「文珍」が「国立」に帰ってきた! 3年ぶり開催の「大東京独演会」全公演リポート

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 「よみらくご」総合アドバイザー、演芸評論家の長井好弘さんが、演芸愛いっぱいのコラムをお届けします。

落語・講談・浪曲・諸芸――長井好弘’s eye

 上方落語の大看板・桂文珍が「東京のホームグラウンド」と呼ぶ、国立劇場小劇場の「桂文珍 大東京独演会」。昨年は全公演が中止。一昨年は、文珍の芸歴50周年を記念して場所を国立劇場大劇場に移しての「20日間独演会」という一大イベントだったが、20公演のうち開催できたのは14公演のみだった。いずれもコロナ禍のまっただ中、開催予定日の直前まで、あらゆる可能性を検討した末の苦渋の決断だった。

文珍にとっては国立劇場で3年ぶりの「完全公演」。出番前に舞台袖の大鏡の前で
文珍にとっては国立劇場で3年ぶりの「完全公演」。出番前に舞台袖の大鏡の前で

 思い出すのは2020年3月24日の文珍の姿だ。コロナの合間を縫うように日程変更を繰り返し、不規則ながら14回の公演をやり遂げた。その最終高座が迫っているのに、主役の文珍は着替えもせず、楽屋通路の椅子にぐったりと座っていた。

 「師匠、そろそろお着替えを……」

 見かねたスタッフが声をかけると、文珍は何とも言えない表情で答えた。

「だって私が着替えて高座に上がったら、この会、終わってしまうやないか。もっともっと、落語をしゃべりたい……」

 文珍は本当に時間ギリギリに高座に上がって、上方落語屈指の大ネタ「百年目」をゆったりと演じ、タイトルと実態が大きく違う結果となった20日間独演会の幕を閉めたのだった。

 それから2年、本来の小劇場公演としては3年ぶりとなる「大東京独演会2022」が4月29日、始まった。

 コロナ禍の、長い長い休日を、文珍はどんなふうに過ごしていたのか。

 「故郷の(兵庫県)丹波篠山の実家を、昔の形を残したままリフォームしたけれど、住む人がいない。そやから私が週に2、3度行って1人合宿してました。家族も弟子も、誰も手伝いに来ないから、自分で掃除洗濯をして、食事も作った。『冷蔵庫にあるものを組み合わせて、一つの皿(ネタ)を作っていく、料理と落語は似ている』と気付きました。昔なじみの地元の人たちに野菜をもらうのは、“農耕接触”ですな。 (はなし) の稽古? 『いつどこでやる』という目標がないと、できんもんですなァ」

 初日、文珍は早くから会場入りしたが、自分の楽屋にはおらず、舞台袖に来て、内海英華(三味線)、林家うさぎ(鳴り物)、桂福矢(笛)ら、上方お 囃子(はやし) チームの面々と打ち合わせをしたり、国立劇場出演が初めてというゲストの桂小すみの緊張をほぐすように公演裏話を語り聞かせたりと、落ち着かない様子だった。

 そしていよいよ幕が開く。前座などは使わず、いきなり主役の文珍が高座に上がって、満員の観客に話しかけた。当会最大の売り物である「観客からのリクエストで当日の演目を決める」というコーナーの始まりだ。

 「みなさん、コロナの中、ようもこんなにおいでくださいました。私も今朝早い新幹線でやって来ました。落語家は言葉に敏感でね。『新幹線』と聞くと『新・感染』を連想してしまう……。いつもはお客様に大きな声でお好みのネタを言ってもらうんですが、今回は時節柄、声をかけずにジェスチャーでお願いしますわ」

 文珍の提案に驚きながらも、観客は自分の聞きたいネタを、「『10』と『3』でトミー( 高津(こうづ)(とみ) )」「『7』の字を書いた後、階段を上るしぐさで『七段目』」など、珍妙なジェスチャーで必死にアピールする。ところが文珍は、観客にさんざんジェスチャーをやらせておいて、「では、本日のおすすめをお願いします(笑)」。弟子の楽珍が掲げる最新のネタのリストを見て、「なあんだ」とあきれる観客。こんな和気あいあいのやりとりを見て、楽屋にいる僕らもようやく「文珍師匠が帰ってきた」と実感できた。 (注1)

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2976410 0 長井好弘 演芸おもしろ帖 2022/05/06 12:00:00 2022/05/06 14:58:04 2022/05/06 14:58:04 https://www.yomiuri.co.jp/media/2022/05/20220505-OYT8I50000-T.jpg?type=thumbnail

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