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真面目にふざける愉快な人々~「宮治の披露目」見聞記

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 「よみらくご」総合アドバイザー、演芸評論家の長井好弘さんが、演芸愛いっぱいのコラムをお届けします。

落語・講談・浪曲・諸芸――長井好弘’s eye

師匠・伸治(左)とのツー(スリー?)ショット。芸協では29年ぶりの抜てき(5人抜き)真打ちだ(2020年12月7日、京王プラザホテルで)
師匠・伸治(左)とのツー(スリー?)ショット。芸協では29年ぶりの抜てき(5人抜き)真打ちだ(2020年12月7日、京王プラザホテルで)

 桂宮治は◯年に一度、出るか出ないかの落語家である。「◯」の中にどれだけの数字を入れたらいいのか、なかなか正解が見つからない。あえて現時点でということなら、「2桁だろう」と僕は思っている。

 ライバルの落語協会に比べれば、質量ともにやや劣ると見られる落語芸術協会から、評価されやすい人情(ばなし)系ではなく、ややもすると脇役にされかねない爆笑系で、これだけの人気者が出た。真打ちに昇進して、寄席定席のレギュラーに定着した宮治の高座を想像すると、思わず頬が緩んでしまうのである。

 2月11日から始まった宮治の真打ち披露興行。中席の末廣亭には間に合わず、浅草演芸ホールでの下席6日目になって、披露目の木戸をくぐった。12時15分。すでに30分以上の遅刻である(注1)

一つおきの使用…座れる座席はどこだ

 「入れますか?」「何とか」「1階は無理でしょうね?」「うーん、たしか、まだ1席か2席あったような」

 木戸口で協会事務局のベン片岡氏とばったり会ってよもやま話を。ロビーには、今興行の番頭役の二ツ目、桂鷹治、三遊亭遊子がいた。ナントカ信用金庫の外回りのような律儀なスーツ姿を見たら、何か言わずにいられないのがおっさんの悪い癖だ。

 「就職活動、ご苦労さま。スーツ似合うね、着物よりいいかも」「やめてくださいよー」

 しまらない挨拶をしている脇を、「おや、ながいさん、ご苦労さま!」と言いながら、演芸ホールの社長が走り抜けていく。どこへ行くのか、連日大入りの興行だけに後ろ姿がはつらつとしている。

 ようやく入った1階席。「一つおきの座席使用」ということは……。使っていない席がやたらにあるので、「座ってもいい空席」を見つけるのは至難の技だ。それでも、下手側の真ん中あたりに目指すものを発見した。これはもう、長年の寄席通いで培った「勘」のおかげだろう。

 高座はちょうど、桂伸衛門の「出来心」が始まったところだった。雷門の仁王様に踏みつけられ、せつなくなった泥棒が「ブーッ!」と一発。「くせーもの」「におう(仁王)か」というおなじみの小噺だが、伸衛門の「ブーッ」が大音声なのだ。大きいばかりでなく、元気がいい。この調子で本編もトントンと歯切れよく。しばらく聞かないうちに、明るく大きな芸になった。彼もまた期待の新真打ちだ。

 「AEDの講習会に行きました。練習用のマネキンが僕と同じ服を来てました」とは、ウクレレ漫談・ぴろきの脱力ギャグ。思わず、ぴろきの全身を見直した。これを相手にAEDか……。

 番組前半で、一番ウケていたのは、おそらく桂右団治だろう。本格的な古典を真面目に演じる芸風は「ウケる」とか「ウケない」とかで量るものではない。そのガチガチの古典派が、この日は、新作を演じていた(注2)。それも「軽薄OLが大阪の彼氏の実家でちゃんと挨拶できるようにと、大阪弁の完璧マスターを目指す」というベタ過ぎる内容なのだ。生真面目な右団治が無理して関西弁でギャグをいうギャップがたまらなくオカシイ。客席の笑いもどんどん大きくなった。右団治の“変身”については、稿を改めて分析したい。

 次のコント青年団が医師と葬儀屋のコントで笑わせて……と、いちいち出演者を紹介していては、主役の宮治にたどり着けない。申し訳ないが、つくばエクスプレスの区間快速で柳好、文治、今丸、小遊三という名の駅には止まらず、披露興行の華である「口上」に直行だ。

爆笑の連続 「口上」ではなく「漫談」

千秋楽終演直後の浅草演芸ホール前。コロナ禍だが、人気者の披露目とあって多くのファンが集まった(2021年 2月28日)
千秋楽終演直後の浅草演芸ホール前。コロナ禍だが、人気者の披露目とあって多くのファンが集まった(2021年 2月28日)

 東西(とざい)(とう)西(ざい)~。幕が開くと、赤い毛氈(もうせん)を敷いた高座に、7人の落語家が並んでいた。舞台下手から順に、司会役の伸衛門、宮治の師匠・桂伸治、上方からのゲスト・月亭方正、宮治本人、芸協理事・桂文治、副会長・春風亭柳橋、参事・三遊亭小遊三と豪華な顔ぶれである。

 この7人が順に口上を述べていくのだが、もしも客席アンケートを実施していたら、この日の全観客が「一番印象に残ったのは伸治」と断言するはずだ。とにかく長い。長すぎる。さらに、めでたい席にはふさわしくない内容が多数含まれ、それなのに、べらぼうに面白い。そして口上の中身は毎日変わるらしい――。

 「あのさあ(口上で「あのさあ」とは何だ、と横から声あり)、◯◯◯って知ってます? 電車でズルをするやつ。師匠の先代桂文治は西武池袋線でこれをやってました。(具体的な内容は自主規制)。自動改札になってやめるかと思ったら、改札を出る時、弟子の後ろに張り付いて(以下、自主規制。現・文治が「入るときもやってましたよ」)。師匠は多分、面白がっていたんでしょう。駅で捕まると、身元引受人が必要なんです。末廣亭に電話かけたら、三笑亭夢楽師匠が出て(以下、自主規制。こればっかりだ)。その後、新宿駅のクリーン運動に落語家が招かれて(たまりかねた司会が「師匠、そろそろ」)、あ、そう? そういう伝統ある一門だから(爆笑)どうぞ宮治をよろしく」

 これはもはや、「口上」ではなく、「漫談」だ。楽屋情報によると、伸治本人は「毎日ネタおろし(初演)だから大変だ」とうそぶいているらしい。

 口上はネットでも公開されたので、なるべく忠実に再現しようと思ったが、さすがに無理だった。新宿末廣亭の初日から何度も通ってくる熱心な宮治ファンは、これを「伸治師匠の口上漫談」と恐れて、いや、面白がっている。

 口上はさらに続く。

 方正「私、上方から来て、こういうのは初めてなんですが、犯罪の話をするんですか?(笑)」

 文治「披露興行は番頭の存在が大きいんです。主役のお金を預かって、弁当やら打ち上げやら、諸経費の支払いをする。私の文治襲名のときは、亡くなった柳家小蝠と、宮治でした。2人にはずいぶん(片手を懐に入れて)コレをやられました。(宮治が横で膝立ちになり、「やってない」と手を振っているが)いいんですよ、たまにはコレしなきゃ。(笑)宮治は今はイノシシのような(猪突猛進の)芸ですが、いつか将来、三遊亭円生師匠や(先代)桂文楽のようになるかもしれません。(八代目)林家正蔵師匠のように声を震わせるかも」

 柳橋「ご挨拶の前に、わが落語芸術協会は犯罪集団ではなく(爆笑)、まともな人間もおります」

 そして最後は小遊三だが、いい加減待ちくたびれたようで、第一声は「もう、いいでしょ」(大爆笑)だった。

 「長年付き合ってるけど、こんな長い口上は初めてだよ。文治一門の恥部から(爆笑)、宮治のいいとこ、悪いとこまで。宮治はね、でき上がってる男です。芸協の即戦力ですよ。(司会に三本締めの音頭を頼まれ、ものすごくわざとらしく)えっ! ワタクシが?」

 長くて、くだらなくて、だらだらと続く口上。でも、腹をよじって聴いているうちに、何だか、温かい気持ちになる。芸協という落語家集団の家族的な結びつき、上下関係を保ちつつも平気で冗談を言いあえる親密な付き合い方が、何ともうらやましい。そして、宮治の成長がうれしくてたまらない師匠伸治の笑顔からは、コロナも逃げ出す「癒やし光線」が放たれている。

新真打ち ゆく先々の水に合わねば

 口上で笑いすぎたのに、後半も客席の笑いはおさまらない。

 伸治の高座も、まだ口上が続いているようだった。

 「えー、疲れちゃった。(笑)あたしね、楽屋で評判悪いんですよ。宮治に『(口上に)私の名前が一つも出てこない』って怒られちゃった」

 それでも気を取り直して、季節のネタ「長屋の花見」をさらりと柔らかく演じ、愛弟子のハレの高座へのつなぎ役を務めた。

 そしていよいよ、本日の主役。宮治の高座。連日の熱演が続いてか、やや声がかすれているが、満面の笑みを絶やさない。

 「今日までマジメにやってくれた小遊三師匠までふざけ始めて……」

 トリネタは、おそらく柳家権太楼仕込みだと思われる「蜘蛛(くも)駕籠(かご)」だ。話のくどい酔っぱらい、踊りながらやってくる通人、品川通いの旦那衆という、一癖も二癖もある男たちを、何とか客にしようとする駕籠屋の涙ぐましい奮闘を、マシンガンのような口調でしゃべりまくり、観客に息つく暇を与えない。

 新宿の夜興行では大ネタをじっくりと。浅草の昼の部は陽気に弾けまくる。ゆく先々の水に合わせながら、新真打ち・宮治が躍動している。

 次代を担う大物真打ちと、その師匠の「口上漫談」を見れば、翌日の仕事に差し支えるほどの癒やしと、心地よい脱力感を味わえるだろう(注3)

(注1)実は午前中に神保町に野暮用があり、それをすませてまっすぐ浅草に向かえば間に合ったのだが、急に腹が減った。そしてなぜか天丼が食べたくなった。時間がないのだから、立ち食いそばの安直な天丼でお茶を濁すべきなのに、ついつい、ちゃんとした天ぷら屋に入ってしまった。かつては文豪も通ったという人気店である。だが、そこの天丼は、僕の好みとは程遠かった。衣にはもう少しパリパリ感がほしいなあ、つゆはもっと濃い目のほうが……。てなことを考えながら、ぼそぼそと食べていれば、浅草到着が遅れるのは当然だ。宮治にも天丼にも、すまない気持ちになった。その後、現在まで天丼のリベンジはできていない。

(注2)石山悦子作「完全マスター」というネタらしい。要注目である。

(注3)実は、浅草千秋楽の日の夕方、たまたま演芸ホール前を通りかかった。「今、宮治が(高座に)上がりました。ちょっとのぞいていく?」というスタッフの誘惑に負け、後ろで立ち見をさせてもらった。この日は「 (かわず)茶番(ちゃばん) 」。少々下品なところのあるネタだが、最終日とあって宮治のテンションが上がりまくりで、いつにもましてお下品な……。終盤近く、湯から上がって汗を拭く間もなく着物を羽織り、肝心なもの(緋ちりめんのふんどし)をつけるのを忘れて、お店へと駆け出していく「バカ半」が、未来へ向かって走る宮治の姿に重なった。ふんどしを忘れてはまずいけれど。

長井好弘’s eye 一覧は こちら

プロフィル
長井 好弘( Nagai Yoshihiro
 1955年東京都生まれ。都民寄席実行委員長、浅草芸能大賞専門審査員、日本芸術文化振興会プログラムオフィサー(大衆芸能担当)。著書に『寄席おもしろ帖』『新宿末広亭のネタ帳』『使ってみたい落語のことば』『噺家と歩く「江戸・東京」』『僕らは寄席で「お言葉」を見つけた』、編著に『落語家魂! 爆笑派・柳家権太楼の了見』など。

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1885337 0 長井好弘's eye 2021/03/05 12:00:00 2021/03/05 12:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/03/20210302-OYT8I50088-T.jpg?type=thumbnail

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