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浅草演芸ホール、異状なし!~~コロナ休業前夜の寄席報告

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 「よみらくご」総合アドバイザー、演芸評論家の長井好弘さんが、演芸愛いっぱいのコラムをお届けします。

落語・講談・浪曲・諸芸――長井好弘’s eye

 ぶらりと入れば、いつでも演芸を楽しむことができる――。それが当たり前だった寄席定席(じょうせき)が休業となった。

 4月30日、休業前夜の浅草演芸ホールへ。「ぶらり」ではなく「一心に」にそこを目指し、夜の部の開口一番からトリまで、落語芸術協会(芸協)の芝居(興行)を堪能した。休業前の「駆け込み」であり、しばらく生で味わうことのできない演芸の「聴きだめ」であり、出演者および関係者への「ささやかな激励」のつもりでもあった。

 コロナによる緊急事態宣言の中、都内の寄席定席4軒と落語協会、落語芸術協会が5月1日から11日までの休業を決めた経緯は、すでに各メディアで詳細に報じられている。

「寄席は社会生活の維持に必要なものである」というコメントは、心意気? 屁理屈? それともシャレ?
「寄席は社会生活の維持に必要なものである」というコメントは、心意気? 屁理屈? それともシャレ?

 「年中ほぼ無休」で営業を続ける寄席定席は、東京都からの「無観客開催要請」に応じず、開催を続けていたが、改めての「休業要請」を「やむなく」受け入れた。当初の営業継続の際の「寄席は社会生活の維持に必要なものである」という寄席サイドのコメントが「寄席の心意気を示すものだ」「いや、()()(くつ)だ」「シャレではないか」などと、良くも悪くも話題となった。

 昨年の同じ時期にも、寄席定席は休業を余儀なくされた。その時は「ここを乗り切れれば」という思いで我慢したが、2度目となると、演者も関係者も僕ら観客も、かなりつらい状況になっている。

 「駆け込み」と「聴きだめ」と「ささやかな激励」のために、寄席定席の中から、浅草演芸ホールを選んだことに特段の理由はない。強いて言うなら、4軒の中で、ここだけが「年中無休」だからだ。他の寄席は正月準備などで年末の数日間を休業するが、浅草だけは大晦日(みそか)まで営業を続け、一夜明けると、そのまま正月初席に突入する。

 「浅草がいい時もダメな時も、ウチは六区の真ん中で営業させてもらってきた。ウチが(あか)りを消すと、浅草が寂しくなるからね。休むわけにはいかないでしょう」(松倉由幸社長)(注1)

 普通の言葉を使いながら、大事なことを言っている。僕は大いに感銘を受けたのである。

熱い思いは受け止められない?!

 木戸口でスタッフに検温と手の消毒をしてもらって入場したのが午後4時半少し前。高座では、まだ昼の部のトリ、桂南なんが「阿武松(おうのまつ)」を演じていた。ドアの隙間から(のぞ)くと、観客は60人ぐらいか。多いとは言えないが、みんなよく笑っている。昼の部が終わって、この人たちがみんな帰ってしまうと夜の部は寂しいなと心配したが、入れ替わりに昼の部と同じぐらいの観客が席を埋めてくれた。

 純粋に芸を楽しむべきだとは思うのだが、「非常時」の寄席の客席に座ると、邪念(?)が湧いてきた。こういう状況を、落語家たちはどう思っているのか、それをどう芸に活かすのだろうか。

 二ツ目の滝川鯉丸が、そんな観客の思いを鮮やかなまくらに転化してみせた。

 「毎日やっているのが当たり前の寄席が、明日から見られなくなる。そう思うと、見に行きたくなりますよ。今日はそういう人ばかり集まっているんですよね。どうですか?(客席から共感の拍手があって)そんな熱い思いは受け止められませんので(場内爆笑)、のんびりとお過ごしいただければ……」

 鯉丸のまくらで、場内の空気が柔らかくなった。

 とぼけた味の三笑亭可風が、師匠・可楽のもっととぼけた逸話を披露する。「84歳の師匠、面白いですよ。芸人には売れる人と売れない人の2種類しかいないというので、『師匠はどっちですか?』とうかがったら『……これから売れる』って」

 三遊亭遊雀の「熊の皮」はアドリブ満載だ。「何、長屋の甚兵衛さんが来た? 今日は朝から飛ばしてるって? いいなあ、このところ、(コロナで)表に出られないし、誰か来るのを待っていたんだよ」。長屋の衆も自粛自粛で暇を持て余しているらしい。

 人間国宝の講談・神田松鯉の登場で、ひときわ拍手が大きくなった。前方の客が紙を掲げている。メガネをずらして、それを見た松鯉がニッコリと笑う。その客が紙をこちらに向けて見せてくれた。

 「叙勲、おめでとうございます!」

 この数日前に旭日小綬章の受賞が発表になったばかりの松鯉。「太田道灌(どうかん)・山吹の戒め」を、「露おかぬ方もありけり夕立の空より広き武蔵野の原」など、歌人・道灌の作品を盛り込んで、歯切れよく読んだ。

 おばあさん役が売り物のコントD51・香川けんじは「大衆演劇の看板役者になりきって踊りまくるババア」を熱演してすぎて息を切らし、やんやの喝采を受けた。

 大好きな石原裕次郎のヒット曲を、ネタの中に無理やり入れて歌いまくる昔昔亭桃太郎。この日は裕次郎と長嶋茂雄の仲の良さを語った後に、「男の友情背番号3」をフルバージョンで。「この歌を3番まで歌えるのは私だけ。(息子の)一茂は知らなかったもの」。恥ずかしながら、僕も初めてこの曲を聞いた。

 仲入休憩時には、三方のドアを開放して換気をする。上手側のドアの外はすぐに表通りなので、通行人が何事かと中を(のぞ)いている。

非常時を笑い飛ばす芸人魂

 後半は、浪曲の人気者、玉川太福の「男はつらいよ」(山田洋次監督公認、映画の第1作を浪曲化したもの)から始まった。

 演台を派手なテーブル掛けで覆い、立ち上がって声を出すというのが浪曲の基本スタイルだが、狭い寄席の高座ではそうもいかない。講談で使う低い釈台をテーブル掛けで覆い隠し、その前にちょこんと座って、うなりだす。ちんまりと窮屈な高座だが、芸のほうはなかなかスケールが大きい。

 「今、楽屋で松鯉先生が、お客さんが『叙勲おめでとう』という紙を掲げてくれたと喜んでいました。実は私、松鯉先生とフェイスブックで友だちになったんです。フェイスブックには友達という申請しかないの(爆笑)。先輩とかないんですよ。松鯉先生が私の肩をポンと(たた)いて『今日から、友達』って(温かな拍手)」

 ここまで、意外にコロナ関連の話題(ギャグ?)が少ないなあと思ったら、春風亭鯉枝が自虐ネタをボソボソと語り始めた。

 「去年も寄席休業があったでしょ。6月に再開したお江戸上野広小路亭に出演して、高座で頭を下げたら、拍手が自粛状態。しばらく落語を(しゃべ)ったけど、笑いも自粛です。ゴホンと(せき)をしたら、3人しかいないお客さんが帰ってしまい、無観客状態に。あとで寄席から『しばらく出演を自粛して』と言われました」

 客席の大笑いがだんだんしぼんでいく。フィクションとわかっていても、これはかなり悲惨な状態である。

 爆笑新作派の桂竹丸も負けてはいない。

 「あるベテランの師匠が『マスクをしていると、笑いが(客席まで)届かないよな』というので、思わず『師匠はコロナの前からそうでした』と言っちゃいました。それから私は(マスクではなく)口にチャック」

 こんな調子で竹丸の高座は脱線の連続。落語をやる時間がほとんどなくなった。続く出番の柳家蝠丸は、こういうことを見逃さない。

 「あのね、トリの瀧川鯉橋さんがきちんと落語をやるのをわかっているから、みんな安心してね、(扇子で竹丸が去っていった舞台袖を指して)ああいう、いい加減な(はなし)をするんですよ。(ニコリ(ほほ)笑んで)あたくしはね、ちゃんとやりますよ」

 そういって蝠丸が喋りだしたのが、「首医者」(別名「首の仕替え」)という珍品落語。女性にモテないのは顔の造作のせいだと、首のすげ替え専門の医者を訪ねる主人公。「年増の女性にモテたいのなら、歌舞伎役者の首はどうです?」「値段が高過ぎます」「それなら青春スターはどうですか。舟木一夫、三田明とか」と言って、「高校三年生」や「美しい十代」を歌い出す。これで、「先代桂小南師匠直伝のれっきとした古典落語」というのだから、(あき)れるやら面白いやら。

清く正しい「路上飲み」とは

 そしていよいよ、トリの鯉橋の登場だ。中堅の実力派で、この興行でも、桃太郎や蝠丸につられて歌謡ショーを繰り広げることなく、「佃祭」「お神酒徳利」など、連日古典の名作に挑戦している。ただ、まくらが癒やし系というか、微妙に力が抜けているのは、彼の師匠である瀧川鯉昇の影響かしら?

 「(今の状態は)我々も不自由に思っています。入門当時から20年以上もやっている『路上でビール』ができなくなっちゃった。今、路上で飲んでる人は素人ですね。ああいうことは目立つ場所でやってはダメ。ゴミの片づけもきちんとやらなきゃ」

 鯉昇一門の「意外にきちんとした路上飲み」(注2)は落語界では有名で、鯉橋も長年、兄弟弟子とともに楽しんできたが、さすがに今の自粛状態で許されるものではないのだろう。その鬱憤(うっぷん)をぶつけるかのように、「(うまや)火事」をきっちり丁寧に演じ切った。「芸協の実力派」の面目躍如というべき熱演だった。

 前座からトリまで4時間弱。観客も徐々に増えて、最後には90人近くなった。

 脱力系のまくら、仲間に対する愛ある悪口、古典落語の中で昭和歌謡を披露など、いかにも芸協らしい、良い意味での「ゆるい高座」に惜しみなく拍手を贈る観客たち。みんな、本当に寄席が好きなのだ。

寄席がハネて外に出ると、翌日の出演者の名前がボードにない。寂しいなあ。(4月30日夜に撮影)
寄席がハネて外に出ると、翌日の出演者の名前がボードにない。寂しいなあ。(4月30日夜に撮影)

 終演後に外に出て、あらためて演芸ホールの建物を振り返ったが、「明日から休業」なんて貼り紙がどこにも見当たらない。スタッフに尋ねてみたら、「あーっ、まだ準備してません!」。それでも、木戸の前にある「本日の主任(トリ)」と書かれたボードから、落語家の名前が消えている。いつもであれば翌日から始まる5月上席の主任の名前に変わっているはずなのに。本当に明日から、休業なんだ……。

 「寄席は社会生活の維持に必要」というのは、営業継続の「理由」としてはやや無理があると、今でも思っている。ただ、「寄席」の前に「僕の」と付け加えることができるなら、「そのとおりです」と小声で断言するだろう。

(注1)実はこの後に、もう少しやり取りがある。「では、社長も休まないんですか?」「いや、僕は一応、週休2日をいただいて」。そりゃそうだよね。

(注2)鯉昇一門は、地に足がついた(?)この飲み会のことを「 野点(のだて) 」と呼んでいるらしい。「なぜ路上で飲むの?」と尋ねたら、鯉橋はさも当然という顔で「何言ってるんですか。居酒屋ではなく、コンビニで買えば、お酒は定価なんですよ」。なるほどー。

長井好弘’s eye 一覧は こちら

プロフィル
長井 好弘( Nagai Yoshihiro
 1955年東京都生まれ。都民寄席実行委員長、浅草芸能大賞専門審査員、日本芸術文化振興会プログラムオフィサー(大衆芸能担当)。著書に『寄席おもしろ帖』『新宿末広亭のネタ帳』『使ってみたい落語のことば』『噺家と歩く「江戸・東京」』『僕らは寄席で「お言葉」を見つけた』、編著に『落語家魂! 爆笑派・柳家権太楼の了見』など。

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2033986 0 長井好弘's eye 2021/05/07 12:00:00 2021/05/07 12:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/05/20210506-OYT8I50010-T.jpg?type=thumbnail

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