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[安保60年]第2部 経済安全保障<1>技術狙う中国「千人計画」

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 内閣官房の国家安全保障局に4月1日、経済安全保障政策の司令塔となる「経済班」が設置された。安全保障の観点から経済・科学技術政策を検証し、監視を強める。経済安保の現状と課題を探る。

軍事転用へ海外の科学者招致

 北京・天安門広場から約3キロ・メートルにある25階建て高層ビル。22階の一室で暮らすのは、北京理工大教授の日本人男性(70)だ。約35万円の家賃のほとんどは中国政府の予算で支払われ、温水プールやジムも併設されている。

 「中国政府の千人計画に応募しませんか」

 人工知能(AI)を専門とする東工大教授だった男性のもとに中国の国家プロジェクトへの参加を呼びかける1通のメールが届いたのは6年ほど前だ。送り主は、かつて同大で共に研究に当たった北京理工大の中国人教授だった。

 年度末に定年退職を控え、「まだ何かをやりたい」と思っていたこの男性は呼びかけに応じた。

 5年間で1億円の研究資金や給料、手厚い福利厚生――。千人計画の特徴は、破格の待遇だ。計画に詳しい関係者によると、「世界中から毎年数千人の応募が殺到し、採用は宝くじに当たるほど難しい」という。

 男性は、大学の一室に約300平方メートルの研究室を構え、約15人の中国人学生の指導に当たるほか、論文発表や特許申請、国際会議の開催など中国政府が求める20余りの仕事を5年間継続している。

 中国が外国の研究者を厚遇で囲い込んでいるのは、外国の進んだ技術を自らのものにしようという狙いからだ。だが、純粋に科学的な理由だけではない。

 「科学技術・経済・軍事において機先を制して有利な地位を占め、将来の戦争の主導権を奪取する」

 中国は2016年7月に発表した軍民融合戦略に関する方針に、こう明記している。中国にとって、軍事と民間の境目はない。むしろ、民間技術を軍事的な優位性につなげようと血眼になっている。

 男性の研究も、軍事転用が可能だ。

 「応用すれば、無人機を使って攻撃したり、自爆したりすることができる」

 男性はこう認める。そのうえで、「自身は軍事研究に関わらず、日本に迷惑をかけないようにと考えている」と釈明しつつ、中国側の狙いについて「中国の大学は、軍事技術を進化させる研究をして成果を出すのが当たり前だという意識が強い。外国の研究者を呼ぶのは、中国にはない技術の流出を期待しているからだろう」と語った。

 米国では、千人計画を通じて機微な情報が奪われかねないとして、監視や規制を強めている。

 ◆千人計画=世界トップの科学技術強国を目指して海外から優秀な人材を集める中国の国家プロジェクト。2008年から実施され、海外で活躍する中国人研究者らを呼び戻すもののほか、外国人を対象にした通称「外専千人計画」がある。「外専」は11年から10年間で500~1000人の採用目標を掲げている。

 ◆軍民融合=最先端の民間技術の軍事転用を積極的に進める中国の国家戦略。2016年3月、中国共産党の第13次5か年計画(16~20年)に「軍民のより深い融合の推進」を明記した。17年1月には、習近平(シージンピン)国家主席自らをトップとする「中央軍民融合発展委員会」を設立し、中国軍の近代化を図っている。

対応急ぐ米 日本出遅れ…中国との研究 乏しい問題意識

 「千人計画は、機微な情報を盗み、輸出管理に違反することに報酬を与えてきた」

 米司法省は今年1月、中国湖北省の武漢理工大で千人計画に参加していた事実を米政府に隠し、虚偽の説明をしたとして、米ハーバード大化学・化学生物学科長のチャールズ・リーバー教授を起訴した際、千人計画について、訴追資料の中でこう指摘した。リーバー氏はナノテクノロジーの世界的な権威として知られ、国防総省からも研究を受託していた。

 千人計画などの経済安全保障上のリスクを詳細に調べた米上院小委員会の昨年の報告書も、「千人計画は、米国の経済そして安全保障上の国益を害する」と強調する。

 報告書は、千人計画について〈1〉研究に補助している米国の政府・団体にうそをつかせる〈2〉米国にあるのと全く同じ研究施設を再現する「シャドーラボ」(影の研究室)を作らせる〈3〉入手が困難な知的資本を移転させる――といった米国の科学技術研究の原則に反する行為への動機を与えると指摘する。

 実際、中国の人材招致計画に応募した研究者が、米軍の最新鋭ステルス戦闘機F35のエンジンに関するデータを中国に流出させた事例も報告されている。

 参加者が署名する契約書に、千人計画への参加や中国での研究成果を公表させない条項が含まれている場合もあるという。

 千人計画は、中国が実施中の200を超える人材招致計画の一つだ。こうした中国の計画に参加した外国の科学者や技術者、投資家らは2018年までで7000人を超えるとされる。

        ◇

 米政府は18年以降、中国への技術流出の防止策を次々と強化している。

 米連邦捜査局(FBI)の幹部は今年2月の講演で、中国関連の技術窃盗で19会計年度(18年10月から19年9月)に24人、20会計年度には2月までに19人を逮捕したと明らかにした。

 エネルギー省は昨年6月、省内の研究者や同省の予算を使う企業、大学などの関係者が外国の人材招致計画に参加することを禁止した。ホワイトハウスも同年5月、米国の科学技術システムに対する外国の不正行為を防止するための共同委員会を設置した。

 こうした措置と並行し、大学や研究機関が扱う機微な新興技術に関する輸出規制も強化している。18年8月に制定された輸出管理改革法(ECRA)に基づき、「バイオテクノロジー」や「AI・機械学習」、「ロボティクス」、「極超音速」など安全保障に不可欠とされる14分野の新興技術に関する輸出規制を今年前半にも施行する見通しだ。

        ◇

 これまでも軍事技術の保護に神経をとがらせてきた米国でさえ、千人計画への監視や規制が強化されたのは18年になってからだ。米国ほど危機意識のない日本の対応は当然、遅れている。

 日本では、千人計画への参加に関する規制はない。共同研究や寄付に関する政府への報告義務もなく、技術管理も大学ごとの取り組みに依存している。

 学術界では、国内科学者の代表機関・日本学術会議が1950年、「戦争を目的とする科学の研究には絶対に従わない」とする声明をまとめ、現在も防衛装備庁の研究助成制度への参加に反対するなど、安全保障分野での研究や開発をタブー視している。

 ところが、中国の軍事技術の発展につながる可能性がある共同研究などについては、問題意識が乏しい。

 経済安保に取り組む自民党のルール形成戦略議員連盟の甘利明会長は、「学術会議は軍事研究につながるものは一切させないとしながら、民間技術を軍事技術に転用していく政策を明確に打ち出している中国と一緒に研究するのは学問の自由だと主張し、政府は干渉するなと言っている。日本の技術が中国の軍事技術に使われようとしても防ぐ手立てがないのが現状だ」と語る。

 日本の科学技術が日本の安全保障には生かされず、中国の軍事力近代化に貢献しかねない状況だとすれば、放置していいはずがない。手遅れになる前に、リスクを排除する対策が求められる。

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1202205 1 経済 2020/05/04 05:00:00 2020/05/16 05:00:10 2020/05/16 05:00:10 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/05/20200504-OYT1I50002-T.jpg?type=thumbnail

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