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「世界でたった一つの日本酒」創業155年の蔵元が描く未来…長野・仙醸

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 南アルプスの豊かな伏流水と地元で収穫される最高品質の酒米から個性ある日本酒が生み出される。長野県・高遠にある創業155年の蔵元「仙醸」が今月、クラフト酒という新たな取り組みを始めた。顧客が酵母、米、仕込み水、発酵、仕上げの各工程で何を使うか、どうするのかを自由に選び、世界でたった一つの日本酒を少量生産できる制度だ。6代目の黒河内貴社長(44)は、伝統にとらわれない柔軟な発想で挑戦を続けている。(英字新聞部 森太)

仙醸の商品を手に笑顔を見せる黒河内社長(左から5人目)と従業員ら。=森太撮影
仙醸の商品を手に笑顔を見せる黒河内社長(左から5人目)と従業員ら。=森太撮影

「こだわりのあるお酒を少しずつ」

 「安いお酒を大量につくって大量に消費する時代は、とっくに終わりました。今はこだわりのあるお酒を少しずつ楽しむ時代です」。美しい田んぼが広がる風景の中に仙醸はある。創業間もない時代の写真が飾られた部屋で、黒河内氏が語る。「それならば、商品を買うだけでなく、自分で作ってみたら楽しいのでないでしょうか。おいしくできるかどうかはともかく、こんな味になるんだという驚きや発見がありますよ」

日本酒をはじめとする仙醸の商品(仙醸提供)
日本酒をはじめとする仙醸の商品(仙醸提供)

 酒のオートクチュールとも言えるクラフト酒は、夏季につくる。冬は、本業の酒造りが忙しくなるからだ。冷蔵庫を活用し、蒸した米を冷やす工程や発酵は、冬と同じ環境を作って進める。

 まずは酵母選び。種類は多く、発酵力の強さや香りなどそれぞれ個性がある。酵母は、桜の花やラベンダーからも採取できるという。米は、地元産を推奨するが、将来は自由に銘柄を選べるようになる。仕込み水は、地下をとめどなく流れる 贅沢(ぜいたく) な南アルプスの伏流水がある。ただ黒河内氏は「北極から100リットルとか200リットルの水をくんできていただければ、北極水の酒もつくれます」と話す。

 さらに、 (こうじ) 菌の種類、仕込んでからの温度やその期間、生原酒にするのか薄濁り酒にするのか、加熱して数年寝かせるのかなど選択肢は幅広い。米60キロなら720ミリ・リットル瓶で100本、100キロなら166本程度の酒ができるという。「当社にお越しいただき、ここに1~2週間ほど滞在していただければ、一緒にお酒をつくることもできます。外国の方も大歓迎です」

 第1弾として、仙醸自身が現在6種類のクラフト酒をつくっている。日本醸造協会(東京)が頒布する第1号から第6号の酵母を使った6種類で、これらの酵母は明治以降に著名な酒蔵で採取された大変レアなものだ。それぞれの味の違いを楽しむため、ほかの条件は同じにそろえている。

日本醸造協会が頒布する第1号から第6号までの酵母を使って醸造されるクラフト酒のボトル(仙醸提供)
日本醸造協会が頒布する第1号から第6号までの酵母を使って醸造されるクラフト酒のボトル(仙醸提供)

大量生産設備がネックに

 「安いお酒が大量消費された戦後はつくってもつくっても売れました。当社は1984年に大量生産を可能にする設備をそろえたこの工場をつくったんです」。黒河内氏が酒の現代史とともに説明する。「当時、日本酒は職人さんが長年の経験でつくる芸術であり、機械化すべきではないといった批判もあったのですが、当社は日本酒の製造も衛生的、科学的に近代化する道を選んだわけです」

 ところが、全国の日本酒出荷量はその頃、すでにピークを過ぎていて、90年代は下がり続けた。黒河内氏が入社したのは2001年。「毎年すごいペースで減少していて、どうにかできる状況ではなかった」。入社以来、「どうやったら酒が売れるか」と悩み続けた。そうした中、純米吟醸や純米といった酒蔵の個性を追求した酒を増やすしか生き残る道はないという信念が芽生えた。「車は自動運転が進み、将来は運転する必要はなくなるかもしれないが、レースに参加するのは楽しいから残るでしょう。日本酒も大量消費の時代でなくなっても個性を楽しみ、知識を満たす需要はなくならないと思います」

ドン・ペリニヨンの醸造責任者を長年務めたリシャール・ジェフロアの気に入った「黒松仙醸 純米吟醸 金紋錦」=森太撮影
ドン・ペリニヨンの醸造責任者を長年務めたリシャール・ジェフロアの気に入った「黒松仙醸 純米吟醸 金紋錦」=森太撮影

 だが、そうした特別な酒づくりのネックとなったのが大量生産設備だった。1回で6000キロの米を使い、1万5000リットルもの酒ができてしまう。そんな大量の酒を実験で作り、失敗すれば大損害だ。やりたいことのできない苦しさとプレッシャーが重くのしかかった。

 救世主は、2005年に発売した麹100%の甘酒だった。甘酒とは、酒という名がつくがアルコール飲料ではない。当初はまったく売れなかったが、社長に就任して7年後の15年頃、突如として健康面から甘酒ブームが訪れ、売れに売れた。財務内容も改善。そのおかげで700キロや1500キロの小型タンクをそろえ、大量生産する普通酒と、純米や大吟醸といった少量の特別酒の生産を使い分けられるようになった。

 「そんな経験があったので、小さいものをつくる思いは人一倍強いんです」。17年には33年ぶりに 製麹せいきく 室も復活させた。大量の麹を製造できる機械とは別に、木のぬくもりを感じられる真新しい製麹室では、手作業で少量の麹をつくれるようになり、特定酒の品質が上がった。そこから、ドン・ペリニヨンの醸造責任者を長年務めたリシャール・ジェフロアをうならせた「黒松仙醸 純米吟醸 金紋錦」も生まれた。

 ほかにも小型タンクより小さい極小タンクもそろえるなど、今年に入ってクラフト酒づくりを可能にするすべての設備が整った。

桜の名所ならではのジンづくり

桜が満開の頃の蔵元(仙醸提供)
桜が満開の頃の蔵元(仙醸提供)

 「高遠は桜の名所。その桜を使ったジンを近々完成させる予定です」。黒河内氏は物静かなタイプだが、胸に抱いた思いは熱い。さらなる挑戦について語り始めた。

 「私のような蔵元の跡取りはみんな日本酒を売らなきゃと思っているんです。日本酒という枠の中でしか物事を考えていない。そこからちょっとでもはみ出すと、格下のものとして見る癖がある。実は私もそうでした。もちろん酒に軸足を置くのは大事なことですが、そこからはみ出したところにもチャンスがある。そう思うようになったんです」

 頭の中のスイッチが切り替わったのは、甘酒とその後発売したどぶろくの成功が大きい。米を発酵、蒸留してつくる米焼酎もつくった。その米焼酎を活用すれば、国内外で人気の高まっているクラフトジンがつくれる。そのためにスピリッツ製造の免許も新たに取得した。これが奏功し、コロナウイルス感染症が拡大した昨年は、高いアルコール度数の消毒液を発売でき、大きな収益にもつながった。

 もちろん欧州で長い歴史を持つジンは奥が深い。どんな材料を使い、どんな香りをつけるのか。「南アルプスとこの土地の標高差は2300メートルあり、その植生も標高によって異なる。高遠の桜と、南アルプスを表現したジンをつくりたい」。試行錯誤しながら試作を繰り返している。

「超健康エナジードリンク」

 「日本酒にも、甘酒にも、どぶろくにも、焼酎にも共通して言えることは米を発酵させて商品を作ることです。すべてを統合する理念として、米発酵文化の発展を提唱しています」

 実は、これには従業員らを説得するという理由もあった。甘酒の製造を始めた時、現場から反発が出た。「日本酒をつくるために働いているのになぜ甘酒なのか」と。そこで黒河内氏は、「米発酵文化」の標語を考え、これを社の理念として打ち出し、ホームページにも掲載した。日本酒以外の商品の売り上げが伸びてくるに従い、従業員たちの考えも変わり、何より黒河内氏自身の迷いが消えた。

 「発酵食品は健康にいい。甘酒は、水と麹だけでできた超健康エナジードリンクです。でも世界的には知られていない。日本発の米発酵食品には、明るい未来しか見えない」。黒河内氏は今、自信を深めている。それが広まれば、消費が落ちている米の生産も増える。高遠のすばらしい景観は守られ、地域の発展につながる。それが「仙醸の使命」と考えている。

仙醸https://www.senjyo.co.jp/ ) 長野県伊那市高遠町上山田2432。南アルプスのふもと、伊那谷の高遠に江戸末期の1866年創業。代表銘柄は「黒松仙醸」。クラフト酒は166本で33万円から。米の種類や精米歩合により異なる。1~6号酵母のクラフト酒はクラウドファンディング( https://camp-fire.jp/projects/view/451220 )で受け付け中。全種類入り6本セットは1万5000円(国内送料、税込み)。10~11月に届ける。問い合わせは、 info@senjyo.co.jp

プロフィル   黒河内貴 (くろごうち・たかし) 1976年生まれ。慶応大学文学部史学科卒。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で国際関係史を学ぶ。2001年に仙醸入社。09年から現職(6代目蔵元)。

◆この記事は、日本の地方から「おいしい、美しい、素晴らしい」を世界に紹介するジャパン・ニューズの新企画「Delicious,Beautiful,Spectacular JAPAN」の第1弾です。

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使い方
2234769 0 経済 2021/07/26 12:00:00 2021/08/26 18:18:37 2021/08/26 18:18:37 蔵元の入口で仙醸の商品を手に笑顔を見せる黒河内社長(左から5番目)と従業員ら。=森太撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/07/20210721-OYT8I50071-T.jpg?type=thumbnail

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