読売新聞オンライン

メニュー

[あすへの考]【日本復活の処方箋】もはや豊かな先進国ではない…経済評論家 加谷珪一氏 51

[読者会員限定]
メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

 バブルが崩壊したのは1990年代初めだ。日本経済は今なお、低成長に苦しむ。コロナ禍による停滞も追い打ちをかけ、「日本はもはや後進国」との指摘も出始めた。「失われた30年」という、長くて暗いトンネルに出口はないのか。経済評論家の加谷珪一さんに、復活に向けた処方箋を尋ねると、「日本は小国になるが、それは豊かになるためのチャンスでもある」との明快な答えが返ってきた。(編集委員 吉田清久)

物価安がインバウンドの一因。改革を怠り、競争力低下

「世界的な脱炭素の流れを受け、日本政府も2050年までに、温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする目標を掲げています。脱炭素へのシフトは日本企業にとっても大きなチャンスです。取り組みを加速させてほしいですね」(東京都港区で)=鈴木竜三撮影
「世界的な脱炭素の流れを受け、日本政府も2050年までに、温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする目標を掲げています。脱炭素へのシフトは日本企業にとっても大きなチャンスです。取り組みを加速させてほしいですね」(東京都港区で)=鈴木竜三撮影

 「日本は安い国になった」

 最近そんな声を耳にします。私は香港のホテルでビールを注文したところ1500円以上取られてびっくりしたことがあります。国内にいては、わからないかもしれませんが、日本の物価は今や欧米や一部のアジア諸国と比べて低水準です。コロナ禍で下火になっていますが、訪日外国人(インバウンド)がどっと増えた一因は「日本の安さ」にもあるのです。

 日本人にとって「日本が世界でも指折りの経済大国」であることは当たり前の話でした。その常識が崩れ始めているのです。

 なぜそうなったのでしょうか。

 バブル崩壊以降、日本経済はほぼ「ゼロ成長」の状態が続いており、賃金水準は上昇していません。この間、先進諸国は国内総生産(GDP)を1・5倍から2倍に拡大させました。日本は相対的に貧しくなったわけです。「今はもう豊かな先進国ではない」というのが実情です。

 日本経済が成長を止めた理由の一つには、「ビジネスのIT化」にうまく対応できなかったことがあります。

 1990年代以降、パソコンが普及しました。先進諸国の多くの企業は、普及と同時並行で、ビジネスのIT化を積極的に進めました。

 ところが日本は「従来型の産業モデル」にしがみついて、改革を怠りました。その結果、業務の効率化が進まず、生産性も伸びていません。国際競争力は低下したままです。確かにエレクトロニクス製品など日本製が世界市場を席巻したことがありましたが、それは過去の話です。全世界の輸出における日本のシェア(市場占有率)は低く、今や日本は「輸出大国」ではありません。

かや・けいいち 1969年生まれ。宮城県出身。93年東北大学工学部原子核工学科卒。日経BP社記者を経て投資ファンド運用会社で企業評価や投資業務を担当。その後、独立して省庁や政府系金融機関のコンサルティング業務に従事。著書は「戦争と経済の本質」(総合法令出版)、「中国経済の属国ニッポン」(幻冬舎)など多数。
かや・けいいち 1969年生まれ。宮城県出身。93年東北大学工学部原子核工学科卒。日経BP社記者を経て投資ファンド運用会社で企業評価や投資業務を担当。その後、独立して省庁や政府系金融機関のコンサルティング業務に従事。著書は「戦争と経済の本質」(総合法令出版)、「中国経済の属国ニッポン」(幻冬舎)など多数。

 では日本経済が復活するための処方箋は何でしょうか。

 まずは、日本企業の生産性を高めることです。

 例えば、同じ金額を稼ぐのに、日本は米国に比べ、より多くの人が働いています。日本人は勤勉で、ダラダラ仕事をしているわけではないのに、どうしてなのか。

 日本企業は基本的に雇用が過剰だからです。ある調査によれば、日本企業には「仕事はないが、会社に籍がある」という従業員が400万人もいるといいます。全従業員の1割に相当します。この「社内失業者」が転職し、別の仕事に従事すれば、その分、生産性を上げることができるのです。

 日本は「終身雇用」「年功序列」が根強く、多くの人は転職に抵抗感があるかもしれません。しかし、人材が流動化すればもっと多くのサービスを創出できるはずです。 そのためには、転職しやすい環境をつくる必要があります。行政による支援は必須です。スキルアップが簡単にできる「職業訓練プログラム」の充実を政府は成長戦略の柱にすべきです。

 もう一つの処方箋は「薄利多売」をやめることです。

 生産性は、企業が生み出した「付加価値」を「労働量」で割ったものです。生産性を上げるには、「利益を増やす」か「社員数を減らす」かの二つしかありません。

 日本では「大量生産全盛時代」の名残なのか、安い商品をたくさん作ってしまう傾向が、いまだにあります。しかし、消費者マインドをつかんだ商品なら、高くても買います。企業の利益は増え、その分、賃金は上昇し、購買力も増加する。その好循環で全体の個人消費も拡大する。生産性を上げることで、経済が回るわけです。

 昨年から猛威を振るう新型コロナウイルスは、経済や社会のあり方を変えようとしています。

 コロナ禍を機に、リモートワークが普及し、キャッシュレス決済も一段と定着しました。現場ではリモートでの営業も盛んに行われています。AI化、情報システムのクラウド化も加速しています。

 こうしたデジタル化を中心とした変化は、これまで10年、20年をかけて起こるとみられてきました。ところが、コロナ禍が後押しする形で、5年、7年に前倒しされるかもしれないのです。

 日本企業はこの機を逃してはならないと思います。業務のデジタル化を進めるとともに、高い付加価値を提供するビジネスにシフトすべきです。

 逆にこのまま何もしないと、日本は世界から大きく取り残されます。ポスト・コロナのこれからの10年間は、「戦後の焼け野原」から復興した時と同じ気持ちで経済に取り組むべきです。そうすればバブル崩壊後の「失われた30年」を一気に挽回できるはずです。

 コロナ危機は日本が、国内消費経済を主体とした「小国」にシフトするきっかけになると思います。いまこそ「コンパクトな消費国家」を目指すべきです。人口減少が進んでいるのは事実ですが、裏を返せば、一定の生活水準を維持した1億人以上の国内市場がまだあるということです。

 日本が「小国」になることについて懸念を抱く方もいるかもしれませんが、「小国」ながらも「豊かな社会」を実現すればいい。世界を見渡すと、オーストラリア、ニュージーランド、スイス、スウェーデンなど人口は少ないが豊かな国がたくさんあります。

生産性を上げ、経済を回す。「コンパクトな消費国家」目指せ

 中国とどう向き合うかも大きなポイントです。中国の高成長は当分続き、2030年ごろには、米国を抜いて世界最大の経済大国になるとみられています。

 一方で米中「新冷戦」の余波で、米国が、中国との間で経済のデカップリング(切り離し)を進めています。このまま世界経済は米中欧の3極を中心としたブロック経済に移行する可能性があります。

 中国では、経済力に加え、技術力も急ピッチで向上しています。これまでのグローバルスタンダードだった「米国基準」に対抗する形で、「中国基準」が世界で広まっています。例えば技術や商慣習、金融などの分野です。

 日本は中国を中心としたアジア経済圏の構築に自ら参画していくのか、それともその枠組みと距離を置くのか、という選択を迫られるかもしれません。

 日本は「自由」や「民主主義」といった価値観を中国と共有していません。隣にそうした大国が出現している現実は、重大な脅威です。日本は当面、米国と協調して中国と 対峙たいじ すべきです。

 ただ、中長期的な戦略も必要です。価値観を共有しない中国と一定の距離を保つには、日本は、中国向けの輸出に依存せず、完全な消費主導経済にシフトする必要があります。

 その意味でも日本は従来の「輸出立国主義」を脱却し、内需に軸足を置いた「コンパクトな消費国家」に変わるべきです。1億人の市場があれば国内市場だけでも十分な収益を得ることができます。

 耳が痛いことかもしれませんが、日本では自国に優れた技術力と輸出競争力があることをいまだに前提として議論をしています。

 「豊かな国」になるために、今一度、現状を見つめ直す必要があると思います。

[メモ]

 デカップリングは英語で「切り離し」「分離」などを意味する。元来は安全保障の専門用語として使われた。「米中経済デカップリング」は、中国がハイテク分野で優位に立つことを阻止し、米経済の中国依存度を下げるべきだという考え方。

無断転載・複製を禁じます
2197093 1 経済 2021/07/11 05:00:00 2021/07/11 05:00:00 2021/07/11 05:00:00 7月組み「あすへの考」用、経済評論家の加谷珪一さん。よく散歩する芝公園の近くで(5月31日、東京都港区で)=鈴木竜三撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/07/20210710-OYT1I50126-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)