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    文化庁から「日本遺産」に認定された全国各地の文化財・伝統芸能をご紹介します。
    北陸・信越

    『珠玉と歩む物語』小松~時の流れの中で磨き上げた石の文化~【石川】

     【概要】小松の人々は、弥生時代の 碧玉 ( へきぎょく ) の玉つくりを始まりとして2300年にわたり、金や銅の鉱石、メノウ、オパール、水晶、碧玉の宝石群、良質の凝灰岩石材、九谷焼原石の陶石などの石の資源を見出し、時代のニーズに応じて、現代の技術をもってしても再現が困難な高度な加工技術を磨き上げ、ヤマト王権の諸王たちが権威の象徴として挙って求めるなど、人・モノ・技術が交流する豊かな石の文化を築き上げてきている。
    <2016年4月認定。以下は、認定申請書類から引用>< 観光情報は、こちら

    弥生時代の王たちを魅了した小松の「碧玉」アクセサリー

    • 八日市地方遺跡の玉つくり
      八日市地方遺跡の玉つくり

     今から2300年前の弥生時代、日本では自然や生命、権力への象徴として「緑」への憧れが強く、朝鮮半島から伝わった「緑の玉」の国産化を目指し、原石産地探しが始まる。良質で豊富な碧玉が採取できたのは小松を含め全国で4ヶ所に限られ、特に小松の碧玉は、きめ細かさと埋蔵量で他に秀でていた。小松の弥生人は、那谷(なた)菩提(ぼだい)・滝ヶ原で産出される碧玉を原料に、八日市地方(ようかいちじかた)で「玉つくり」を開始する。それまでの軟質の緑色凝灰岩による管玉(くだたま)製作から、硬質で加工が困難な碧玉での管玉製作を可能とする当時の最先端加工技術であり、小松で実現したその工程は碧玉を石鋸(いしのこ)で方形柱に切断していき、砥石(といし)で擦って円柱に磨き上げたものを、太さ0.7mmメノウ製石針で1mmの孔を開け、直径2mmの細くて精巧な管玉を作り上げるものであった。現代でも復刻困難な驚異的な加工技術によって作られた管玉は、糸魚川産ヒスイを加工した勾玉と組み合わせた首飾りや頭飾りとして、日本海沿岸交易を経て九州へと届けられ、弥生の王たちを魅了した。その後、八日市の玉つくり技術は、さらに東の碧玉産地へと伝わっていくのである。

    2017年03月31日 09時50分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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