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僕の浅草・禁演落語日記

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 「よみらくご」総合アドバイザー、演芸評論家の長井好弘さんが、演芸愛いっぱいのコラムをお届けします。

落語・講談・浪曲・諸芸――長井好弘’s eye

 浅草演芸ホールの8月下席(21~30日)夜の部は、「禁演落語 (注1) の会」と決まっている――。

 こんな書き出しで当欄にコラムを書いたのは1年前のことだ。「決まっている」と書いたが、終わりの見えない新型コロナ感染騒ぎのため、今年もやるかどうかの保証はなかった。演芸ホールや落語芸術協会(通称ゲイキョー)など、この企画に関わる人々の尽力で開催にこぎつけたのは間違いない。

 「今年も禁演落語の解説、お願いしますね~」

 7月上旬の事務局のB・K氏 (注2) からの出演依頼の電話は、開催までの苦労など ()(じん) も感じさせない、極めて軽い感じのものだった。僕も余計なことは言わず、「はい、よろしく~」と、ありがたく承諾したのである。

 8月下席、縮めて「ハチシモ」の夜の部は、仲入り休憩後が「禁演落語の会」になる。ここからは登場する落語家全員が「禁演落語」をしゃべるのだが、普通の寄席でいきなり「禁演落語です」と言われても、初めてのお客さんはとまどうばかりだ。そこで、後半1番手に、不肖ワタクシが出て「禁演落語とは何か」をマジメに解説するというわけだ。

 今年の僕の出番は21~24日と26日の計5日間である。

 「コロナ感染防止の観点から、終演時間を早めるため、解説も例年より短めに、10分でお願いします」

 前述のB・K氏は平然と言うが、こちらは今年で解説18年目とはいうものの、どう考えても語りの素人である。「この調子でしゃべっていると、(持ち時間を)5分オーバーする」ぐらいは察するようになったが、「ではどうするか」がわからない。「そのまま最後までしゃべったら、予想通り5分オーバーだった」という笑えない結末が待っているのだ。

 緊急事態宣言下の「禁演落語の会」はどんな様子だったのか。僕の使い古したメモ帳に、演芸ホールでの日々が記されている。

はなし塚に願う「カミませんように……」

  ★8/21(土)晴れのち曇り(都内最高気温は32.1度)

本法寺の「はなし塚」。明烏、居残り佐平次、品川心中、不動坊……大ネタも封印された
本法寺の「はなし塚」。明烏、居残り佐平次、品川心中、不動坊……大ネタも封印された

 「禁演落語の会」の出番の初日に、必ず訪れる場所がある。演芸ホールにほど近い、浅草・田原町の本法寺にある「はなし塚」だ。

 53種の「禁演落語」台本を封印した、歴史の舞台である。1945年3月の東京大空襲で焼け野原となった田原町 界隈(かいわい) で、本法寺の本堂すら消失したのに、境内にある「はなし塚」だけが焼け残った。もしかしたら、東京有数のパワースポットなのかもしれない。

 本体の石碑は高さ1メートル70センチほど。以前は、石碑の裏に列挙された当時の寄席や落語家幹部連の名を確認できたが、今は周囲の樹木が覆いかぶさって後ろに回る隙間がない。やむなく正面から石碑を仰ぎ見て、手を合わせた。

 「今年も寄席で禁演落語について話します。とちらず、 () まず、ちゃんとお客様に伝わりますように」

 これまで17年間、解説を続けてきたおっさんの願いとしては、ちょっと情けない気もするが、これが正直な思いである。

 「はなし塚」にお参りした後、まだ時間があるので、田原町のコメダ珈琲店で解説の構成をおさらいする。といっても、ちゃんとした台本があるわけではなく、メモ帳に書き出した固有名詞を並べ替えたりするだけ。効果のほどはしれないが、初日にこれをやると落ち着くのである。

 ひさご通りの甲州屋でかるく 蕎麦(そば) をたぐって、出番の45分前に楽屋入り。

 コロナ対策は寄席の楽屋にも及んでおり、常駐しているのは前座3人、お 囃子(はやし) 1人という小編成のチームである。師匠連へのお茶出し、着付けの手伝いなどはない。出番が終わった出演者は楽屋でぐずぐずせず、そそくさと帰っていく。効率優先、衛生第一の運営は見事だが、これは僕が知っている落語芸術協会の楽屋風景とは別のものだ。

 楽屋のあちこちで冗談やほら話が飛び交い、出番が終わっても談笑はやまず、後輩が平気で大先輩にツッコミを入れたりしている。そのすぐ横で、二ツ目が真剣な顔で若手真打ちに新ネタの稽古を頼んでいる。にぎやかで、笑いが絶えず、緩さと緊張が入り交じった独特の空気。そんなゲイキョーの楽屋はどこに行ったのか?

 何とか10分ピタリに抑えた解説の後は、三遊亭吉馬「 悋気(りんき)独楽(こま) 」、桂米福「 (せん)() の虫」、立川談幸「紙入れ」と禁演落語が続き、トリの大ベテラン、三遊亭遊三が「お見立て」で締めた。

 コロナ禍の中の「禁演落語の会」初日は、不思議な雰囲気のまま、それでも何事もなく過ぎていった。

3時間しゃべって疲労困憊 トリ前に力尽きる

  ★8/22(日)曇りのち晴れ(33.6度)

 禁演落語2日目は、朝から何だか慌ただしい。

 まずは10時半から北千住のカルチャーセンターで、落語講座の先生だ。8月17日に亡くなったばかりの笑福亭仁鶴の「人と芸」について語りだしたら止まらなくなり、90分近くもしゃべってしまった。

 いったん、家に帰って昼飯をかっこんだ後、マンションの管理組合理事会(くじ引きで理事長になってしまった!)で、ベランダ喫煙問題、カメムシ対策、ネズミ対策を話して1時間強が過ぎる。

 そしてようやく演芸ホールへ。すでに3時間近くもしゃべっており、浅草にたどり着くまでに体力の80%近くを消費してしまった。

 今日の客席は、人数が少なく、空気が重い。話を聞いてはくれるが、ほとんど反応がない。舞台袖から見ると、出演者が何とかしようと頑張っているのがよく分かる。

 どよ~んとした雰囲気のまま、僕の出番が来てしまった。僕は解説なので観客に笑ってもらう必要はない。ただ、禁演落語の背景を語って、それが間違いなく伝わればいいのだ。そう考えると気が楽になった。客席を見渡すと、確かに反応は薄いが、寝ている人もおらず、ちゃんと聴いてくれていることがわかってホッとした。

 雷門音助「六尺棒」、瀧川鯉朝「にせ金」まで聴いたところで、力が尽きた。

 「今日はいろいろあって、もはや体力の限界なので、お先に失礼します」

 トリの遊三が「(小指を立て)これの所かい?」とからかってくるのを、うまく切り返すこともできず、ペコリと頭を下げて早帰りである。

円朝師の墓参~亡き歌丸師にも思いはせる

  ★8/23(月)曇りのち晴れ(30.3度)

 夏の寄席興行に通いながら、この時期、何かを忘れているような気がしていた。3日目にして思い出した。

 「まだ、三遊亭円朝師のお墓に参っていなかった!」

 コロナの影響で、11日の円朝忌に行くことができず、そのままになっていた。できれば8月のうちに墓のある谷中・全生庵に参りたい。思い立ったがなんとやら、これから谷中へ行こうと早めに家を出た。

 大好きだった桂歌丸がまだ元気な頃、酷暑の中、円朝忌に参列し、師匠であった五代目古今亭今輔の墓へ回って、その後、国立演芸場の中席でライフワークの「 怪談牡丹燈籠(かいだんぼたんどうろう) 」や「 真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち) 」などの円朝作品を演じるのが毎年の恒例だった。僕は真ん中の今輔墓参を飛ばして、円朝忌と演芸場で歌丸を見たものだ。

 そんなことを思い出しながら、日陰のない全生庵の墓地を歩き、大汗をかいた。門前の「円朝翁七回忌記念」の碑にもあいさつした。円朝に何を願ったのかは、言わずにおこう。

 谷中で一汗かいて、身も心も軽くなった気がする。

 演芸ホールでは仲入前の出番で、古今亭寿輔が「釣りの酒」を演じていた。寿輔の敬愛する柳家金語楼(筆名は有崎勉)の作品である。

 「久しぶりに聴かせてもらいました」「僕もやるのは久しぶりだよ」「面白いネタですね」「あのねえ、金語楼先生の高座を聴いたら、そんなことは言えないよ。僕なんかまだまだ」

 客席は、これまでの3日間で一番少ない。でも、よく笑い、楽しんでいる。自分で言うのも恥ずかしいが、禁演落語の解説、3日目の今日が一番の出来だった。円朝が少しだけ 僕の方を向いてくれたのかもしれない。

 楽屋に戻ると、評論家の中村真規先輩が姿を見せた。今席後半の禁演落語解説を受け持つので、様子を見に来てくれたのだろう。他の仕事の合間だったらしく、浅草滞在はわずか30分!

 熱海の土石流災害現場のすぐそばで転倒、骨折して休んでいた春風亭柳若が松葉づえでやってきた。

 「これまで前に釈台を置いて落語をやっていました。今日が初めて釈台を使わない高座です」

 大けがのことを知っている人も多いのだろう。温かい拍手の中、柳若は「辰巳の辻占」を軽快に演じた。

 三笑亭夢丸は、コロナ自粛で飲み会をやらなくなったために、大幅な減量に成功した。二ツ目時代、年に数キロという驚異のペースで太っていた男と同一人物とは思えない。今日の禁演落語は、本来はトリネタである「突き落とし」。かなりの長編を13分で演じ、楽屋連中を驚かせた。

 「本当は何分かかるの?」「33分です」「何でまた短い持ち時間の時に」「いや、まあ、へへへ、事情がありまして」

 近々どこかの会で演じることが決まっており、その前に一度演じてみたいが適当な機会がない。ちょっと時間は短いが演芸ホールでやってみるか――。こういう事情ではないかと推理したが、正解を聞きそびれた。

町喫茶の底力……豪快な名物に舌つづみ

  ★8/24(火)曇り(31度)

大きな海老フライが3尾も。「町喫茶」の実力を見よ!
大きな海老フライが3尾も。「町喫茶」の実力を見よ!

 禁演落語も4日目となると、自分を奮い立たせるために、何かご褒美が必要になる。今日は少し遅刻してもいいやと、出番前に観音裏の喫茶「ロッジ赤石」で、名物のエビサンドを食べた。

 大ぶりのエビフライ3尾をトーストに挟み、ソースと辛子をエイヤッと放り込んだ豪快なサンドイッチ。濃いめのコーヒーと一緒にいただく充実感は、うん、もう、なんと言ったらいいのだろうか。

 「町中華」という言葉がはやっているが、この「ロッジ赤石」は、典型的な「町喫茶」だ。僕がエビサンドにかぶりついている間にも、明らかに地元と思えるオバサマたちが続々とやってくる。

 「あ、お父さんのご飯も買っていかなきゃ。ママ、にんにくチャーハン、お持ち帰りでお願いね」

 店内を行き交うオバサマたちの注文。洋食を出す喫茶なのに、「にんにくチャーハン」なんてあるのだろうかと思ったら、店のママが小さな声でマスターに「ピラフお願いします」と頼んでいた。

 演芸ホールは今日もいささか客席が寂しい。コロナ禍のため、どこの寄席も夜の部の入りが悪いと言われているが、浅草も例外ではないようだ。

 寿輔は今日も「釣りの酒」だ。

 「だいぶ慣れてきて、いい感じだよ。金語楼先生の足元にも及ばないけどね」

 僕の解説も少しだけ余裕が出てきた。思い切って新しいくすぐりでも入れてみようかと思ったが、客席後方の時計を見ると、残り時間はわずかである。ここでアドリブをかます度胸があれば、僕は違う人生を歩んでいたかもしれない――。

 「悋気の独楽」を演じた吉馬は声がよく通る。というより、やかましい。奥の楽屋にいても何のネタなのかすぐに分かるのがいい。

 続く桂夏丸は「いつもと違う話をしますよ」と言い残して高座へ上がった。「 後生鰻(ごしょううなぎ) 」のまくらで、志村けんの芸談を紹介。「志村さんの『マンネリはいいことだ』という持論が、桂歌丸師匠の教えとよく似ている」なんて話している。面白い男だ。

 談幸の「 蛙茶番(かわずちゃばん) 」は、小僧の定吉がいい。ひょうひょうと軽くて、ちょっと皮肉っぽい定吉が、見事に禁演落語の狂言回しをつとめている。

 トリの遊三は、 (くるわ) ばなしの定番「お見立て」だ。遊三の寄席でのまくらはいつも決まっていて、他のことは言わない。それがこの日はどうしたことか、いきなり謎かけを始めたのである。

 「えっ?」「何があったの?」

 楽屋の全員が一瞬動きを止め、高座に聞き耳を立てる。帰りかけていた談幸も足を止めてこちらを見ている。

 「今日の客席とかけまして、コロナ予防のうがいととく。そのココロは……、ガラガラ」

 聞いていた全員が、心の中でズッコケたのではないか。皆、何事もなかったように仕事に戻り、談幸も我に返って「それじゃ」と帰っていった。

 だが「お見立て」の本編はさすがの本寸法。少し 端折(はしょ) り目ながら、見事に締めて高座を下りた遊三に思い切って聞いてみた。

 「師匠、今日のまくらは、謎かけでしたね」「ああ、アドリブでやると、ろくなことはないね。ささっと早くしゃべらないといけないのだけど、年取ると滑舌が悪くなってね」

 ニヤリと笑って、帰っていく遊三の背中に、楽屋の全員が「お疲れさまでした!」と声をかけた。

コロナ下で夜の寄席は、夜明けの……

  ★8/26(木)晴れ、蒸し暑い(35.7度)

演芸ホール木戸横の番組表。私の札もかかっています
演芸ホール木戸横の番組表。私の札もかかっています

 1日お休みをもらったので、今日が僕の最終出番である。始まってみれば、あっという間だ。

 せっかく浅草に来ているのだからと、昼の部を観客席で見た。

 何年か前までは、大ベテランだった三笑亭笑三を司会役に、抱腹絶倒の大喜利をやっていた。今は、桂竹丸が司会のあとを継ぎ、マスクやシールドで武装(?)した若手たちが、容赦なく竹丸にツッコミを入れるという痛快な謎かけ合戦が繰り広げられている。

 昼の部終了後は、いったん外に出て、またまた「ロッジ赤石」で腹の虫おさえ。喫茶店のカツ重はどんなものかと注文してみたが、カツの味付けがあっさりで食べやすく、何よりご飯がうまい。虫おさえどころか、腹がふくれた。

 昼の部の盛況にくらべて、夜の部の客席は、夜明けの浅草駅前のようだ。何となく寂しい (注3) 。僕が出演した5日間で、今日が一番少ないのではないだろうか。

 6日目から下席後半の番組になるため、けっこう出演者が入れ替わっている。大御所のボンボンブラザース、東京ボーイズに挨拶。コント青年団、立川流の所属ながら禁演落語の会のレギュラーになっている立川談之助。黒ポロシャツに黒パンツという姿の僕は、代演でやってきた桂枝太郎に寄席のスタッフと間違えられた。

 満腹のためにやや緊張感が欠けたのが良い方に転んだのか、最後の禁演落語解説を大過なく済ますことができた。

 次の出番の柳若は「日に日に良くなっている」といいながら、「疝気の虫」に挑戦。高座は申し分ないが、楽屋に戻るや、まだ足を引きずっている。

 続く鯉朝は「今日のネタは二択。できれば『 (いそ)(あわび) 』をやりたいが、お客さんが無理なようなら『にせ金』で逃げます」といって高座へ。

 けっこう長いまくらの後、決心がついたのか、鯉朝が「磯の鮑」に入ったのを確認して、早帰りをすることにした。

 今年も無事に終わったが、楽屋や客席のところどころにコロナの影が見え隠れしていた。持ち時間の短さ、観客の少なさ、楽屋の味気なさ、そして夜の浅草の静かさ――。充実していたが、充足感がもう一つの寄席通い。来年、また声をかけてもらえたら、もうひと頑張りしないとね。

(注1)ご常連から「今さら何だよ」と叱られそうだが、一応、説明させていただく。禁演落語とは、太平洋戦争・真珠湾攻撃直前の1941年10月30日、「時節柄ふさわしくない」として、田原町・本法寺の「はなし塚」に封印された 廓噺(くるわばなし) 、間男(不倫)物、エログロなど53種のネタのこと。落語関係者はこれら53種を自主規制することで、他の数百のネタを救おうと考えたのである。事実上の口演禁止措置は、終戦後の46年9月まで続いた。

(注2)これも浅草の夏の名物企画である落語家バンド「にゅうおいらんず」のベーシストといったら、寄席通の方は「ああ、あの人か」と思い当たるはずだ。三遊亭小遊三、春風亭昇太という両雄の後方で、一言もしゃべらず、むっつりベースを弾いている。メンバーの中では、彼だけが「有給休暇」を取って参加しているらしい。

(注3)いわずとしれた「寄合酒」の定番くすぐりである。「お前の懐具合は」「夜中の◯◯(繁華街の地名)。なんとなく寂しい」が基本。「(オレの懐具合は)今の客席の反応。もっと寂しい」(春風亭昇也)など、応用編も多い。

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プロフィル
長井 好弘( Nagai Yoshihiro
 1955年東京都生まれ。都民寄席実行委員長、浅草芸能大賞専門審査員。著書に『寄席おもしろ帖』『新宿末広亭のネタ帳』『使ってみたい落語のことば』『噺家と歩く「江戸・東京」』『僕らは寄席で「お言葉」を見つけた』、編著に『落語家魂! 爆笑派・柳家権太楼の了見』など。

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