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奈々福を読んだら、木馬亭へ走れ

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 「よみらくご」総合アドバイザー、演芸評論家の長井好弘さんが、演芸愛いっぱいのコラムをお届けします。

落語・講談・浪曲・諸芸――長井好弘’s eye

 この冬、気になる演芸本が次々と刊行されている。

 第一に挙げるべきは、落語作家・小佐田定雄の「新作らくごの舞台裏」(ちくま新書)だろう。「〇〇の舞台裏」と題したシリーズは、「〇〇」の部分に「枝雀らくご」、「米朝らくご」、「上方らくご」を入れて、著者が関わってきた落語の現場での、先人たちの落語史的に見ても貴重きわまる証言から、くっだらないアホ言行録までを記録した、実に魅力的な仕事である。「上記3冊で完結だ。疲れたなあ」とボケる著者へ、「何、言ってるの。あなたはまだ自分の仕事について書いてないでしょ!」と各方面からのツッコミが入り、ようやく重い腰を上げてくれた。数多い自作を中心にした「新作らくご」にまつわる興味津々のエピソードが「これでもか」と披露されている。東京、上方の区別なく、落語好きなら4冊そろえるべし、だと確信する。

 講談本なら、中公文庫の「桂馬の高跳び 坊ちゃん講釈師一代記」(神田山陽・著)が群を抜いて面白い。(注1)大商店の若旦那が湯水のように金を使って、ダンスを究めて教室を作り、将棋にはまって自宅を若手棋士に開放し、芸者、幇間(たいこもち)を揚げて花街を練り歩く。ついには廃業の危機にあった古い講釈場を立て直すうち、「道楽」が「本気」に変わって、本物の講談師になってしまった。そういう異色中の異色の講談師の直弟子が、令和の現在、一龍斎貞水亡き後の講談の屋台骨を背負って立つ人間国宝・神田松鯉(しょうり)であり、孫弟子にはあの人気者・六代目神田伯山もいる。1986年の刊行だが、二代目山陽の破天荒ぶりは、今読んでも色あせていない。「湯水のように金を使う、道楽者の若旦那」という絶滅危惧種の人物が、「絶滅危惧種」と言われる講談師になるというのも痛快である。

自らをさらけ出した情熱本

アタマからしっぽまで、どこを切っても浪曲愛にあふれている
アタマからしっぽまで、どこを切っても浪曲愛にあふれている

 そしてもう一つ、今冬の演芸本の真打ちは、浪曲から出た。

 玉川奈々福の「浪花節で生きてみる!」(さくら舎)。とにかく、頭からしっぽまで、どこを切っても抜群に面白い。ただ、一つだけ疑問がある。

 いったいこれは、何の本なのか?

 入門書のようでもあり、自伝の要素が強く、浪曲の解説もあるし、懐かしい浪曲師、曲師へのラブレターも挟まっている。だが、この本自体の構成が自由奔放すぎて、何か一つに絞り切れない。

 愚考するに、この本の狙いは、「浪曲を知ってもらう」のではない。理屈も理由もエビデンスも関係なく、「とにかく浪曲を好きになってもらう」ために、奈々福が自分というものをさらけ出して書いた情熱本だと、言ってしまおう。

 なにより、「旅行けば~ 浪花節のココロ」と題された第1章がすてきだ。

 思いつく演芸本の冒頭は、自伝重視なら著者の人生のハイライト場面、堅く行くならテーマとなる芸の現状分析か。ルーツを探る「そもそも論」もありそうだ。

 ところが、奈々福の書き出しは「浪花節のココロ」だった。もしやと思ったが、このタイトルは、著者が出版社勤務時代に付き合いの濃かった小沢昭一の名物ラジオ番組「小沢昭一的こころ」へのオマージュだと、本文に書かれていた。小沢もまた古今東西の諸芸を愛し、消えゆく放浪芸の記録に腐心した人だった。

 奈々福は、浪曲の人気演目を並べ、その物語に登場する色気、人情、稚気、酒、覚悟、偏屈、恋心などのキーワードと、それらを現実世界で実践(?)している浪曲界の人物を紹介するという手法で、「浪花節のココロ」を生き生きと描いていく。

 当然、章の中の各項目で、演目のあらすじが書かれているが、これが実に面白い。

 あらすじというにはかなり長く、間にやたら引き事(その読み物に関連した豆知識やエピソード)が入る。この寄り道が楽しいのである。たとえば三波春夫(注2)の長編歌謡浪曲「俵星玄蕃(たわらぼしげんば)」だ。

 赤穂浪人の身分を隠してそば屋に(ふん)する杉野十平次と、彼の正体を見抜きながら、武士の誠を貫く生き方に共感して交流を深める槍の名人・俵星玄蕃。そして、討ち入り当夜。闇夜に響く山鹿流陣太鼓を聞いた玄蕃は、先祖伝来の槍を持ち、吉良邸に駆けつける。「我々だけで討たせてほしい」という大石内蔵助の言葉に、それならせめて、討ち入りを邪魔するやつらは、誰一人通さぬと、両国橋のたもとで仁王立ち――。

本日は「浪花節のココロだあ!」

 ここで、素に戻った奈々福が、あらすじにチャチャを入れるのである。

 「この人、かっこいいか?」

 「人間をちょっと離れたところから突き放してみる落語的視点からなら、この俵星玄蕃という人は、超すっとこどっこいな、おせっかいとして描かれるだろう」

 なるほど。奈々福によると、歌謡浪曲でも本物の浪曲でも、俵星はヒーローだという。

「伊丹十三賞」を受賞し、贈呈式で一席を披露する奈々福。曲師は長年コンビを組む沢村豊子。(2019年4月)
「伊丹十三賞」を受賞し、贈呈式で一席を披露する奈々福。曲師は長年コンビを組む沢村豊子。(2019年4月)

 「俵星は杉野に、なりたくてなれなかった自分の姿を見るのです。槍をもって忠義に生きたかった。それができない。せめて杉野の忠節を助けたい。(中略)仕官を断り、赤穂義士に精いっぱいの心を寄せる玄蕃に、浪曲のお客さんは同じく心を寄せ、涙したのだろう。これが浪花節のココロだよなあ~と思います」

 引用が長くなったが、こんな調子で、浪曲の演目を紹介しながら、「浪花節のココロ」を持ったキーワードを探り、自分を含めた浪曲界の人々の姿にオーバーラップさせていく。

 浪曲の昔も今も、高座のスタイルも芸の蘊蓄(うんちく)も、この段階ではまだ何も語っていないのだが、僕ら読者の頭の中に、何となく「浪曲」というもののたたずまいが浮かび上がってくるのだ。

 こうなったら早く続きを読みたい。続く第2章は、と書いたところで、ちょうど時間となりました~。あとは実際の本を紐解(ひもと)いてバラバラにしていただこうか。

 読み終えたら、寄席へ行きたくなる。そんな演芸本を名著と呼びたい。小佐田本に納得したら、東西の演芸場へ。二代目山陽にあきれ返ったら講談席へ。そして、奈々福の「熱さ」にあてられたら、浅草の木馬亭へ。いざ!

(注1)同書の解説は、六代目伯山と僕の二人。伯山は大師匠への思いを講談師の視点から、僕は「道楽者の若旦那」論を落語的な視点から書いた。当事者が言うのも変な話だが、これもまたおすすめである。

(注2)歌手活動の傍ら、日本芸能史、歌謡史の研究に打ち込んでいた。取材の時、たまたまそういう話題になると、話に熱が入って止まらなくなった。取材を終えてデスクに戻ると、三波本人からの「しゃべり足りなかったので」と手書きのFAXが追いかけてくる。さらに数日後、テレビ局でばったり会ったら、「それで、あの歌のルーツは…」と、いきなり話の続きを始めるので、本当に驚いた。歌の求道者だったのである。

長井好弘’s eye 一覧は こちら

プロフィル
長井 好弘( Nagai Yoshihiro
 1955年東京都生まれ。都民寄席実行委員長、浅草芸能大賞専門審査員、日本芸術文化振興会プログラムオフィサー(大衆芸能担当)。著書に『寄席おもしろ帖』『新宿末広亭のネタ帳』『使ってみたい落語のことば』『噺家と歩く「江戸・東京」』『僕らは寄席で「お言葉」を見つけた』、編著に『落語家魂! 爆笑派・柳家権太楼の了見』など。

無断転載・複製を禁じます
1729051 0 長井好弘's eye 2020/12/25 12:00:00 2020/12/25 18:57:55 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/12/20201223-OYT8I50040-T.jpg?type=thumbnail

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