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骨太の柳枝、懐に飛び込む㐂三郎~~国立の真打ち披露興行

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 「よみらくご」総合アドバイザー、演芸評論家の長井好弘さんが、演芸愛いっぱいのコラムをお届けします。

落語・講談・浪曲・諸芸――長井好弘’s eye

 2021年春、落語協会に誕生した5人の新真打ち、三遊亭粋歌改め 弁財亭(べんざいてい)和泉(いずみ) 、市江改め 柳亭(りゅうてい)燕三(えんざ) 、小太郎改め 柳家(やなぎや)㐂三郎(きさぶろう) 、正太郎改め 春風亭(しゅんぷうてい)柳枝(りゅうし) 、めぐろ改め 三遊亭(さんゆうてい)れん生(れんしょう) の昇進披露は、コロナ禍に 翻弄(ほんろう) されながらの綱渡り興行となった。 (注1)

コロナ下の興行を乗り切った5人の新真打ち。前列左から、和泉、燕三、㐂三郎、柳枝、れん生
コロナ下の興行を乗り切った5人の新真打ち。前列左から、和泉、燕三、㐂三郎、柳枝、れん生

 「(4月下席の)池袋(演芸場)を終えた時点で、ひょっとしたら(5月中席の)国立(演芸場)はダメかなと覚悟していました。1日だけ欠けたのは残念だけど、何とか披露目ができた。これも運なのかな、と思いました」(春風亭柳枝、14日の国立演芸場の高座で)

 僕ら観客も、何もできなかった大型連休中、「もしかしたら」という不安を持ち続けていただけに、なんとも言えぬ思いである。上野や新宿や浅草や池袋にも駆けつけたいが、まずは国立の披露目からだ。14日の柳枝と、17日の㐂三郎の披露目の客席に潜りこむことができた。

 真打ち披露興行には違いないが、国立演芸場の番組は、 定席(じょうせき) 4軒よりも時間はやや短く、出演者も少ない。その分、特徴の番組が多いし、昼席であってもトリの持ち時間がたっぷりある。少数精鋭でお気に入りの演者がそろえば、「好きな人だけ、じっくり見た」という満足感と、お得感があるのだ。

「リュウシのガンマン」60数年ぶりの大名跡襲名

 14日の春風亭柳枝の番組には、落語ファンにはたまらないメンツがそろった。出演順に落語家を書き出せば、春風亭一花、五明楼玉の輔、春風亭小朝、春風亭一朝、春風亭正朝、春風亭柳枝。落語好きならすぐにピンとくるはずだ。ここにいるのはすべて、「江戸前の男」の異名を持つ、五代目春風亭柳朝一門の精鋭なのである。とりわけ、一朝、小朝、正朝という3人の直弟子がそろうのは珍しいことだ。さらにこの3人が真打ち披露口上に並ぶ光景となると、「俺は見たことがあるよ」という人を探すのが難しいぐらいだ。

 注目の口上は、仲入休憩の後に始まった。一門を家族に例えれば、舞台下手から、柳枝の 従兄(いとこ) である玉の輔(司会役)、すぐ上の伯父・小朝、柳枝本人、父親の正朝、一番上の伯父である一朝。この5人が、満場の拍手の中、舞台上で頭を下げている。

 口開けの玉の輔は、どこまでが本気でどこまでが冗談かわからない、ふわふわした語り口が魅力でもある。

 「この柳枝は大変なお金持ちで、あの柿の木坂で中国の国土と同じ広さの家に住み、そこから5坪売って、柳枝の名前を買いました。これ、だいたい本当です。(急に真面目な顔で)コホン、今日は五代目柳朝一門総出の口上となりました」

 玉の輔の師匠でもある小朝は口上の間、ずっとニコニコ笑っていた。

 「柳枝の名前は、以前、先代のお弟子さんが継ごうとしたけれど、諸事情あって実現せず、亡くなる直前まで誰が継ぐのか気にしていました。その師匠も天国で満足しているでしょう。新しい柳枝は骨太で力強い落語を演じ、たくまざる面白さもある。(プロ野球パ・リーグで活躍した投手の逸話を披露し)柳枝さんには、ここ数年、直球のスピードをあげて空振り三振を取るのに専念してほしいんです。彼は大器ですから、 贔屓(ひいき) にして損はないですよ」

 直球勝負の小朝の口上に、柳枝の顔が引き締まっていくのがわかる。

 珍しい小朝の直言に何を思ったのか、続く一朝は堅実な芸風とは異なる、意外な一面を見せた。とにかく、おちゃめなのである。

 「(Vサインを出し)待ちに待った襲名ですよ。柳枝は春風亭の宗家の名前、ああソウケ(そうか)、というぐらい。(場内爆笑、小朝に謝りながら)柳枝が入門した時のことははっきり覚えています。ええと、平成17年か、18年……。(隣であきれる正朝を横目に)大輪の花が咲きました。何しろ柳枝ですから。柳枝ですよ。リュウシのガンマンという(笑)」

 日頃、寄席の流れを自在に操っている一朝だけに、「硬」の小朝に、「軟」でバランスを取ったのか。しかし、「リュウシのガンマン」はどの世代まで通じるのだろうか (注2)

 「一朝兄さん、小朝兄さん、ついでに玉の輔さんと(笑)、初めて一門だけで口上ができた。感無量です……。でも、一朝兄さんがこんな人だとは思わなかった(爆笑)。面白すぎます。正太郎にはちゃんとした真打ち名をつけてやりたかった。それで思いついたのが、六十数年空いていた柳枝の名跡。幹部に相談したら『彼ならいいだろう』、ご遺族も『正太郎さんなら、ぜひ』って。彼には強運があるんです。代々の名に恥じぬように精進をして」

 柳枝を中央に実力者が並ぶ口上は、五代目柳朝一門の繁栄を象徴するかのようだ。目をうるませる正朝には、すぐ横で頭を下げる自慢の弟子の向こうに、「何だい、みんな、立派になったじゃねーか」と江戸弁で喜ぶ亡き師・柳朝の笑顔が見えていたのかもしれない。

 師匠・正朝の感慨は、先代柳朝を知らない正太郎にも確実に伝わっているようだ。

 「一朝師匠と小朝師匠が口上に並んでいただける。まさに僕の夢でした。もう、今日が 千穐楽(せんしゅうらく) でもいいです」とかみしめるように言った後、一転して、売り物である 愛嬌(あいきょう) たっぷりの笑顔を見せた。

 「船頭、やっりたいな~」

 船宿の2階に居候する若旦那が、何を勘違いしたか、「女性のモテモテのイケメン船頭」を目指して、トンチンカンな修業を始める。早くも夏の匂いが濃厚に漂いだしたこの時期にぴったりの「船徳」の幕開けだ――。

ぐいぐいと、直球勝負の「キサッペ」

五月の風に翻る新真打ちの幟(のぼり)。コロナを吹き飛ばしてさらなる飛躍を(写真は合成です)
五月の風に翻る新真打ちの幟(のぼり)。コロナを吹き飛ばしてさらなる飛躍を(写真は合成です)

 17日には、さん喬門下、柳家㐂三郎の披露目を楽しんだ。

 こちらは、五代目柳家小さん一門が勢ぞろいだ。五代目柳朝一門も隆盛だが、直弟子だけで三十数人という小さん一門は、落語界きっての大所帯だ。現在も孫弟子、ひ孫弟子と、どんどん裾野が広がり続けている。今日の出演者はそんな一門のごくごく一部だが、六代目小さんを筆頭に、(五代目の)直弟子のさん喬、孫弟子の喬太郎、 三三(さんざ) 、そして主役の㐂三郎が口上に並べば、それだけで柳派の中核をなす小さん一派の底力がうかがえる。

 三三が口上の司会をするのを初めて見た。

 「㐂三郎は1979年、神奈川県厚木の生まれ。あたしも同じ神奈川の小田原出身ですけど。大正大学の仏教学科を卒業後、4年間職を転々とし……」

 㐂三郎の経歴をメモも見ずにスラスラと紹介して、司会役をきっちりこなしていく三三。㐂三郎の芸についても、的確に評価する。

 「落語会でずいぶん助けてもらいました。この人が前に出ると安心できる。お客さんの懐に、すっと飛び込んでいくんですよ」

 そういえば、喬太郎も神奈川県で育ったはずだ。

 「私はね、神奈川と言っても横浜育ち。ヨコハマですよ。厚木や小田原とはものが違います(笑)。㐂三郎が弟子入りに来た時、師匠のさん喬が『どうしようかな。経歴がちょっと変わってるんだ』と言うんです。『どう変わってるんですか?』『お猿の電車を運転してたんだって』『師匠、取りましょうよ!』(爆笑)。後で本人に聞いたら、『兄さん、お猿の電車の運転手はサルですから』って。そうだよね」

 㐂三郎の前名は小太郎。当代小さんの前の前の、そのまた前の名前でもある。

 「㐂三郎さんは筋が良い。我々に新しい仲間ができました。手をとって共に登らん花の山」

 何人もの落語家から「手をとって」を聞いたが、僕の年代で一番懐かしいのは先代三遊亭円歌だ。決まり文句ではあるが、これを聞くと、むやみに新真打ちを応援したくなる。

 最後は師匠のさん喬だ。

 「口上というのは、師匠や先輩たちの励ましの言葉を胸に、新真打ちが一歩前に進むものですが、前半の2人、何だ、コイツらは!(顔を見合わせる喬太郎と三三)弟子というのは自分で育つもの。喬太郎も同じで、当人が進む道を、『あっちだ、こっち行け』と言っては、迷ってしまう。だからあたしは、何も言いません。師匠の役目は、彼らが困った時にアドバイスするだけですよ」

 さん喬一門は結束力が強い。工夫をこらした一門会を開き、弟子たち全員が入門当時のエピソードを語った「さん喬一門本」も出した。さん喬の自由な弟子育成法が、元々個性豊かな面々に、さらなる磨きをかけているようだ。

 そしてトリの㐂三郎。口上の際、主役の新真打ちは、基本、口をきいてはいけないという。言いたいことがあれば、たっぷりと時間のあるトリの高座で思いの丈を述べるのである。

 「先ほどは、師匠や先輩の心温まるお話を、と思っていたら、公開ダメ出しでした。今日はあたしにとっての千穐楽。体力を残さないよう、ヘロヘロになるまで頑張ります! 最後まで聴いてください。(頑張りすぎてしくじっても)怒らないでくださいね」

 披露目の締めくくりは「くしゃみ講釈」だった。小柄な体をそらしながら、大音声を繰り出す、 渾身(こんしん) の高座。「コショウ」を思い出すための「八百屋お七」ののぞきからくりも、講釈師が演じる修羅場も、唐辛子の粉が引き起こすくしゃみの連発も、腹の底から絞り出したような 胴間声(どうまごえ) で、ぐいぐいと押してくる。珍品や小ネタを器用にこなす二ツ目時代の軽妙の高座とは一味違う。これが彼なりの直球勝負なのだろう。

 終演後、演芸場を振り返ると、14日は柳枝の、17日には㐂三郎の色鮮やかな (のぼり) が3本、4本と、 五月(さつき) の空に翻っている。僕はこの風景を見るために、披露目の興行に通っているのかもしれない。

 綱渡りの披露目を、新真打ちたちは真っ向勝負で乗り切った。

(注1) この辺の経緯は、賢明な読者諸兄はすでにご存じのはずだが、簡単に記しておきたい。今回の真打ち昇進披露興行は、3月下席の上野鈴本演芸場を振り出しに、新宿末廣亭、浅草演芸ホールと計30日間の興行を催した。そして4軒目の池袋演芸場の興行途中、東京都で緊急事態宣言が発令された。これに伴い、都は都内の寄席定席4軒に「無観客での開催」を要請。「残念無念、披露目はこれまでか」と誰もが思ったが、ここで寄席が踏ん張った。「無観客で寄席興行はできない。寄席は社会生活の維持に必要なものだ」として、営業続行を表明したのだ。おかげで池袋演芸場での真打ち披露は無事千穐楽を迎えることができた。だが、都からは改めて「休業要請」が出たため、寄席は5月1日から11日まで木戸を閉めることになった。その後、大方の懸念通り、緊急事態宣言は5月末日まで延長されたが、寄席は「感染防止対策の徹底」という条件付きで、12日以降の営業再開が可能になったのである。

(注2) もちろん、「 夕陽(ゆうひ) のガンマン」のシャレである。1960年代に大ブームを巻き起こしたイタリア製西部劇(マカロニウエスタン)の代表作の一つ。セルジオ・レオーネ監督作品。主演は若きクリント・イーストウッド。僕は中学生の頃、自宅近くの大島富士館(洋画専門3本立ての下町映画館)で、早朝割引、学生割引を使って見たぞ。

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プロフィル
長井 好弘( Nagai Yoshihiro
 1955年東京都生まれ。都民寄席実行委員長、浅草芸能大賞専門審査員、日本芸術文化振興会プログラムオフィサー(大衆芸能担当)。著書に『寄席おもしろ帖』『新宿末広亭のネタ帳』『使ってみたい落語のことば』『噺家と歩く「江戸・東京」』『僕らは寄席で「お言葉」を見つけた』、編著に『落語家魂! 爆笑派・柳家権太楼の了見』など。

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2065960 0 長井好弘's eye 2021/05/21 12:00:00 2021/05/20 15:47:48 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/05/20210519-OYT8I50005-T.jpg?type=thumbnail

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