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浅草・木馬亭を素通りできない!

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 「よみらくご」総合アドバイザー、演芸評論家の長井好弘さんが、演芸愛いっぱいのコラムをお届けします。

落語・講談・浪曲・諸芸――長井好弘’s eye

 放っておいたら誰も気づいてくれないので、恥を忍んで自分で言うことにする。2011年1~2月、僕が読売新聞夕刊に連載した「浪曲・木馬亭の人々」(全8回)は会心の浪曲記事だったのではないか。久々に読んでみたら、己が書いた記事とは思えないほど面白いのである。

 文章がうまいとか、タイムリーな内容だったとか、そういうことではない。この連載記事が面白いのは、ひとえに、文中に登場する浪曲師、曲師(三味線弾き)、愛好家など、木馬亭に関わる人々が実に実に魅力的だからだ。

開演間近の木馬亭前。人情の機微や喜怒哀楽を節に乗せて、半世紀が過ぎた。
開演間近の木馬亭前。人情の機微や喜怒哀楽を節に乗せて、半世紀が過ぎた。

 いちいち中身を検証するスペースはないが、毎回の見出しを見るだけでも、その内容は予想がつくはずだ。

 「夫婦で175歳 出番です」「全盲の女流 心に響く声っ節」「羽ばたけ太福、一太郎」「もうすぐ100歳 美声健在」「三味線名人は姉御肌」「走る奈々福 サバイバル」「ひのき舞台支え41年」――。

 当時87歳、おとぎばなしの主人公そっくりの浪曲師・玉川桃太郎と、年上女房の曲師・玉川祐子(88歳)のおしどり浪曲のほほ笑ましさ。5歳で失明し、11歳で浪曲師となり、旅興行の末に木馬亭にたどり着いた大利根勝子が全身全霊でうなるパワー浪曲。「100歳まで生きた」だけではなく「100歳まで現役を貫いた」木村若友(わかとも)(注1)。こんな人たちが話してくれるアレコレは、ただ文字に起こすだけで、ある時は爆笑の、またある時は涙、涙の傑作記事になってしまうのだ。

その歴史は「でべそ」の撤去から始まった

木馬亭の木戸口にいつも座っていたおかみさん(根岸京子さん)。その笑顔に吸い寄せられるように木戸をくぐった。
木馬亭の木戸口にいつも座っていたおかみさん(根岸京子さん)。その笑顔に吸い寄せられるように木戸をくぐった。

 そして最終回は、1970年の開業以来、ほぼ毎日、木馬亭の木戸口にいて、テケツ(チケット販売)とモギリ(半券を切る)をしてくれる名物おかみ・根岸京子さんのミニミニ一代記だった。

 「会心」の連載で唯一の心残りは、根岸のおかみさんの席亭物語が、1回分のスペースでは収まりきらなかったことだ。もっと時間をかけて、おかみさんからたっぷり話を聞き、おかみさんの生活=木馬亭の歴史をしっかり書き留めたい。この「宿題」を果たせたのはそれから3年後、2014年7月のことである。

 読売新聞朝刊の連載企画「時代の証言者」で、「浪曲の聖地を守る 根岸京子」を書くことになった。言わずもがなのことだが、「聖地」とはもちろん浅草・木馬亭のこと。20回連続だから、木馬亭の隅から隅まで、ほじくり返して書きまくった。

 昭和戦前から浅草で一番の興行会社といわれた「根岸興行部」の若旦那(四代目)に見初められ、おかみさんは芸能一家の一員となった。同社が経営していた古い劇場「木馬館」の2階は、その頃ブームだった安来節に漫才や落語を加えた演芸場。劇場名の由来である回転木馬があった1階は貸劇場だったが、映画や芝居など、何をやっても客が来ない。考えあぐねた末にストリップ興行に乗り出そうと、客席の真ん中に「でべそ」(注2)を作る大改修工事までやったが、開演直前に業者が病に倒れて興行中止に。泣く泣く「でべそ」を撤去していたところへ2階の演芸場に出演していた人気浪曲師の(あずま)()楽浦(らくうら)が下りてきた。

 「何事だい?」「でべそを取って、何かやりたいのよ」「それなら浪曲をやらせてもらえないか?」

 ――これが「木馬亭の始まり物語」だと、おかみさんから聞かされて、感心するやらあきれるやら。それから日本で唯一の浪曲専門寄席となった木馬亭(注3)の浮き沈みを根掘り葉掘り聞いて記事を書いた。浮き沈みと書いたが、聞いてみると、木馬亭は圧倒的に沈むことが多かったようだ。

おかみさんや武春を継ぐ人たちで小屋はきょうも元気です

多彩な活躍で「うなるカリスマ」と呼ばれた国本武春さん。木馬亭を盛り上げたスターの1人だった。
多彩な活躍で「うなるカリスマ」と呼ばれた国本武春さん。木馬亭を盛り上げたスターの1人だった。

 開館当初のピンチは、常連の親玉で、本業の建設会社をほっぽらかして浪曲研究に半生を捧げた(しば)清之(きよし)の企画力で乗り切った。次のピンチの時は、ロック浪曲で人気者になった国本武春が大勢の若い客を呼び込んでいる。

 「この記事のおかげでね、木馬亭に来る人が増えたのよ。でもね、みんな浪曲を聞くよりも、まず私のところへ来て『あらあ、新聞に出てたおかみさんだわ!』『小さくてかわいいのね』なんて言うのよ。私を見ると幸せな気持ちになるんですって。そう言われると、ちょっとうれしいわね」

 連載終了後、そんな感想を話してくれたおかみさんは2019年、91歳で旅立った。木馬亭のスターだった武春も2015年に、55歳の若さで帰らぬ人となった。

 それでも、木馬亭はどっこい生きている。おかみさんの次男ご夫婦が劇場運営を受け継ぎ、出演者も、玉川奈々福、沢雪絵、東家一太郎、玉川太福らの奮闘もあって、若手中堅の層が厚くなった。

 そして50周年。コロナ禍でいくつもの記念企画が延び延びになり、今年になってようやく開催されるようになった。

半世紀を彩った浪曲師たちをスクリーンで

 その一つが3月11日から13日までの3日間、木馬亭で催された浪曲ドキュメント映画の連続上映会である。題して「木馬亭の浪曲師たち」。

 伊勢(さとる)監督は、2011年の連載「浪曲・木馬亭の人々」にも登場している。「今の木馬亭を残したい」と2年半かけて現役浪曲師の高座を撮り続け、2009年にDVD集「浅草木馬亭の浪曲師たち」を世に出した。連載の中で伊勢監督は「苗木は残せた。あとは後世の研究者にゆだねて、客席に戻ります」と語っていたが、その後も客席に戻る暇を惜しんで浪曲映画作りを続けた。その頃撮った浪曲師たちの舞台や楽屋の映像が、今回の上映作品の土台になっている。

 初日は浪曲界のレジェンドたちを追った「浪曲師物語」。2日目は師匠を失った玉川太福の苦悩と、彼が一人前になるまで稽古をつけた大利根勝子の優しさを描いた「浪曲師になってしまった!」。最終日は木馬亭を支えたビッグ2「席亭(おかみ)さんと武春さん」。

 僕は初日に、浅草浪花家のたい焼きを持って楽屋見舞いに行き、場内のあまりの熱気に当てられて最後まで居残った。大雨の最終日はトークゲストに呼ばれ、上映後に、伊勢監督、若手のエース国本はる乃との鼎談(ていだん)に混ぜてもらった。

 しゃべりたいことがありすぎて、20分間では、積み残しのほうが多かった。

 終演後、木馬亭の台所ともいうべき、筋向かいの君塚食堂でご飯を食べた。同席させてもらったテーブルでは、重鎮の(てん)(ちゅう)(けん)雲月(うんげつ)、曲師の名人・沢村豊子とその弟子たちがオムライスを食べている。奥の席では、おなじみイエス玉川がファンと歓談をしている。連日、出番もないのに、幹部クラスや中堅の浪曲師たちがやってきて、スクリーンに映る少し昔の木馬亭や、少し若い己の姿に見入っていたのだ。

 伊勢監督の浪曲映画企画はまだまだ続き、次は今秋になるという。それを楽しみにしながら、来月もまた、木馬亭の木戸をくぐろう。

(注1)若友は2011年5月、「100歳を祝う会」の楽屋で倒れ、同年11月に100歳で没。桃太郎は2015年に91歳であの世へ旅立った。1922年生まれ(!)の祐子は今も曲師として舞台に出て、後進の指導も行っている。祐子が差し入れてくれる手製の煮玉子は木馬亭の楽屋名物だ。1942年生まれの勝子もバリバリの現役である。

(注2)ストリップ劇場には欠かせない客席中央の円形舞台。舞台から突き出た形は、まさに「でべそ」である。

(注3)「木馬亭」と名前がついたのは、なんと開業の5年後。それまでは、ただ「1階」と呼ばれていたという。「1階と2階では紛らわしいから名前をつけて」という客の要望で名前がついたが、2階が「木馬館」で1階が「木馬亭」では、紛らわしさは解消できず、今も間違える客がいるらしい。

長井好弘’s eye 一覧は こちら

プロフィル
長井 好弘( Nagai Yoshihiro
 1955年東京都生まれ。都民寄席実行委員長、浅草芸能大賞専門審査員、日本芸術文化振興会プログラムオフィサー(大衆芸能担当)。著書に『寄席おもしろ帖』『新宿末広亭のネタ帳』『使ってみたい落語のことば』『噺家と歩く「江戸・東京」』『僕らは寄席で「お言葉」を見つけた』、編著に『落語家魂! 爆笑派・柳家権太楼の了見』など。

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1920045 0 長井好弘's eye 2021/03/19 12:00:00 2021/03/19 12:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/03/20210316-OYT8I50080-T.jpg?type=thumbnail

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