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「駆け足で味わう上方のメシと演芸」~~コロナ禍の大阪、1泊2日弾丸ツアー

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 「よみらくご」総合アドバイザー、演芸評論家の長井好弘さんが、演芸愛いっぱいのコラムをお届けします。

落語・講談・浪曲・諸芸――長井好弘’s eye

 6月22日の正午過ぎ、僕は新大阪駅のホームに降り立った。今年の正月に「一心寺門前浪曲寄席」と「あべのハルカス寄席」 (注1) を見て以来の大阪である。

 大阪府は前日に緊急事態宣言が解除されたばかり。コロナ禍のためにネット配信以外はほぼ全滅状態だった上方演芸が、以前よりはやや緩い(?)まん延防止に移行したことでどう変わるのか。それを見届けるために、僕は取るものもとりあえず、新幹線に乗った。

 いや、正直に言えば、今回の大阪行きにそんな大層な使命感はない。生の上方演芸から遠ざかって半年。僕の中の上方演芸渇望度はもう限界に達していた。何かきっかけがあって、もっともらしい言い訳ができて、現地で本当に落語会が開かれるなら、いつでも行くぞと思っていたのである。

 いくばくかの現金と勇気と体力と、迫りくる複数の締め切りを 天秤(てんびん) にかけ、何とかひねり出した「1泊2日」。夢見る時間はいつも短い。

 さあ、「大阪弾丸ツアー」の幕を開けよう!

 最初の生落語会は、正月の大阪行き(この時も「弾丸ツアー」だった)で楽しかった「あべのハルカス寄席」の予定だったが、前夜、嫌な予感がして「ねたのたね」 (注2) で確認したら、「中止」の赤い文字が付け加えられていた。落語会の「中止」「延期」はまだまだ続いているのだ。

 あわてて探した第2案は、心斎橋角座の「 鰻谷(うなぎだに) 寄席」だ。「笑福亭」を中心にした松竹芸能所属の落語家が大勢出演、しかも入場料が1500円という安さ。なんて幸せな会なのだろう。ただ、初めてなので、会についての情報がない。最近始まったらしく、ご当地の知人に尋ねても「パイプ椅子で長時間落語を見るからお尻が痛い」など、微妙な感想しか集められなかった。ええい、とにかく前へ進むしかない!

住宅街のダンジョン? こんなところに寄席が!!

よくぞたどりついた。ここが心斎橋角座の入り口
よくぞたどりついた。ここが心斎橋角座の入り口

 新大阪でJRから市営地下鉄に乗り換え、御堂筋線で10数分も走れば、心斎橋駅に着く。HPの地図では、心斎橋筋を一本東へ入って数分。だが、すんなり劇場に着けるという気がしない。繁華な心斎橋筋からちょっと外れただけなのに、周囲は愛想のない商業ビルばかり。飲食店や劇場がある感じがしないのだ。グーグルマップで何度も確認し、「この道で間違いない」と納得しても、この先に「寄席」があるとは思えない。よほど引き返そうかと思った時、いきなり左手に「心斎橋角座」の看板が現れた。

 それなりの看板なのに、遠くからは見えない。劇場は地下だが、1階にポスターなどがないので、本当にやっているかどうかもわからない。どうやら、出演する落語家たちも同じ体験をしているらしい。

 「みなさん、よくたどり着きましたね。私も初めての時は迷いました。間違えて近所のカラオケ店に入ったやつもいます」

 同志諸君、実際に心斎橋角座に出かけて、ぜひともこの不思議な感覚を体験してほしい。落語会に行くのではなく、住宅街に見せかけたダンジョン(地下牢)を進んでいるとしか思えないのだ。

  艱難辛苦(かんなんしんく) (?)の末にたどり着いた心斎橋角座。そのかいあって、「鰻谷寄席」はすてきな落語会だった。

★鰻谷寄席(6月22日、心斎橋角座)
桂福留    子ほめ
笑福亭呂翔  米揚げ (いかき)
桂咲之輔   寄合酒
桂春雨    時うどん
 仲入1
絶対的7%  漫才
笑福亭喬介  犬の目
桂福団治   藪入り
 仲入2
ハノーバー  漫才
笑福亭生喬  須磨の浦風
笑福亭松喬  てれすこ
 仲入3
酒井くにお・とおる 漫才
桂梅団治   野ざらし
トリ=笑福亭鶴二  中村仲蔵

 1人20分弱の持ち時間で約4時間。長丁場だが、1時間ごとに換気を兼ねた休憩があるので、「長い」「しんどい」というより「たっぷり聴いた」という満足感が上を行く。

 「コロナ禍でほとんどしゃべる仕事がなかった」という出演者たちは、持ち時間が少ないというのに、まくらで近況をたっぷり語り、本編もしっかりしゃべる。だから、どんどん時間が押してしまう。

 中堅実力派の松喬は、会場の時計を何度もチラ見しながら「まだ大丈夫」「もう1エピソード」と、まくらを続ける。だから、「てれすこ」という十分足らずの短い噺なのに、途中で時間切れになってしまった。

 「この後、『いつわりの魚の名を答えた』罪で (ろう) に入った茂兵衛が一転、釈放されるという『てれすこ』の半ばでございます」

 講談の切れ場のようなセリフを言って、松喬はそそくさと高座を降りた。

 この日が角座初出演という、上方落語の長老格、80歳の福団治は 贔屓(ひいき) 客に「ちょうど時期だから、『藪入り』をやって」と頼まれたという。

 「私の『藪入り』は45分かかるんやけど、ここの持ち時間は18分。できるわけないが、頼まれたら、やらなしゃーない。あらすじだけになるかもしれんけど」

 親元を離れて奉公に出て3年、初めての「藪入り」(商家の奉公人の年に2度の休暇)で実家に帰ってくる息子と、ガサツだけれど一途に子供の成長を願う両親との、温かな親子の交流を描く名作を、福団治は噺の味わいを損なうことなく、大胆なカットと無理のない展開で、丁寧に演じきった。

30年ぶりの「かやくご飯」に老舗のプリン

 「鰻谷寄席」がハネた(終演した)後、心斎橋―宗右衛門町― (えびす) 橋―道頓堀―南海なんば駅前と歩いて、難波の西側、大相撲の会場となる大阪府立体育会館(今はエディオンアリーナ大阪と呼ぶらしい)に近いホテルへ入る。ゆっくりする暇もなく、道頓堀へ引き返したのは、飲食店のほとんどが20時閉店なので、ぼやぼやしていると、せっかく大阪ミナミの真ん中にいるのに夕飯を食べそこねてしまうからだ。

 久しぶりに会う落語作家のO先生夫妻に連れられ、元の新歌舞伎座(今はホテルになった)近くの「大黒」で、かやくご飯を食べた。

 明治35年創業という「大黒」は、大阪の庶民に愛され続けてきた「かやくご飯」の名店。恥ずかしながら、僕は30年ぶり(!)にこの店に来たのだった。

 こんにゃく、人参、ごぼう入りのシンプルな炊き込みご飯を中心に、焼き魚、ナスの丸煮や小芋などの小鉢、白味噌に豆腐を入れた汁が小さな卓いっぱいに並んだ。メニューも、さりげないおいしさも、みんな昔通り。まるで時間が止まったかのようだ。

 「今日来てもらってよかったわよ。コロナでずっと休業していて、昨日営業再開したばかりだもの」と、おかみさんの笑顔。 

 開いているのが当たり前の名店までが、休業を強いられた。大阪の人々は、なくしてはならないものを、改めて心に刻んだことだろう。

甘苦感覚が絶妙な丸福珈琲店のセット
甘苦感覚が絶妙な丸福珈琲店のセット

 翌朝は寝坊して、昼近くにようやくホテルを出た。千日前の繁華街に観光客の姿は見えず、店を閉めているところも多い。このままでは、くいだおれの町が、コロナだおれになってしまう。

 寝過ごした朝は、丸福 珈琲(コーヒー) 店千日前本店に行く。昭和の初めにこの地で開業して以来という、あの苦いコーヒーで目を覚ますのだ。上方落語四天王の一人、六代目笑福亭松鶴の専用だったという席を横目に見ながら、奥の席へ。モーニングセットもあるが、今日は自家製プリンを食べよう。人気のとろける系ではなく、しっかりした昔風のプリン。甘苦な味が、コーヒーを引き立てる。

さすが上方 1人おきに座る客席アイディアに脱帽

 大阪で寄席定席といえば、天満天神繁昌亭である。千日前から日本橋へ出て、地下鉄の堺筋線で南森町駅へ出れば、繁昌亭はすぐそこだ。開演時間の午後2時ちょい前に着くと、木戸口がやけに混雑して、なかなか入場できない。

 「すんません。昨日から顔認証の検温カメラを導入したんやけど、反応してくれんのですわ」

 僕のマスク顔も「顔」と認証してくれない。結局、いつも使っている非接触の検温器で首筋を「ピッ」としてもらった。

東京だとフツーに「この席ご遠慮ください」だけど、上方では「広告」にしてしまう才覚がスバラシイ
東京だとフツーに「この席ご遠慮ください」だけど、上方では「広告」にしてしまう才覚がスバラシイ

 客席は1人おきに座る。独自企画の「使用不可席活用キャンペーン」が面白い。1か月いくらかを払えば、座席に「ここは私の席です。ご遠慮ください」と書かれた自分の写真パネルを貼ってくれるのだ。落語家や関係者も参加しているようで、この日の僕の隣席は、若手の人気者・桂吉弥だった。使用不可席に写真パネルを飾ると、実際は1人おきでも満員のように見える。気で気を養う、いかにも上方の寄席らしい好企画である。

★繁昌亭昼席(6月23日、天満天神繁昌亭で)
森乃阿久太 東の旅
林家市楼   ちりちり(小佐田定雄・作)
桂米左    七段目
寒空はだか  漫談
露の都    ハルちゃん(石山悦子・作)
 仲入休憩
桂文昇     紀州
サンデー西村  バイオリン漫談
トリ=桂米団治 はてなの茶碗

 出演者も観客も、久しぶりの寄席なので、開演直後はしばらく場内の雰囲気が硬かった。それを笑いで和らげたのは、何と、普段は東京で活躍している漫談の寒空はだかだった。

 「僕は東京出身です。うそ、本当は埼玉県です。関西の方々は埼玉なんて知らないでしょ。わかりやすくいうと、奈良から伝統と文化と鹿を除いたところ」

 ははあ、なるほどと、女性客の多い客席がすーっと和んだ。あとは、上方のベテランが顔を揃えている。

 「露の都です。一応、べっぴんだけで通してます。……あのなあ、落語が面白くないなあと思ったら、自分が今まで面白かったことを思い出して、(噺と関係なく)好きなところで笑ってええのよ」

 都のおばちゃんトークで女性客の笑いが弾ける。本編でも「あのな、さっき、どんぶりの小便いうの飲んでな」「ドンペリのシャンペンでしょ」などという、タクシー運転手と酔っぱらいおばちゃんの珍妙なやりとりが続く。何の事件も起きないけれど、爆笑の逸品だ。

 トリの米団治は、父・米朝譲りの「はてなの茶碗」を熱演。この噺のキーポイントである大阪人と京都人の気質の違いを、まくらで明快に解説した。

 「大阪はいろんなものに『上方』をつけるが、京都に『上方』はありません。上方料理に対して、京料理でっしゃろ。大阪が上方舞なら、あちらは京舞。関西が一つにならないのは、京都があるから。『関西は一つ一つ』なんですね」

 まさに比較文化論である。

 角座で上方らしい落語を聴き、「大黒」のかやくご飯に舌鼓を打ち、「丸福」のコーヒーとプリンの「甘苦」を () で、繁昌亭で大阪のおばちゃんと京都人気質を考察した1泊2日――。

 「弾丸ツアー」の成果を振り返りつつ、新大阪駅に着いた僕は、発車間際にキオスクで「絹笠」の「とん (ちょう)(注3) を見つけた。なんてことはない「おこわ」なのだが、知る人ぞ知る庶民の味だ。最後にまた一つ「大阪」を手にして、帰りの新幹線に乗り込んだ。

(注1)頭にハルカスタワーを乗っけた近鉄百貨店本店ビルで催される落語会。1時間に3人、実力派の落語家と講談師が出演する。東京でいうなら、神田連雀亭のワンコイン寄席の豪華版である。

(注2)上方演芸情報が満載の名物ブログ。お世話になっています。

(注3)竹の皮に包まれた三角形のおこわ。以前、上方講談の旭堂南鱗に「大阪土産だよ」といただき、ファンになった。僕はいつも地下街「なんばウォーク」の直営店で1個だけ買い、ホテルの朝飯にしていたのだが、コロナのためか直営店が閉店になってしまって途方に暮れていた。まさかキオスクで手に入るとは。今回の弾丸ツアー最大の成果かもしれない。

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プロフィル
長井 好弘( Nagai Yoshihiro
 1955年東京都生まれ。都民寄席実行委員長、浅草芸能大賞専門審査員。著書に『寄席おもしろ帖』『新宿末広亭のネタ帳』『使ってみたい落語のことば』『噺家と歩く「江戸・東京」』『僕らは寄席で「お言葉」を見つけた』、編著に『落語家魂! 爆笑派・柳家権太楼の了見』など。

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2172678 0 長井好弘's eye 2021/07/02 12:00:00 2021/07/03 11:43:12 2021/07/03 11:43:12 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/06/20210629-OYT8I50064-T.jpg?type=thumbnail

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