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「以心伝心、変幻自在」 曲師・沢村豊子一門のバチさばき

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 「よみらくご」総合アドバイザー、演芸評論家の長井好弘さんが、演芸愛いっぱいのコラムをお届けします。

落語・講談・浪曲・諸芸――長井好弘’s eye

 曲師とは、浪曲で伴奏の三味線を弾く人のこと――。

 どの辞書を引いても、同じような語釈が書かれている。もちろん、その説明のとおりなのだが、何度も浪曲席に通ううち、「それだけじゃないのかも」という気がしてくる。曲師の重要さ、貴重さ、ありがたさ、そして恐ろしさ(?)を感じるようになって初めて、我々は浪曲という芸を知ることになるのかもしれないなどと、梅雨真っ最中の木馬亭の客席でぼんやり考えた。

玉川奈々福の傍らで相三味線をつとめる沢村豊子(右)
玉川奈々福の傍らで相三味線をつとめる沢村豊子(右)

 木馬亭に限らず、浪曲の曲師はたいてい、舞台上手にある (つい)(たて) の向こう側にいて、客席からその姿を見ることができない (注1) 。だから我々観客は浪曲師だけを見て、曲師という存在を意識することはなかった。ああ、三味線の伴奏があるな、というぐらいである。

 ところが最近、衝立を取り払い、直接曲師を見せる舞台が増えている。曲師への関心が高まってきたのである。

 かつては国友忠、国本武春の相三味線 (注2) をつとめ、今は人気者・玉川奈々福との名コンビで知られる大ベテラン・沢村豊子が今年2月、松尾芸能賞功労賞を受賞した。豊子の筆頭弟子で、関西を中心に活躍する沢村さくらが同年3月、上方の舞台裏方大賞を受けた。これまで浪曲師の陰に、また衝立の陰に隠れていた曲師たちが、表舞台に出るようになった。

「脇役」が日の当たる場所へ

 以前、このコラムで「歌う落語家」柳亭市馬が、豊子の三味線で、相模太郎の大ヒット作「灰神楽の三太郎」を本職さながらにうなったことがあると書いた。その時、市馬が豊子の三味線のすごさに震えたという。

 「私が思い切り声を出したいと思うところで、何の合図もしていないのに、『さあ、あんた、行きなさい!』と三味線で背中を押してくれるんですよ。こんなに気持ちよく浪曲をうなったのは生まれて初めて。もうカラオケなんかじゃ歌えない。だからといって、毎度豊子師匠を呼ぶわけにはいかないけれど」

 そう、豊子の三味線は、浪曲師の心中を即座に察し、その時一番ふさわしい節を奏でてくれる。「以心伝心、変幻自在」の芸なのである。

御年84歳、まだまだ元気な沢村豊子(浅草の木馬亭前で)
御年84歳、まだまだ元気な沢村豊子(浅草の木馬亭前で)

 日曜夜の人通りが途絶えた浅草、やまない雨の中、木馬亭で催された「曲師の会」をのぞいた。主役は曲師・沢村さくら。普段コンビを組んでいる上方の若手実力派・真山隼人を従え、二人が二人三脚で練り上げた演目を教材にして、関西節、関東節、その他、あらゆる三味線のテクニックを実演解説するという。会の趣旨を聞いただけで、善良なファンは「ああ、なんてマニアック!」と尻込みしてしまうのではないか。

 これまで大阪で何度か開催され、東京でも浅草公会堂の和室という小さな会場で数回開かれていたが、僕は「こんな会に通うようになったら後戻りができない」(失礼!)と、気にはしながらも、足を向けたことがなかった。

 翻意したのは、昨年、大阪の浪曲会のロビーで「沢村さくらの浪曲三味線 教材DVD」を見つけ、ついうっかり購入したのがきっかけだ。DVDに収録された、さくら講師の解説が実にわかりやすく、これまで手にしたこともない三味線のあれこれが、トンと () に落ちた。これなら「曲師の会」でくじけることはないだろうと思い直したのである。

曲師の話はすごくマニアック でもわかりやすい

 会の構成は、まず、この日の2演目について、さくらが三味線部分について解説し、その後で隼人&さくらコンビが実演をするというものだ。

★「曲師の会」 7/4 木馬亭
隼人&さくら   オープニングトーク
さくら      解説「相馬大作」
隼人&さくら   実演「相馬大作」実演
隼人&さくら   お楽しみコーナー
 仲入休憩
さくら      解説「亀甲縞」
隼人&さくら   実演「亀甲縞」

 さくらの解説は、明快かつマニアックである。

 上方浪曲・松浦四郎の十八番「相馬大作」では、長いバラシ(ラスト近くの節の部分)を観客が飽きることなく楽しむために、どう弾くのか。三味線の「手」(フレーズ)を3度変えて変化をもたせるという。

 「亀甲縞」は場面転換が多いので、その時の「手」を工夫している。後半の聴かせどころである二代目市川団十郎の口上の場面は、普通、寄席 囃子(ばやし) の「 (つくだ) 」を弾くが、今回は某名人の出囃子を使うという。

 こうやって字で書くと、まさに「後進のための教材」であり、我々一般客はついていけるのかと思ってしまう。だが、この後の実演で、今聞いたばかりのさくらの解説を確認できるので、意外にわかりやすい。浪曲三味線の役割とその効果が目の当たりにできるのである。

 間に挟まった「お楽しみコーナー」が、当初から気になっていた。こうした濃い浪曲会での「楽しみ」とは何か。中身は、隼人による「懐かし名人のモノマネ大会」だった。

 「『相馬大作』のラストを、同じ文句で、(広沢)駒蔵節と、(初代天中軒)雲月節とで演じ分けます」

 うわあ、本当にマニアック! 主役の座をさくらに明け渡し、「お手伝い」に甘んじていた隼人が、うなるうなる。愉快、軽快な駒蔵節と、柔らかな雲月節を見事に歌い分けた直後に、当代の雲月が会場に入ってきた。昼間の浪曲定席に出演した後、木馬亭の真ん前の「君塚食堂」で何か楽しいことをしていたらしい。

 隼人が舞台から手をふると、「日本一!」という雲月のかけ声が返ってきた。

 「(雲月節を)終わったあとで良かった」

 「えっ、何? (不審げな声で)何かやったの?」

 「(直立不動で)いえ、何でもありません!」

 自らの口演が終わった後も、後輩の高座を気にかける。雲月は「男前」の女流なのである。

 前夜の豪雨による熱海の土石流発生の影響で、新幹線が一時ストップ。当日航空機利用に切り替えたが、飛行機嫌いの隼人が抵抗。そのうち新幹線が開通したので航空券をリリースと、二転三転でようやく当日上京。いつもは東京で仕事を入れて数泊するのだが、コロナ禍で思うようにいかず、終演後すぐに新幹線で大阪へ戻るという強行軍。それでもさくらは疲れも見せず、さわやかな笑顔で、あらゆる節と手を披露した後、 ()(とう) の勢いで東京駅へ向かったもようである。

84歳、芸への執年は衰えず

三味線教材DVDを出した沢村さくら(左)。真山隼人(右)とのコンビは評価が高い
三味線教材DVDを出した沢村さくら(左)。真山隼人(右)とのコンビは評価が高い

 隼人とさくらが知恵を絞って、新旧のネタを練り上げ、完成度を高めていく。さらに高座では、客席の反応や隼人の声の調子などを即座に察して、さくらが絶妙なアドリブを加える。やっぱり仕上げは、師匠豊子流の「以心伝心、変幻自在」だった。

 ここ数年で、豊子の弟子が増えた。さくらを筆頭に、美舟、まみ、道世、理緒、博喜と総勢6人。若い美舟は「柔らかで自在な三味線」と評価が高く、新旧の浪曲師から引っ張りだこの人気である。これまでも曲師に弟子がいなかったわけではないが、「一門」という形でこれだけそろうのは見たことがない。

 別の日の木馬亭。客席後方、楽屋入り口近くのパイプ椅子に私服の豊子がちょこんと座っている。

 「あれ、お師匠さん、着物じゃないんですか?」

 「うん、今日はお休み。若い人が出てるから」

 「ああ、お弟子さんたちがやってるんですね。一門に勢いがあるなあ」

 「若い人は一生懸命やるだけだもの。私の方が大変。この間、(高座で)まちがえちゃった。もうやめちゃおうかな」

 「何言ってるんですか!」

 今年、84歳。骨折やら何やら、ケガが続いた。「思うように手が動かないのよ」という豊子のぼやきを、何度か聞かされた。裏を返せば、「私はもっと弾ける」という強い思いがあるということだ。

 名人曲師・沢村豊子には「これで完成」という安易な気持ちはひとかけらもないらしい。

(注1)木馬亭の楽屋で取材をしている時、次の出番の某曲師を見たら、普段着のセーター姿だった。「着替えなくていいんですか?」「いいのよ、どうせ衝立で見えないんだから。いつもそうってわけじゃないけど」。舞台袖から見たら、あぐらをかいて弾いていた。それでも、見事な三味線なのだった。

(注2)「合三味線」ともいう。浪曲の舞台は、浪曲師と曲師が二人三脚で作り上げるもの。当然、いつも決まったコンビであるのが一番だ。かつては相三味線が普通だったが、浪曲師、曲師ともに数が少なくなった今では、固定のコンビは難しい。近年では、東京の東家一太郎& (みつ) 、上方の隼人&さくらの評判が良い。

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プロフィル
長井 好弘( Nagai Yoshihiro
 1955年東京都生まれ。都民寄席実行委員長、浅草芸能大賞専門審査員。著書に『寄席おもしろ帖』『新宿末広亭のネタ帳』『使ってみたい落語のことば』『噺家と歩く「江戸・東京」』『僕らは寄席で「お言葉」を見つけた』、編著に『落語家魂! 爆笑派・柳家権太楼の了見』など。

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2209712 0 長井好弘's eye 2021/07/16 12:00:00 2021/07/16 12:00:00 2021/07/16 12:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/07/20210713-OYT8I50038-T.jpg?type=thumbnail

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