[名品を読む]奇想支えた古典の教養…岩佐又兵衛「小栗判官絵巻」

無断転載禁止
メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

岩佐又兵衛「小栗判官絵巻」 巻第10 第19段 部分閻魔大王の裁きを受ける小栗と家来衆。家来の懇願で小栗は現世に送り返される(江戸時代・17世紀 宮内庁三の丸尚蔵館蔵)※※3回の展示替えあり。巻第10・第19段は3月26日~4月14日に展示
岩佐又兵衛「小栗判官絵巻」 巻第10 第19段 部分閻魔大王の裁きを受ける小栗と家来衆。家来の懇願で小栗は現世に送り返される(江戸時代・17世紀 宮内庁三の丸尚蔵館蔵)※※3回の展示替えあり。巻第10・第19段は3月26日~4月14日に展示
巻第15 第17段 部分 83歳で大往生した小栗のもとに如来や菩薩、明王、神々らが集まり供養する最終盤のクライマックス(江戸時代・17世紀 宮内庁三の丸尚蔵館蔵)※3回の展示替えあり。巻第15・第17段は4月16日~29日に展示
巻第15 第17段 部分 83歳で大往生した小栗のもとに如来や菩薩、明王、神々らが集まり供養する最終盤のクライマックス(江戸時代・17世紀 宮内庁三の丸尚蔵館蔵)※3回の展示替えあり。巻第15・第17段は4月16日~29日に展示

 文化庁文化財調査官 筒井忠仁さん

 説経節を題材にした、元々は26巻にもなる全長300メートルを超す長大絵巻だ。岩佐又兵衛が工房を指揮して描いたとみられ、連続した場面の同一人物の顔も少しずつ違っている。

 画面は細部までびっちり描き込まれ、その積み重ねが全体のすごさを生んでいる。脇役の衣装や道具でさえも多彩な文様と色遣いで描かれ、装飾やつやなどの質感は見事で、木目までおろそかにしていない。理由は不明ながら、絵の具の発色が非常に良く、まれに見るほどオリジナルの表現がよく分かる。

 又兵衛の革新性は、人物の表情や動きを劇的に表現したところだ。古くは「源氏物語絵巻」などにある人物の表情は、ほぼゼロだ。しかし、又兵衛はいちいち丁寧に描いていく。通常の絵巻は人間などを小さく描くが、又兵衛は馬やたか、龍でも画面に大きく描き、ダイナミックさを出している。

 第10巻で、非常に面白いのが閻魔えんま大王の場面だ。従来、地獄の絵図などイメージの世界を自在に絵に描ける絵師はいなかった。又兵衛は、現代の漫画家のように面白い図様を創出できたのだ。第15巻では、来迎した大勢の神仏を一つにまとめ、仏画と妖怪画を折衷したような「これぞ又兵衛」という絵に仕上げている。

 これら奇想、奇抜な印象が強いが、私が注目しているのが、又兵衛は実は古典の高い教養を持っていたことだ。和歌も詠んだ。又兵衛の書いた紀行文を読み解くと古典文学が引用され、かなり素養がないと書けない。古典の裏付けがあったからこそ、絵巻の詞書ことばがきを忠実にうまく再現でき、独自の画像を生み出す才能を発揮できた。実際、過去に描かれたお決まりの地獄の絵などの知識を下地に、「小栗判官絵巻」では、山の上を歩く閻魔大王など新規の絵柄に発展させている。人喰ひとくい馬を乗りこなすシーンでは、物語にある多彩な馬術テクニックの知識を理解した上で、きちんと描いていることが分かる。

 同時代には、宮中とつながりが深かく奥ゆかしい絵を描いた俵屋宗達らもいるが、戦国武将の子である又兵衛は、武家のパトロン(注文主)の趣味も受け、どぎつさなど時代の嗜好しこうを敏感に察知して表現した。「山中やまなか常盤ときわ物語絵巻」「堀江物語絵巻」など血なまぐさいグロテスクな絵巻もある。何でも過剰に表現し、細部に対する執着が特質だった。

 卑俗な文化が徐々に下層へ流れゆこうとした時代。又兵衛はその媒介役を果たした。上品さを少し失って下世話になった絵は、分かりやすさが増した。後世はこうした側面をまねし、それが浮世絵とつながった。又兵衛が浮世絵の祖とも言われるゆえんだ。(談)

【岩佐又兵衛の絵巻】岩佐又兵衛とその工房が制作に関与した絵巻には、古浄瑠璃に基づく「山中常盤物語絵巻」(MOA美術館)や「堀江物語絵巻」(諸家分蔵)、「浄瑠璃物語絵巻」(MOA美術館)などがある。あだ討ちを描いた「山中常盤物語」「堀江物語」は、血しぶきが飛ぶむごたらしい場面も多い。こうした描写の解釈などを巡り、絵巻の制作順などは意見が分かれる。現在、東京都美術館(東京・上野)の「奇想の系譜展」で「山中常盤物語」などが出品されている。

修理対象の文化財8件決定…絵画、彫刻、工芸、書跡各2件

 「紡ぐプロジェクト」が2019年度から修理を行う文化財8件が正式決定した。緊急性が高い中から、今回は皇室とのゆかりなども考慮し、絵画、彫刻、工芸、書跡から2件ずつ選んだ。選考委員会の根立ねだち研介委員長(京都大教授)は「多額の修理費用が捻出できない所蔵者も多く、地方自治体の財政も逼迫ひっぱくしているため、民間助成に厚みが増すのは喜ばしい」と話す。

 修理対象作品を紹介する。

 

国宝「 阿弥陀あみだ 二十五 菩薩来迎ぼさつらいごう 図」( はや 来迎、京都・知恩院蔵)

国宝「阿弥陀二十五菩薩来迎図」鎌倉時代・14世紀 京都・知恩院蔵
国宝「阿弥陀二十五菩薩来迎図」鎌倉時代・14世紀 京都・知恩院蔵

 鎌倉仏画の傑作。往生者のもとに阿弥陀如来と菩薩が飛雲に乗って降下して来る情景だ。前回修理から約85年が経過し、横折れや絵の具の剥落はくらくが進んでおり、絹の裏の肌裏紙を取り換える。画面の描写も鮮明に見えるようになるとみられる。

 

国宝「 普賢ふげん 菩薩像」(東京国立博物館蔵)

国宝「普賢菩薩像」平安時代・12世紀 東京国立博物館蔵
国宝「普賢菩薩像」平安時代・12世紀 東京国立博物館蔵

 白い象に乗る菩薩の麗しい輪郭を従来の朱ではなく墨の線で描く。奥深い彩色と極細の金箔きんぱくを貼った「截金きりかね文様」は美麗だ。しかし、絹や絵の具の傷みが著しく本格的な修理を行う。「日本絵画を代表する作品で研究者もかなり注目する事案」とは増記ますき隆介委員(神戸大准教授)。近年の調査で、截金文様の周辺では従来指摘されなかった表現が見つかっており、修理の過程で技法解明のヒントが得られる可能性もあるという。

 重要文化財「木造観音菩薩〈梵天ぼんてん/帝釈天〉立像りゅうぞう二間ふたま観音)」(京都・東寺蔵)

 白檀びゃくだんを用いた鎌倉時代の三尊像。かつては宮中に安置されて天皇の仏事の本尊とされた。精緻せいちな截金文様が浮き上がっており、「定着させるミクロ単位の修理」(文化庁)になる。

 

重要文化財「木造 執金剛神しゅこんごうしん 立像・木造 深沙じんじゃ 大将立像」像内納入品(和歌山・高野山金剛峯寺蔵)

 鎌倉時代の快慶作の2像。深沙大将像から見つかったお経「宝篋院陀羅尼ほうきょういんだらに」は断片化しており、丁寧に開いてつなぎ合わせる。

 国宝「 直刀ちょくとう   黒漆平文太刀拵くろうるしひょうもんたちこしらえ 」(茨城・鹿島神宮蔵)

国宝「直刀 黒漆平文太刀拵」奈良~平安時代・8~9世紀 茨城・鹿島神宮蔵
国宝「直刀 黒漆平文太刀拵」奈良~平安時代・8~9世紀 茨城・鹿島神宮蔵

 日本最大の古代刀で刀剣史上極めて重要なもの。刀身・拵の制作は奈良~平安時代にまで遡る。劣化が見られる拵の漆地や金具を処置し、刀身の保存を図るために白さやも調製する。

 

重要文化財「 刺繍ししゅう鍾馗しょうき 図陣羽織」(東京・前田育徳会蔵)

重要文化財「刺繍菊鍾馗図陣羽織」 桃山時代・16世紀 東京・前田育徳会蔵
重要文化財「刺繍菊鍾馗図陣羽織」 桃山時代・16世紀 東京・前田育徳会蔵

 前田利家所用と伝わる桃山時代の陣羽織。武将が鎧の上に着た陣羽織は奇抜な意匠も競われ、屈強な「鍾馗」をあしらう。金銀の摺箔すりはくによる華やかな装飾だが、刺繍の針孔から亀裂が生じており、断裂部などを改善する。

 重要文化財「正親おおぎまち天皇宸翰しんかん消息」(京都・大雲院蔵)

 室町時代末期~桃山時代に在位した正親町天皇の自筆の文書。皇子、皇女の養育に関わる事柄を書いたもの。料紙の横折れが著しく、表具にも虫の穴が多く生じた深刻な状況で、修理の緊急性が極めて高いとされた。

 

重要文化財「 道邃和尚どうずいかしょう 伝道 もん 」(滋賀・延暦寺蔵)

 平安時代に入唐した最澄が道邃から授かった伝道文の写しとされる。「最澄こそは天台大師(智●(ちぎ)=偏は「山」の下に「豆」、つくりは「頁」)の再来」という内容。解体して補強する。横内裕人委員(京都府立大教授)は「古文書は、目に見えないような記号や符号が、墨ではなく爪や楊枝ようじのようなもので押しつけて書かれてもいる。繊細な修理作業が必要だ」と話す。

 ◇

 特別展 御即位30年記念 「両陛下と文化交流―日本美を伝える―」東京・上野の東京国立博物館で開催中、4月29日まで

※修理対象の8件は「両陛下と文化交流」展で展示はしません。

482268 0 紡ぐプロジェクト 2019/03/12 05:00:00 2019/03/12 05:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/03/20190311-OYT8I50057-T.jpg?type=thumbnail

おすすめ記事

アクセスランキング

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)
ページTOP
読売新聞社の運営するサイト
ヨミダス歴史館
ヨミドクター
発言小町
OTEKOMACHI
元気ニッポン!
未来貢献プロジェクト
The Japan News
美術展ナビ
教育ネットワーク
活字・文化プロジェクト
よみうり報知写真館
読売新聞社からのお知らせ