[覇権 米中攻防]人民元 拡大一路

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基軸に対抗…習政権の外交ツール

 中国の通貨・人民元は、経済力の向上と歩調を合わせ、国際金融市場での存在感を高めてきた。習近平シージンピン国家主席が政権を掌握してからは、国威発揚も意識して「人民元の国際化」を目指す動きが加速している。ただ、国の管理が強すぎることが足かせとなり、ドルを脅かすほどの影響力は持ち得ていない。

救世主

 人民元の動向が注目を集めた最初のケースは、1997年7月のアジア通貨危機だ。投機筋に狙い撃ちされたタイの通貨・バーツが急落した後、インドネシアや韓国、マレーシアなどにも飛び火し、各国の経済は深刻なダメージを受けた。

 周辺国通貨の値下がりを受けて輸出競争力が低下した中国も、人民元の切り下げに動くとの観測が高まった。しかし、朱鎔基ジューロンジー首相は元切り下げを踏みとどまり、結果的に通貨危機の収束に貢献したと評価された。朱氏は当時、日本の金融関係者からも意見を聞いて決断の参考にしたという。

 人民元が再び脚光を浴びるきっかけとなったのは、2008年のリーマン・ショックだ。中国は発生から間を置かずに4兆元の景気対策の発動を決断。国内経済の腰折れを防ぐとともに、世界が金融危機から立ち直る糸口を与えた。欧米メディアは「人民元パワーが世界を救った」ともてはやした。

 自信を深めた中国は、米ドルを基軸とした体制に疑問を投げかける。周小川ジョウシャオチュアン・中国人民銀行総裁(当時)は09年3月に発表した論文で、ドルに代わる国際的な準備通貨として、IMFの特別引き出し権(SDR)を活用すべきだと主張した。ドルに偏った金融市場が経済の不安定化をもたらし、リーマン・ショックを引き起こした遠因となった、との指摘だ。

SDR

 習氏は国家主席に就任した13年以降、中国と欧州を陸海のシルクロードで結ぶ巨大経済圏「一帯一路」構想を発表するなど、海外向けの行動を加速させる。14年12月に開かれた重要会議「中央経済工作会議」の声明には、海外への経済進出の一環として、「人民元の国際化を着実に進める」との文言が初めて記された。

 人民元が外国との貿易決済などに利用され、海外での利用が増えれば、中国企業は為替変動のリスクを回避するメリットを享受できる。かねて主張してきたドル基軸体制の打破を目指す動きとも解釈できる。

 国際銀行間通信協会(SWIFT)によると、国際決済で人民元が使われた割合を通貨別に見た順位は、10年には35位だったが、11年には15位に上昇。ピークの15年8月には初めて日本円を抜き、4位(2・79%)に躍り出た。利用実績の急伸を背景に、16年にはSDR構成通貨に採用された。

 中国はその後も、一帯一路沿線国を中心に人民元の使用を奨励したり、友好国と通貨交換(スワップ)協定を積極的に結んだりするなど、通貨を外交ツールの一つとして使っている。

 だが、SWIFTの最新データ(18年12月)によれば、人民元の使用割合は2・07%にとどまり、最近は伸び悩みが目立つ。中国人民大学・国際通貨研究所の向松祚・副所長は、むしろ「この数年で国際化は後退している」と断言する。影響力が強まらないのは、政府が厳しく管理して使い勝手が悪いうえ、値上がりが期待しにくい通貨を好んで使う人が少ないからだ。

 中国本土での為替レートは、人民銀が毎朝設定する「基準値」をもとに、上下2%の範囲内でしか動かない。ところが人民銀は15年夏、十分な説明もなく人民元レートを大幅に切り下げた。株価急落を招いた予想外の「人民元ショック」の余波は今も消えず、18年は対ドルで5%以上も値下がりするなど、人民元相場は下落傾向が続いている。

 向氏は、「ドルやユーロのように、市場が使いたがる通貨にならなければ、国際化したとは言えない」と指摘する。

 【特別引き出し権(SDR=Special Drawing Rights)】 IMFが加盟国の出資比率に応じて配分する国際準備資産。ドル、ユーロ、ポンド、円、人民元の5通貨で構成される。経済危機などで貿易の支払いなどに使う外貨が不足した場合、SDRと引き換えにドルなどの通貨を手にすることができる。

 【スワップ協定】 中央銀行間で通貨を融通し合う取り決め。金融市場の安定化などの目的で外国通貨を調達する必要がある時に、自国通貨と引き換えに相手国通貨が手に入るようにする。

共産党が戦後発行 国管理の変動相場

 中国の通貨・人民元は、国民党との内戦を続けていた共産党が、1948年12月に初めて発行した。共産党はそれまでも自らの勢力圏で独自の通貨を発行していたが、全国統一を見越して新たな通貨を作った。3年後の51年末には台湾、チベットを除く全国に流通したという。

 78年に改革・開放政策が始まり、市場経済体制への移行を表明。中国の為替制度は変更が繰り返されたが、基本的にはドルとレートを固定しつつ、輸出を有利にするために徐々に切り下げる姿勢は一貫していた。94年には、極めて狭い範囲ながら、米ドルと人民元の相場変動を許可する改革に踏み出した。だが、97年のアジア通貨危機の発生で改革はさたやみとなる。

 2005年にようやく、現在とほぼ同じ「管理変動相場制」に移行した。ドルや円、ユーロなど複数の通貨の値動きに連動して相場を決定する仕組みだ。だが、08~10年は固定相場に戻すなど、実際の運営には不透明な面が目立つ。中国政府の都合を優先した手法に対しては米国などから強い批判を浴びることも少なくない。

国際化は停滞

 基軸通貨として君臨してきたドルの地位が揺らぐ中でも、人民元の国際化に向けた道のりは険しい。中国は「通貨に対する信認をどう得るかという難問に直面している」(公益財団法人・国際通貨研究所の倉内宗夫氏)。

 2012年に中国人民銀行調査統計局は今後10年を対象に3段階からなる資本取引の自由化に向けたロードマップを示した。中期目標として3~5年で貿易関連の規制緩和を進め、人民元の国際化を推進するとの内容だ。

 中国は10年代半ばに、金融政策の独立を維持しながら05年に導入した「管理された変動相場制」を改革。資本規制も段階的に緩めていった。しかし、16年以降は資本規制を強化する方向に転じた。中国からの大規模な資本流出が、人民元の急落による国内経済の混乱につながる恐れがあるためだ。

 中国はドル1極体制の中で輸出主導の成長を遂げてきた。人民元の国際化を掲げるものの、ドルの衰退は中国経済にとって打撃となるジレンマの中にある。

 通貨の国際化は、変動相場制への移行や資本移動の自由化が前提となる。その実現には時間がかかることから、野村資本市場研究所の関志雄氏は「米中のGDPが逆転しても基軸通貨の交代は考えにくい」とみる。

 

 ※ニューヨーク支局・有光裕、中国総局・鎌田秀男、経済部・河野越男、デザイン部・安芸智崇、編成部・中林徳人が担当しました。

420416 1 経済 2019/02/03 05:00:00 2019/02/04 18:27:56 2019/02/04 18:27:56 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/02/20190202-OYT1I50073-T.jpg?type=thumbnail

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