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真打ち直前、札幌時計台でほえる「昇々と羽光」

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 「よみらくご」総合アドバイザー、演芸評論家の長井好弘さんが、演芸愛いっぱいのコラムをお届けします。

落語・講談・浪曲・諸芸――長井好弘’s eye

 僕が初めて札幌を訪れたのは、忘れもしない40数年前のいつだったか……(注1)。新人記者として地方支局に配属され、まだ「夏休みをください」とは口が裂けても言えないような身の上なのに、何の間違いか、数日間の休暇がとれることになった。任地(宇都宮)でうろうろしていては、いつ支局長やデスクの気が変わり、「休日返上、現場へ直行!」という悪魔の命令が下りてくるかわからない。遠くに行くしかない。とりあえず北へ行こうと、青森行きの夜行列車に飛び乗った。

 北へ急ぐ人の群れは誰も無口で……、だったかどうかは忘れたが、終点の青森から青函連絡船に乗り、よつ葉牛乳とシャケ弁当という、ほとんどの乗客が購入する名物朝飯がやたら美味だったことは鮮明に覚えている。

 函館の朝市を冷やかし、市電で公衆浴場へ行き、大沼公園まで足を延ばした後に、ローカル線で札幌へ着いたら、もう残り時間はわずかである。せめて中心部の有名スポットだけでもと、時計台へ走ったのである。

 初めて時計台の実物を見て、がっかりした。当時すでに、時計台が「日本三大がっかり名所」の一つ(注2)と言われていたかどうかは知らないが、僕が落胆したのは事実である。「がっかり」の理由は何か。ほとんどすべての旅行者が同じ事を言うだろう。

 札幌時計台は、想像していたよりも小さかった――。

 だが、そのこと以外、時計台に対しては、何の文句もない。実際、その後、何度も札幌を訪れているが、僕はそのたびに時計台を見に行っている。

 札幌の中心地、大通公園の近くにあって、昔々は札幌のランドマークとして胸を張っていたけれど、札幌の街がどんどん大きくなるにつれ、林立する高層ビルの谷間に埋もれてしまった。それでも、時計台の前に立つと、心が晴れる。明治期のモダンな木造建築から開拓時代、大志を抱いた少年たちの叫びが聞こえてくるような気がするのだ。

クラーク博士に後ろから見つめられて

 いつも前を通るだけだった時計台の2階に小さなホールがあるのを知ったのは数年前のことだ。横長のベンチが並んだ先の、背の低い舞台。その後ろの長椅子でくつろぐヒゲの男は、解説板を見なくても、「ボーイズ・ビー・アンビシャス」(注3)のクラーク博士の像だとわかる。

札幌時計台(左下が外観)の中にこんなホールがあったとは
札幌時計台(左下が外観)の中にこんなホールがあったとは

 ぼんやりとした照明に浮かぶ、田舎の教会のような、素朴で穏やかな空間。ああ、こんなところで落語や講談を聴けたらなあと思ってしまうのは演芸好きの習性だが、地元札幌にも同じことを思う人がいるようで、近年、この2階ホールで若手の会がしばしば開かれている。

 一度は見てみたいと昨年、札幌行きを計画したが、コロナ感染拡大の影響でこちらの予定が立たず、めざす演芸会も中止やら延期が相次いだ。そして今回、ようやく時計台ホールの観客になることができた。

 4月16日に催された「札幌福北寄席 春風亭昇々・笑福亭羽光 真打昇進直前二人会」。長いタイトルにあるように、出演者である昇々、羽光は2人ともに真打ちに昇進し、5月1日、新宿末廣亭を振り出しに、晴れの昇進披露興行がスタートする。まさに「直前」の二人会なのだ。

 普段は資料やパネルの展示をしているスペースを整理し、2階いっぱいに会場を設営。後ろの観客も見やすいようにと、高座はかなり高くなっている。ベンチには座布団も完備。あのクラーク像はどこかと見渡せば、高座の真後ろの特別席で、いつものように足を組んでいた。

 ベンチや戸棚やクラーク像など、古風な調度の数々が、抑えめの照明にぼんやりと浮かび上がり、時計台が「札幌農学校演武場」と呼ばれた明治の昔をほうふつとさせる。

カラーン、カラーン。1時間ごとに鳴る時計台の鐘が、19時開演の合図に鳴るという粋なオープニング。20時の鐘は、ぴたり仲入休憩時に鳴った。出演者の時間調整のたまものである。

 本日の出演者、昇々と羽光は、古典もやるが、演芸ファンには「芸協(落語芸術協会)の新作派」で通っている。もっとも、新作とはいえ、2人の持ち味も演じるネタもまるで違う。

 「高座の上で落語を聴かせるというより、落語を使って遊んでいる様子を見せたい」(昇々)

 「僕自身、すごく挫折をしてきた人間なので、今このつらい時代に、心の闇を抱えている方、人生で立ち止まっている人の心に響けば」(羽光)

落語芸術協会の真打ち昇進披露記者会見で、昇々(前列左から2人目)と羽光(右端)。落語家よ、大志を抱け!(2021年2月15日)
落語芸術協会の真打ち昇進披露記者会見で、昇々(前列左から2人目)と羽光(右端)。落語家よ、大志を抱け!(2021年2月15日)

 どちらも、今年2月、都内のホテルで行われた真打ち昇進披露会見での発言だが、見た目も芸風も創作動機も異なる2人のぶつかり合いは、何度聴いても刺激的だ。この日も昇々、羽光が2席ずつ自作を演じたが、4作品続けて聴いても飽きることがない。

面白くて やがて悲しき 癒しの高座

 昇々の、というより、最近はどの落語家の語り出しも、にっくきコロナとの付き合い方である。

 「大変な世の中になりました。落語の中で『宵越しの銭は持たねェ』と言ってた人たちが『持っときゃよかった』と後悔してます。ここのところ、オンライン配信が盛んですよ。落語というのはお客さんに想像してもらう芸ですが、今はこっちが(カメラの向こうの)観客を想像しないといけません」

 1席目の自作「指定校推薦」は、早稲田の第一文学部に、たった一枠だけの指定校推薦で入ろうとする主人公が、音楽と数学で「2」を取ってしまい、職員室で泣き落とし、へ理屈、強弁など、ありとあらゆる手段を用いて「何とか『3』になりませんか!」と訴える。思わず、成功したとは言えない我が受験生時代に思いをはせた。

 2席目「妄想カントリー」も、「私はアオハル(青春)を体験していない!」と気づいた女子高校生が、幼馴染(おさななじみ)の男子を引きずり回して、「2人で線香花火」「夜、学校のプールに入り込む」などを試してみるが、まるでかみ合わず……。

 昇々の新作はやたらに学園モノが多いのだが、彼のいう「遊び」のかげに、もう帰らない時代への哀愁が見え隠れする。「面白くて、やがて悲しき」落語なのである。

心が波立つ ダークファンタジー落語

 対する羽光も青春モノを「私小説落語」という形で演じるが、この日はもう一つの特徴であるSFテイストの新作(注4)を繰り出した。

 1席目の「あるある帝国」は、「あるあるネタ」で売れたのは昔のこと、今はアルバイトで暮らしているさえない男が、「あなたのあるあるネタで、邪悪な大魔王と戦い、さらわれた姫を取り戻してくれ」と懇願され、冒険の旅に出る。懐かしのRPG「ドラゴンクエスト」のような展開だが、戦いの武器は、剣や魔法とは無縁の「あるあるネタ」なのだった。

 「グーグルマップで道を探している時、方向を変えたら矢印がぐるぐる回って、結局、目的地につけないことがある」「うわっ、やられた。よくぞワシを倒したな」

 こんな、へなちょこなネタで戦いながら、かつての栄光を思い出す男。ゴールで待っていたのは、驚愕(きょうがく)の「あるあるオチ」だった。

 2席目の「偽物落語家」は、羽光の落語観をうかがわせる挑戦的なネタだ。

 「近未来の世界に偽物落語家が現れるという展開は、スティーブン・キングの『ダーク・タワー』や、フィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』がベースになっています。レプリカント(人造人間)を描くことで、人間とは何かを考える。落語家とは何か、落語とは何かという問いへの、私なりの答えを出したいんです」

 まくらは少々理屈っぽいが、お話自体はちゃんと落語になっている。

 2030年。売れてる落語家とそうでない落語家の格差が広がり、「落語が(もう)かる」と気づいた俳優や地下アイドルなどが次々と落語会を開き、客を集めていた。「やつらは偽物落語家だ。着物もたためないし、太鼓もたたけず、ただ、上手で面白いだけ。落語家の了見がない」と批判する笑福亭羽光(自身が主人公なのだ!)はセミプロたちの殺害を計画する。

 独特の閉塞(へいそく)感と、実名落語家、タレントが出てくる危険な香り、そこにまぶされるくだらないギャグの数々。羽光ならではのダークファンタジー落語だ。

 昇々で癒やされ、羽光で心を波立たせる。かなり若く、女性の多い観客席に、2人の野心的な新作はどれだけ届いたのだろうか。

 2人は明くる日の早朝に札幌をたち、帯広で二人会を催した後、昇々は帰京、羽光はさらに三笠市まで足を延ばして独演会を開いたという。新真打ちとしての一歩を飾るための、新たな観客の開拓である。

 「心はもう真打ちです」(昇々)という、気鋭の新作派2人。何年か後、さらに大きくなった「真打ち」の姿を、もう一度時計台ホールで見たい。

(注1)「恐るべきさぬきうどん」という、20数年前に出た、四国のB級グルメの名書の「前書き」にあった文章表現。この後に、「忘れとるやないか!」というツッコミが入る。僕はこれが大好きで「無断使用です。すみません」と断りつつ、時々使わせてもらった。久しぶりに使ってみたが、今回もまあ、そういうことです。

(注2)読者諸兄はとうにご存知と思うが、「がっかり」の残り二つは、高知市のはりまや橋(橋が短い!)と長崎市のオランダ坂(普通の坂道?)である。どちらも一度がっかりはするが、風情のあるスポットであるのは間違いない。

(注3)「ボーイズ・ビー・アンダーシャツ! 下着を着けないと(北海道は)冷えるからね」とは、一部で有名な桂竹丸のギャグである。

(注4)羽光は昨年、NHKの新人落語大賞で見事優勝。受賞作「ペラペラ王国」は、物語が物語を包み込むというメタ構造の落語として話題になった。

長井好弘’s eye 一覧は こちら

プロフィル
長井 好弘( Nagai Yoshihiro
 1955年東京都生まれ。都民寄席実行委員長、浅草芸能大賞専門審査員、日本芸術文化振興会プログラムオフィサー(大衆芸能担当)。著書に『寄席おもしろ帖』『新宿末広亭のネタ帳』『使ってみたい落語のことば』『噺家と歩く「江戸・東京」』『僕らは寄席で「お言葉」を見つけた』、編著に『落語家魂! 爆笑派・柳家権太楼の了見』など。

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2002610 0 長井好弘's eye 2021/04/23 12:00:00 2021/04/23 12:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/04/20210420-OYT8I50045-T.jpg?type=thumbnail

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