖」から眺めていても、何が何だかわからないので、「前」に回って楽しんだ。「ペペ桜井」「鬼滅の刃」(!)なんて難しい注文に涼しい顔で応え、「アーバン・パーク・ライン」という声には、「それ、東武野田線でしょ?」と確認してから、「醤油(しょうゆ)の瓶を持っている、野田線の車掌と(千葉県)野田市出身の一之輔」を切り上げて喝采を浴びた。

 トリの最後は、「あきのかみきり」と題して、舞台後方の壁の全面をスクリーンに使い、月見の宴や秋祭りなど、事前に切った作品をオーバー・ヘッド・プロジェクター(OHP)でスライドショーのように映し出すという、1ランク上の「紙ワザ」である。客席からは「うわぁ」という感嘆の声が聞こえたが、実は正楽が出番ぎりぎりまで、楽屋でスライドショー用に紙を切っていたのを、僕は知っている。

 「早くやればいいんだけど、結局、ぎりぎりになっちゃうの」と正楽は頭をかいていた。

中日・昼の部「天どん一之輔二人会」

 仲の良い修業仲間。三遊亭天どんの方が何年か先輩だが、どちらが上という感じはなく、最初と最後の2度のトークコーナーでは、互いの悪口を言い合いながらも、じゃれ合っている。

 天どんは自作「効くやつください」と廓噺(くるわばなし)「首ったけ」という新旧2席を口演した。新作のまくらで、「尻にネギを突っ込む」という解熱の民間療法を説明したが、観客の賛同を得られず、高座を下りて、着物の尻を端折(はしょ)り、尻にネギを刺すしぐさの実演を始めた。観客はお下劣な言動にあきれかえり、舞台袖のスタッフは、天どんが生配信の画面の枠をはみ出してしまうのではないかと本気で心配していた(実際にはぎりぎり収まったもよう)。

 一之輔は、江戸を舞台の新作「吟味婆(ぎんみばばあ)」と、天どん作品には珍しい上質な人情噺「クリスマスの夜に」を熱演。前者の主要登場人物である「竹輪を食べるお徳ばあさん」が後者の人情噺にも出演する特別版。「俺の新作、勝手に自分のキャラクター(お徳ばあさん)を入れるんじゃねーよ!」と、エンディング・トークで天どんがツッコミを入れていた。

千穐楽・昼の部「一朝・一之輔親子会」

 (うそ)か誠か「親子会なら、今月だけで5回やっている」(一之輔)。なんて仲のいい「親子」なんだ!

 「師弟の会」にちなんでか、一之輔が演じたのは「雛鍔(ひなつば)」と「浜野矩随(はまののりゆき)」。親子がテーマの2席だが、「浜野」は難しくて、笑いどころが少なく、後味もよくないので「損な噺」といわれている。一之輔は、腰元彫りの名人を父親に持つ矩随がどうして下手くそなのかを明快に説明、噺を壊さない程度にギャグも増やすなど、この噺の「後味の悪くなる要素」を一つ一つそいでいった。よく考えられた「浜野」である。

 仲入り後のトークコーナーには、不肖ワタクシも舞台に立った。前日、「弟子から師匠へは言いにくいこともあるから、間にクッションがほしい」と一之輔が急に言い出し、師弟のつなぎ役として、僕が出演することになったのである。

 トークの前の高座で、一之輔が僕のことを紹介した

 「どんな人かというと、町中華のカウンターの隅にいる人。あるいは、水木しげるの漫画に出てくるサラリーマン」

 あのねえ。こんな紹介の後に、高座に出ろと言われても……。

 何の打ち合わせもなく始まったトークコーナー。せっかくの機会だから、思い切って聞いてしまおう。

 「『名前が一朝だから、今日はイッチョウケンメイにやります』というフレーズは、いつごろからやってるんですか?」

 師匠の出番前によくそんなことを聞けるなと、一之輔が横であきれ顔をしている。でも、心配ご無用。ついさっき楽屋で、ユニホーム生地で作ったジャイアンツのマスクをプレゼントされ、一朝は満面に笑みを浮かべていたのである。

 「二ツ目昇進して、『一朝』を名乗ってすぐだね。たまたま舌がまわらず『イッチョウケンメイ』と口走ったら、それがウケちゃったので、以来、47年間言い続けてます。でも、あたしのこと知らない人は『それがどうした』って顔をしてるね」

 後は、マジメな対談である。一朝一門独特の自由な弟子育成法で盛り上がり、「あたしの真打ち昇進の1年前に師匠の先代柳朝が倒れたので、披露目に出てもらえなかった」「だから全員の真打ち披露口上に並べるように頑張る」とイッチョウケンメイなコメントを聞くことができた。

 一朝の長講一席は「大工調べ」の通しだった。談志、志ん朝との逸話をまくらに、大工・政五郎のはじけまくり、まぶしいほどの江戸っ子ぶりだ。「あうっ!」という底抜けに明るい掛け声が客席に響き渡った――。

 字数の都合で昼の部しか紹介できないのが残念だ。昼の部のトリを見事につとめ、巨人のマスクをつけてさっそうと帰って行く一朝を見送り、一之輔に「じゃあね」と挨拶し、夜の部に後ろ髪をひかれながら、別の仕事で日暮里へ向かった。

 結局、僕は「三昼夜」6公演のうち、最後の一回をのぞく5公演、つまり「二昼夜半」を楽しむことができた。怒涛の三日間の感想は、一言に尽きる。

 「来年も再来年も観たい。一之輔師匠も、よみうり大手町ホールをホームグランドだと思ってほしいなあ」

(注1)501席のホール 気になるのは半端な席数である。「ちゃんと作ったのに1席余ってしまった」「他の500席のホールより1席多いと営業するため」など、諸説あるらしい。

(注2)至高の落語 東京4派と上方落語協会の計5団体が日替わりでオールスター公演を敢行。最高峰のY・K師匠に「至高てえのは何だ」「そんな落語があるのか」と、質問というか小言というか、鋭いコメントをいただいたっけ。

(注3)ヘンテコなデザイン 僕のフレームは丸眼鏡の上部に緩く曲がった横線が走っていて、脇に「UDON」という商品名が書かれている。銀座の眼鏡店の社長は「ベルギー人のデザイナーがうどんを食べているときに思いついた」というのだが。

長井好弘’s eye 一覧は こちら

プロフィル
長井 好弘( Nagai Yoshihiro
 1955年東京都生まれ。都民寄席実行委員長、浅草芸能大賞専門審査員、日本芸術文化振興会プログラムオフィサー(大衆芸能担当)。著書に『寄席おもしろ帖』『新宿末広亭のネタ帳』『使ってみたい落語のことば』『噺家と歩く「江戸・東京」』『僕らは寄席で「お言葉」を見つけた』、編著に『落語家魂! 爆笑派・柳家権太楼の了見』など。

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使い方
1605898 0 長井好弘's eye 2020/11/06 12:00:00 2020/11/06 14:41:08 2020/11/06 14:41:08 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/11/y-ichinosuke.jpg?type=thumbnail

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