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4月7日に亡くなった漫画家・藤子不二雄(A)さんには、愛し続けた古里の味があった。潮の香りをたたえ、素朴でどこか懐かしい。漫画家を目指して上京した後も、帰省のたびに店を訪れて店主らと交流し、自宅へのお取り寄せも続けた。記者がゆかりの店を訪ねた。(文・写真 谷侑弥)
帰省のたびに

富山県氷見市にある藤子さんの生家は、650年以上の歴史を持つ
よく注文したのは「鍋焼きうどん」(650円)。麺の周辺にかまぼこやネギ、レンコンといった具材があしらわれている。さっそく食べてみると、味はしょっぱすぎず、麺が柔らかい。代々引き継がれている優しい味だという。

同店の渡辺節子さん(65)は「お客さんから『ほっとする味だ』とよく言われる。藤子さんにとっても母の味のようなものだったのでは」と推測する。藤子さんは、来店はほとんどせず、出前での注文だった。だが、雑誌などで店を何度も紹介してくれ、「応援されている」と感じてきた。渡辺さんは「直接の言葉はなかったが、エールを送り続けてくれて感謝している」と話した。
富山湾の味覚、季節ごとに
氷見では藤子さんが手がけたキャラクターが並ぶ「まんがロード」が観光資源になっている。通りに面する鮮魚店「魚芳」(比美町)では、上京した藤子さんから注文を受けていた。
藤子さんが求めたのは、富山湾が誇る味覚だ。秋の香箱ガニや、冬のあんこう、ヒラメの昆布締め――。昆布締めは、黄色っぽくなるぐらい昆布の味がしみこんだものが好みだったという。
最後に注文があったのは10年ほど前だったが、
後味すっきり「黒とろろ」

氷見で少年時代を送った藤子さんは小学5年の時に高岡市へと引っ越しをした。そこでも新たな味と巡り合っている。
御旅屋通りのアーケードを抜けて、高岡大仏に向かう途中にあるのが「塩谷昆布店」(定塚町)。店には額に入った「ハットリくん」や「喪黒福造」の色紙が飾られている。店主の塩谷敏明さん(54)は「祖父が、たまたま店の前を通りかかった藤子さんに昆布を振る舞ってご縁ができた」と教えてくれた。

好んで買ったのは「特上黒とろろ」(650円)。北海道産の利尻昆布が使われている。店で扱う2種類のとろろ昆布の中では塩分が薄いほうだ。試食すると、酢の酸味と塩辛さのバランスがほどよく、後味がすっきりしている。上品で、どこか懐かしさを感じさせる。
3月に藤子さんから注文があり、それが最後になった。塩谷さんは「確かに悲しいが、天国でまたFさんと一緒に漫画を楽しく描いているような気がする」としみじみと語っていた。