文字サイズ

    大きくなって円熟味も、JAM Project武道館ライブ

    • 日本武道館でのJAM Project国内ツアーファイナルライブ(写真はいずれもランティス提供)
      日本武道館でのJAM Project国内ツアーファイナルライブ(写真はいずれもランティス提供)

     日本武道館が、小さく見えた。

     17日に行われたJAM Projectの国内ツアーファイナルライブ。満員の客席とステージを見ていて、巨大なはずのステージが小さく見える不思議を感じたのだ。

     彼らの武道館ライブを見るのは、これが初めてではない。2009年の初武道館以降、武道館や横浜アリーナなど、大きなステージに立つ姿を見てきた。初武道館で、開演直前の客席が一体となってサイリウムを振る姿に、大きな船で船出をするような高揚を感じたり、横アリ内のステージを走り回る姿に「ねえさん(奥井雅美さん、年下だけど姉と呼ぶ)の体力は大丈夫だろうか」とハラハラしたりしてきた。もちろん毎回いっぱいの感動をもらってきたわけだけれど、これまでの大箱でのライブでは、いつも、巨大な何かを相手に、小舟に乗ったJAM Projectが戦いを挑んでいるようで、応援する気持ちでライブを見ていた。

     それが、今回はちょっと違った。大きな会場と互角にわたり合っているというか、会場を手なずけ、制圧しているようにすら見えたのである。

     きっとそれは、JAM Projectが、大きな舞台と互角になるほどに、大きな大きな成長を遂げたからなのだと思う。

     JAM Projectの結成は2000年だが、私がメンバーと出会ったのは2008年。だから今年でちょうど10年になる。10年前、彼らの活動するフィールドは今より小さかった。小さかったけれど、それは多くのプロのミュージシャンなら納得してしまうほどには十分に大きくて、そして潤沢で、きちんと回っていた。

     でも、彼らはそこに安住しなかった。

     当時、取材の合間にランティスの方から聞いた話を、時々思い出す。「影山ヒロノブにやってもらいたい、と言ってくるアニソンの話があると、それをいったん止めて、JAM Projectでやらせてくれ、と頼むようにしている」と言うのである。聞いた当時は、「随分無理なことするな~」と受け止めただけだったが、そうした一見、「無理なこと」に見える幾つもの挑戦を、地道に繰り返してきたからこそ、「今」にたどり着いたのだと思う。2009年の武道館だって、当時のJAM Projectの(特に国内での)知名度とか人気を考えたら、いささか無謀だったはずだが、スタッフも含めてのJAM Projectという「チーム」は、そこに賭け、そして、勝ってきた。簡単には届かないくらいのところを目標に見定め、常にそこに戦いを挑んできたからこそ、これほど大きな存在になることができたのではないか。

     アコギコーナーでのねえさんの三三七拍子とか、「シュワッチ!~キミを(まも)りたい~」で場内を転がる巨大なボールたちとか、燃えさかる炎とか、涙も笑いも演出効果も抜群のライブで、気がついたらアンコールのスパロボ・メドレーで一緒に声を張り上げて歌っていた。そしてここまでの10年、そして彼らのこれからの未来に思いを()せていた。

     東京五輪の2020年には、JAM Projectは20周年を迎える。この日、影山さんは、何度も若者に道を譲ろうかと思ったけれど「楽しすぎてやめられね~!」と絶叫していた。円熟味を増してきたJAM Projectが20周年に向けて、そしてその先の未来にどんな姿を見せてくれるか、楽しみだ。そして同時に、彼らの歌に励まされる自分自身もまた、現状に妥協せず、人生に挑み続けていかないといけないと思った夜であった。

    追記

     武道館公演の物販、アニメイトさんのブースで売り子のお手伝いをさせていただきました。おかげさまで影山さんの本、用意してきた500冊が完売となりました。正午頃の晴天からは予想すらできなかった(笑)小雪交じりの雨と風の中、凍えていた私にカイロなどをくださった皆様、本当にありがとうございます。まだまだまだ、さらにこの輪を広げていきたいと思っております。皆様、布教活動よろしくお願いします。

    2018年02月23日 14時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    mishio_profile.jpg 
    PR
    今週のPICK UP
    PR
    今週のPICK UP
    大手町モールのおすすめ
    ブログ