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「落語の後の一杯」~~楽しい日々はいつ戻る

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 「よみらくご」総合アドバイザー、演芸評論家の長井好弘さんが、演芸愛いっぱいのコラムをお届けします。

落語・講談・浪曲・諸芸――長井好弘’s eye

 東京・神田神保町の古書店街にある「らくごカフェ」は、その名の通り、「演芸書籍を自由に閲覧できるカフェ」と「注目すべき若手が出演する落語、講談、浪曲会の開催」を両立させている、演芸好きの聖地の一つである。

演芸ファンにはたまらない、浅草6区脇の路地。「翁そば」の向こうに「水口」がある
演芸ファンにはたまらない、浅草6区脇の路地。「翁そば」の向こうに「水口」がある

 僕は今年、6月中旬までに「らくごカフェ」へ14回通った。そのうちの9割以上は講談の会であり、いろいろなところで書いているが、僕はこの聖地を「らくご」ではなく「こうだんカフェ」と呼んでいる。

 学生時代から40数年間も慣れ親しんできた「本の街・神保町」にあり、交通の便が良く、料金もリーズナブル。「らくごカフェ」は、まさに演芸好きの楽園なのだが、コロナ感染拡大防止のための自粛生活が始まってから、困った問題が発生し、今も解決されていない。

 <「らくごカフェ」の夜公演の前後に、夕ご飯を食べる店がない!>

 これには困った。本当に困っている。

古書の街で「夕食難民」に

 神保町は昼の街であり、古書店も飲食店も、もともと早い時間に閉まっていた。ましてやコロナ禍の現在、演芸会が終わる20時過ぎに、開いている店を探すのは至難の業だ。週末はさらに厳しく、土日定休は当たり前、店が開いていても大半が「ランチのみ」の営業なのだ。

 5月のある土曜日の夕方。大好きな 餃子(ギョーザ) の「三幸園」は定休日、今はなき名店の 暖簾(のれん) 分けである「いもや」が昼のみの営業だった。

 「しかたない、立ち食いそばで我慢するか」

 17時過ぎにすずらん通りのチェーン店に駆け込むや、「17時半閉店で、ラストオーダー終わりました」と言われ、がくぜんとした。場内での飲食は「らくごカフェ」でなくても、今どき禁止だろう。もうこれ以上の選択肢を思いつかない。その夜、僕は空腹を抱えながら、片道1時間以上の我が家へ帰るしかなかった。

 コロナ自粛の中、検温、消毒などは怠りなく、したたかに演芸公演に通い続ける同志が全国に3000万人も……いるかどうかは定かでないが、愛すべき彼らも同じ悩みを抱えている。

 <夜の演芸公演を鑑賞する際、我々はいつ、どこで「夕ご飯」や「夜飲み」にありつくことができるのか?>

 令和の世の中、こんなしょーもない問題で1年も2年も頭を悩ますことになるなんて、誰が想像しただろう。

 夜遅くの公演を避けるため、落語会の開演時間はかなり早まっている。そうなると、困るのが夕飯だ。僕は下戸だから食べるだけだが、飲める連中はもっと悲惨である。

 大半の演芸会は20時前後の終演だが、どの街にいても、その後まで営業している店を探すのは難しい。やはり、飲み食いは開演前にすませるしかない。

 しかし、たいていの飲食店は17時か17時半の開店だ。そんな時間に食べ始めて、会の開演に間に合うのか。

 かつて僕らは、雑誌等で「寄席周辺のグルメ、名店」などという記事に飛びついたが、今、この状況でそれらを読むのは目の毒、舌の毒である。

 では、コロナ禍と戦う演芸ファンに必要なのは、どんな店なのだろうか。

 <寄席の近所にあって、早い時間から営業しており、注文した料理が素早く出てきて、できればおいしいものを出す店>

 万万が一、こんな都合の良い店があったとしたら、正直、他人には教えたくない。だが、今は共に力を合わせて、苦境に立ち向かうべき時なのである。

 僕がよく行く演芸会の会場近くで、「落語の前の一杯(メシでも流動物でも)」に使える店をもう一度探してみよう。営業時間等はコロナ情勢によっても変更があるので、行くときは改めて確認してほしい。

 まずは、僕が立ち食いそばチェーンにまで嫌われた神保町からだ。

ホントは教えたくない…お気に入りのお店

 この街は普段から人出が少ない土日が問題だ。ランチ営業は何とかなりそうだが、問題は夜である。終演後は無理でも、17時ぐらいに軽くすますなら、すずらん通りの「新潟カツ丼 タレカツ」 (注1) のローカルなカツ丼が面白い。靖国通り沿いの「魚串さくらさく」のサバの黒煮も要注目だ。神保町はカレー店の多さで知られるが、人気店はどこも行列ができるので、演芸会の前にササッと、というのは難しいだろう。

 浅草演芸ホールと浪曲の木馬亭、2軒の寄席定席がある浅草には、両劇場の中間地点に、演芸ファン 垂涎(すいぜん) のグルメストリートがある。気の利いた名前などない、単なる路地なのだが、そこには僕らをひきつけてやまない、レトロでチープで懐かしくて後を引く一皿を提供する店が点在しているのだ。

 演芸ホールから伝法院通りに向かって歩いていく途中、左手に「徳仙」という、どこからどう見ても昭和の大衆食堂という風情の店がある。ここが我が愛するグルメストリートの入り口である。

 「徳仙」は、かつて「欽ちゃん」こと萩本欽一が通ったことで知られている古い店だが、表通りにあるのに店内が見えにくく、ちょっと入りにくい。覚悟を決めてエイヤと入れば、名物の天丼が待っている。

 路地の先にはさらにパワフルな大衆食堂「水口」が鎮座している。四方の壁の至るところに書かれたメニューの数は100以上か。刺し身、揚げ物、カレー、丼、各種定食、ナポリタン等々、古今東西、ありとあらゆる料理があって、どれも真っ当な味がする。どこにもあるようで、めったにお目にかかれない、全方位の大衆食堂である。今はコロナ禍で営業時間を短縮しているが、2階は浅草演芸ホールの興行の打ち上げ会場になることもある。夜ではなく、昼の部の打ち上げが夕方から始まって、閉店まで延々と続くという悪夢、いや、夢のような空間なのだ。

 さらにその奥には「翁そば」がある。「うどんではないか」と疑うほどの太いそばを出す、我が道を行くそば店である。「水口」には木馬亭から浪曲関係者が大量に流れてくるが、「翁そば」は浅草演芸ホールの出演者、特に落語芸術協会は幹部から若手までがまんべんなくやってきて、冬は「カレーそば餅入り」 (注2) 、夏は「冷やしたぬき玉おとし」を短時間でズズズとすするのだ。食後にコーヒーを飲む余裕があれば、「ユニクロ 浅草店」裏にある「フグレン浅草」の「カフェラテ・ダブル」 (注3) がおすすめだ。

まだまだあるぞ! 日本橋に半蔵門

 三越前のお江戸日本橋亭に行く場合、夜の早い街なので、会の終演後にどこかに行くのは絶望的。開演前に「コレド室町2」地下に並ぶイートインのどれかに入るか、昭和通りまで歩いて、 (カツオ) 節問屋が経営しているという人気の立ち食い「そばよし」で野菜の天ぷらそばとおかかごはんを早食いするしかない。

 その他、国立演芸場周辺は、半蔵門という土地柄、夜の飲食店を探すことは全く期待できない。僕は新宿通り沿いのインド料理店「マザーインディア」で、辛いカレーをなるべくマイルドにしてもらって、絶品のバターナンとともに食べることが多い。

 落語の後のコーヒー、講談の後のラーメン、浪曲の後のハイボール。単なる飲み食いだけの問題ではない。そういう時間を持つことも含めて、演芸鑑賞の楽しさがあり、文化があるのだから。

(注1)新潟でカツ丼といえば、これ。ソースカツ丼ではなく、平べったいカツを独特の和風タレにくぐらせて、オン・ザ・ライスに。米どころだけに、ごはんにもこだわっているようだ。

(注2)翁そば名物の「カレーそば」。けっこう辛いが、卵を落とせばソフトな味に。この店はごはんものがないので、満腹になりたいなら餅を入れてもらう。

(注3)カフェラテに入れるコーヒーの量を「シングル」「ダブル」と注文できる。昭和レトロな喫茶店ばかりが目立つ浅草には珍しい、今どきの店。寄席のすぐ近くなのに、演芸関係者にはあまり知られていないらしい。

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プロフィル
長井 好弘( Nagai Yoshihiro
 1955年東京都生まれ。都民寄席実行委員長、浅草芸能大賞専門審査員、日本芸術文化振興会プログラムオフィサー(大衆芸能担当)。著書に『寄席おもしろ帖』『新宿末広亭のネタ帳』『使ってみたい落語のことば』『噺家と歩く「江戸・東京」』『僕らは寄席で「お言葉」を見つけた』、編著に『落語家魂! 爆笑派・柳家権太楼の了見』など。
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2130866 0 長井好弘's eye 2021/06/18 12:00:00 2021/06/18 12:00:00 2021/06/18 12:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/06/20210616-OYT8I50050-T.jpg?type=thumbnail

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