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 「よみらくご」総合アドバイザー、演芸評論家の長井好弘さんが、演芸愛いっぱいのコラムをお届けします。

落語・講談・浪曲・諸芸――長井好弘’s eye

上方浪曲界をけん引する二代目幸枝若。芸術祭大賞で円熟味を増した。(浅草の木馬亭で)
上方浪曲界をけん引する二代目幸枝若。芸術祭大賞で円熟味を増した。(浅草の木馬亭で)

 わが「演芸始め」は、上方浪曲見物と決まっている。

 毎年1月4日に大阪へ遠征し、上方浪曲唯一の団体・浪曲親友協会が阿倍野区民センターで催す「初夢で『見たよ、聞いたよ』浪花節」の調査をするという仕事が、この6、7年、年中行事になっているのだ。(注1)

 超高層の「あべのハルカス」のビルが、昭和の大阪の風情を色濃く残す飲食街を見下ろす「天王寺・阿倍野地区」。1月4日は、いつも冬晴れだ。からりと晴れた空の明るさと、身に刺さる寒風の鋭さのせいで、これからコテコテの上方浪曲で癒やされようというのに、ピンと背筋が伸びてしまうではないか。

 明治から昭和の戦前まで、大衆芸能の王座に君臨した浪曲だが、戦後は低迷が続いた。それでも、上方浪曲は、義理人情の衣を着た泥臭い物語を愛する関西の庶民に支えられ、地方営業を中心に頑張ってきた。だが、戦後の大エース・初代幸枝若の死(1991年)の前後から急速に衰え、二代目春野百合子、富士月の栄、初代真山一郎といった大看板もいつの間にか舞台から消えた。

 そんな苦境の中でも、毎年開かれる「初夢で『見たよ、聞いたよ』浪花節」は、その年の上方浪曲を占う上で、きわめて重要な公演だ。浪曲会自体が、「今年はこのメンバーで乗り切ります。皆さん、見に来てください!」という浪曲親友協会の年頭の決意表明なのだから。

欲がない!? 会長あいさつ

 この数年、ようやく浪曲そのものに復興の兆しが見えてきた。神田伯山の台頭などで講談がブームを呼び、その勢いにも乗って、東西の浪曲に日が当たり始めたのである。玉川奈々福、玉川太福らが打ち出す様々な企画が客を呼び、有望な新人も続々入ってきた。そして、長く上方のトップランナーだった二代目幸枝若・浪曲親友協会会長が今年度の文化庁芸術祭大賞を受賞することになった。

 そうした中での「初夢で『見たよ、聞いたよ』浪花節」の冒頭の会長挨拶(あいさつ)は、注目に値するものだ。浪曲に追い風が吹き始めた今、どんな決意表明をするのか。観客が見守る中、幸枝若会長がマイクを持った。

 「大変な時期だけど、浪曲界全体でがんばります。皆さん、今年も浪曲をよろしく!」

 もう少し「字になる言葉」が出てくるかと思ったら、きわめてシンプルな挨拶だった。折しもコロナ感染がさらなるステージを迎えようという時期である。振り返れば、客席は50%使用可能ということを考慮しても、空席が目立つ。派手なアドバルーンを上げるのではなく、「わしらも頑張るから、皆も浪曲を忘れないで」という純粋な願いだけを観客に伝えたかったのだろう。

 幸枝若が舞台袖に下がろうとしたとき、この日の司会役、幸枝若門下の幸太が慌てて言った。

 「あの、師匠! もう一つ、言わなアカンことが。このたび芸術祭大賞をとられて」

 「ああ、そうか」

 先ほどの「浪曲をよろしく」というシンプルきわまる挨拶に、「芸術祭大賞」という事実が説得力を加えるのである。それを「ああ、そうか」では困ったものだ。(注2)

「振袖のお嬢さん、だれ?」

 番組内容もシンプルで、わかりやすい構成だった。

 前半は「浪曲バラエティー」ともいうべき3本の企画が並んだ。

 まずは、浪曲の節にのせて謎掛けをする「浪曲大喜利」。昨年は回答者の若手連中がはつらつとしたやり取りをして好評だった。今年はベテラン・中堅回答者でバージョンアップを狙ったが、これが見事に期待はずれ。天光軒満月は片手に持った台本を隠そうともせず、あからさまなカンニングで謎掛けを(うな)る。春野一は両手に人形を持ち、マペット浪曲に挑んだが、「こんなにハッキリ口の動く腹話術は初めて見た」と、大喜利司会の真山隼人から容赦ないツッコミを入れられていた。もっとも、彼らベテラン勢の堂々たる「ヘタウマ」ぶりが面白いと、観客は大喜びだった。

 次の企画は三原麻衣、京山幸乃、真山隼人によるリレー浪曲「紺屋高尾」。若手3人が熱演と予想以上の達者な口演で、ベテラン勢の「失点」を見事にカバーした。

 企画の最後は、京山幸太、春野恵子、幸枝若という上方きっての人気者トリオが春野一門のお家芸「天狗(てんぐ)の女房」の物語をもう一捻りした「お笑い・天狗の亭主」を披露したのだが、観客の目を奪ったのは幸枝若の驚くべき変身ぶりだ。(つや)やかな振袖、カールした髪、こぼれるような笑顔。楽屋の誰もが「あの女の人、何者?」と、その正体を見破れなかったという、奇跡の女装。そんな「ええとこのお嬢さん」姿で気持ちよさそうに浪曲をうなる幸枝若嬢。その印象が強すぎて、浪曲の筋を覚えていない!

ベテランの至芸に安心、また来年も来るぞ

 後半は、がらり趣を変えて、幹部級による定番浪曲の三本立てだ。

 病気休演の天光軒新月に代わって、弟弟子の満月が「桃中軒雲右衛門の若き日」を丁寧に。二代目真山一郎が演歌浪曲「南部坂雪の別れ」で達者なこぶしを聞かせ、トリの松浦四郎若が「勧進帳」で男の真情を吐露する大熱演。

 そうかそうか、大喜利は苦手でもベテラン勢の本芸は健在だなあと、ほっと一安心だ。

 コロナで延期になっていた浪曲親友協会の東京公演「関西浪曲特選会」(2月7日、紀尾井小ホール)はちゃんと開かれるのかといった直近の話題から、この日出演した一風亭初月、沢村さくら、藤初雪、虹友美(順不同)らに続く曲師(三味線奏者)が育っていないという積年の懸案、そして東京の木馬亭のようなホームグラウンドはできないのかという未来への課題など、上方浪曲をめぐる話題は尽きない。

 公演調査の仕事もいつかは終わる。そうなっても僕は、正月の大阪行きを続けるだろう。それほど、上方浪曲の今後には目が離せないのである。

(注1)最初に見たのは2016年、いやもっと前かもしれない。「公演調査して、レポートを書け」という仕事を頼まれ、喜び勇んで大阪へ馳せ参じた。「調査」は翌年以降も続いたが、「正月の4日に大阪出張して浪曲を見る」というハードな(?)仕事の引き受け手が他にいないようで、僕が専任のようになってしまった。

(注2)昨年末、大賞獲得のお祝いメールを幸枝若に出したら、その返信がふるっていた。「(芸術祭参加作品だった幸枝若独演会の主催者である)宮岡さんから『やりました~』という電話を頂戴して。『何をやりましたんですか?』『芸術祭大賞ですよ』。それで思わず『おめでとうごさいます』と言ったら、『私じゃないです、幸枝若先生が取られたんです!』と言われて、あ、そうかとびっくりしました」。何と欲がないトップランナー…。

長井好弘’s eye 一覧は こちら

プロフィル
長井 好弘( Nagai Yoshihiro
 1955年東京都生まれ。都民寄席実行委員長、浅草芸能大賞専門審査員、日本芸術文化振興会プログラムオフィサー(大衆芸能担当)。著書に『寄席おもしろ帖』『新宿末広亭のネタ帳』『使ってみたい落語のことば』『噺家と歩く「江戸・東京」』『僕らは寄席で「お言葉」を見つけた』、編著に『落語家魂! 爆笑派・柳家権太楼の了見』など。

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1770039 0 長井好弘's eye 2021/01/15 12:00:00 2021/01/15 12:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/01/20210112-OYT8I50060-T.jpg?type=thumbnail

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