ネット記事・広告 信頼向上を…村井純氏 慶応大教授[岐路の資本主義]特別編 デジタル時代の情報危機

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 「プラットフォーマー(サービス基盤の提供者)」と呼ばれる巨大IT企業は、ニュースやSNSなど、メディアのサービスも提供している。スマートフォンで無料で便利に使える一方、世の中の情報を意のままに操ることができる危うさをはらむ。「インターネットの父」と呼ばれる村井純・慶応大教授(67)に聞いた。

中露との対立長期化、しわ寄せは消費者に[岐路の資本主義]第3部 分断<2>

夢物語

むらい・じゅん 1955年東京都生まれ。工学博士。専門は情報ネットワーク。インターネットの勃興期から整備に携わり、英語中心だったネットの多言語化などに尽力した。政府の有識者会議の委員などを歴任し、ITの政策や法制に携わった。近年ではデジタル庁の設立に貢献した。
むらい・じゅん 1955年東京都生まれ。工学博士。専門は情報ネットワーク。インターネットの勃興期から整備に携わり、英語中心だったネットの多言語化などに尽力した。政府の有識者会議の委員などを歴任し、ITの政策や法制に携わった。近年ではデジタル庁の設立に貢献した。

 インターネットを使うようになって30~40年たったが、最初は学術界やネットを作った人間のためのものだった。その頃はごくわずかな人しか使っていなかった。当時から「(次世代のネットとされる)ウェブ3」や「(ネット上の仮想空間)メタバース」のような構想はあったが、利用者が少なかったので夢物語だった。

 今はほとんどの人がネットを使うようになった。ネットはメディアの役割も担うようになり、そこに近づきつつある。現在は米グーグルの検索サービスや巨大IT企業のSNSが媒介して情報を届けたり、利用者と双方向のコミュニケーションができたりしている。

 サービス上では、 誹謗ひぼう 中傷やフェイク(偽)ニュースなどが流通しているという課題があるが、過渡期だと思う。

 プラットフォーマーは、利用者の要望に沿って対応する。それはやるべきことだし、実際に自主的に進めてきた。

 しかし、もう一つのアプローチとして、私たちが新たに何を作るべきかを考えないといけない。本質的には、情報の提供者と受益者(利用者)がどういう関係にあるべきかを追求していくことが一番大事だ。

 新型コロナウイルスが発生してからの2年間で、テレワークなど家にいて全てのことが完結できるといった本来20年先に起きるであろうことを経験した。世の中が10倍速で進んでいるので、10倍速で考えられる人たちが新しい仕組みを作れば、あっという間に変わると思う。

失敗

 今のネットに欠かせないデジタル広告の現在のあり方は、私は失敗していると思う。

 デジタル広告を巡ってはもともと、米IBMと私が一緒に設計した1996年のアトランタ五輪・パラリンピックのサイトで、訪問者の国籍や興味ある競技に合わせたページを表示させる仕組みを作った。それが、利用者の好みに合わせる「ターゲティング広告」につながった経緯がある。それからものすごい勢いで発展した。

 プラットフォーマーは、広告主が広告を、そのターゲットと想定する人と結びつける仕組みを作った。だが、プラットフォーマーが仲介する仕組みがあまりに複雑なため、広告主が自らの意図とは異なる媒体に気づかずに広告を載せてしまうことが起きるようになった。

 例えば、私が漫画の海賊版サイト対策の依頼を受けたとき、海賊版サイトを見たら、「確定申告はお早めに」と国税の広告が出ていた。犯罪サイトに国の広告が出ていたわけだ。広告主とすれば、広告を見てもらうターゲットの精度は高くなっても、意図していたのとは違う掲載先にお金(広告費)を払っているということになる。

 広告はある意味、信頼関係でできている。ある企業が新聞に広告を出す場合、その新聞のすべての記事を気に入るかチェックしなくても、包括的に信頼があれば広告を出すという仕組みだ。

 デジタル広告でも、構造をきちんと明らかにして透明になっていることが重要だ。

 こうしたネットの課題を解決するのに、行き着くところは国際標準化だ。コンテンツと広告の関係に課題を感じる人たちが参加し、プラットフォームの構造を変える標準化の議論を進める必要がある。

 こうしたネット上の標準化に向けては、日本企業の参加意識が薄かった。ネットは地球全体で一つの空間なので、日本が自分のこととして参加すべきだし、同じように考えている世界中の人と力を合わせた方が良い。プラットフォームの今のあり方に問題があるとすれば、標準化に参加するべきだ。現状に問題意識を持っている人はいっぱいいるので、そういう人たちと手を組んで、直していかなければならない。

仕組み作り 日本主導で

証明書

 私たちが取り組んでいるのが、「オリジネーター・プロファイル」(OP)と呼ばれる技術だ。ネット上のニュース記事などのコンテンツ(情報内容)について、もともと誰がどのように作ったのかが確認できる証明書のような仕組みだ。

 利用者は、そのコンテンツやメディアが信頼できるかどうか判断できるし、広告主は信頼できるコンテンツや媒体に広告を出すことができる。広告主が使いやすくて良いと感じ、公益社団法人ACジャパン(旧公共広告機構)のように「世の中のためになる」ものにしたい。

 これができれば、良いコンテンツは信頼されて、人に届く。良いコンテンツを作っている人たちが勇気づけられ、自然とどんどん作られる。フェイクニュースや偽情報対策にも有効に働く。そういう仕組みができたからと言って、情報は信頼よりも速ければいいといったニーズを無理に潰すものではない。「表現の自由」を侵さずに進めることができる。

 今は研究段階だが、標準化に向けて準備ができつつある。標準化を提案して説得するには、実際に運用して信頼を勝ち得て、ビジネスとしても成功する仕組みだと証明する必要がある。まずは関係者と力を合わせて動かし、恩恵を受ける人を広げることで、標準化にも貢献することになる。

期待

 標準化に向けては、日本だけのガラパゴスではなくて、世界中で受け入れられることを念頭におく必要がある。

 私は50年後のネットはどうなるか、というような会議に参加することが多い。参加者はみんな、信頼や倫理が大事だと言う。信頼と倫理で質の高い文化を持つ日本に対する期待はすごく大きい。日本人が精度の高いサービスやシステムを作ることや、災害時に助け合うことが知られているからだ。

 私は日本でなければできない可能性があると楽観的に考えているし、日本が貢献すべき領域だと思う。この議論はあちこちで熟しているので、関係者で合意ができればそう遠くないうちに先に進むだろう。3~5年で新しい世界ができても全然不思議ではない。

 過去のインターネットの発展には、常に複数の岐路があり、修正しながら進んできた。地上がインターネットで覆われ、すべての人が使うという、理想として掲げてきたことはすべて実現している。衛星でインターネットがつながるようになり、山の奥まであらゆることがデジタルデータを通じた「知」として合成されていく。そのときに、情報に対する考え方が大きく発展するのではないか。

 私たちは自分の考え方や生き方を守りつつ、発展していくことから目をそらさず、言いたいことを言い、問題があれば解決策を提案し一緒にやる。こういうことができる雰囲気ができていくのが、これからの社会ではないかと思う。(聞き手 経済部 市川大輔)

OP技術 「虚偽」を識別

 「OP(オリジネーター・プロファイル)技術」は、メディアや広告主、第三者認証などのデータをデジタル化してネット上の記事、広告に付与し、信頼できる発信元からの情報だと表示する仕組み。フェイクニュースや虚偽広告などを広めるサイトを識別しやすくなり、広告主にとってはこうしたサイトに自社の広告が掲出されるトラブルを防ぐことにつながる。

 慶応大を中心にIT事業者や広告会社、メディアなどが参加して開発を進めており、ネット上での実証実験を経て、将来の国際標準化を目指している。

  ◆公益社団法人ACジャパン(旧公共広告機構)= 広告業界が中心となり、テレビCMや新聞広告などを通じて、社会貢献を呼びかける民間団体。公共マナーや環境問題などの啓発・支援活動を続けており、昨年度は海洋プラスチックごみや食品ロスの削減を呼びかける全国キャンペーンをテレビ、新聞などで展開した。

 サントリーの佐治敬三社長(当時)の提唱で1971年に設立された関西公共広告機構が前身。現在は、広告主と広告会社、メディアなど約1000社が正会員となっている。

ニュースに対価 制度化進む…国内は遅れ

 「国家を超えるほどの影響力を持つ」と言われる巨大IT企業に対し、海外では対策を強める動きが広がっている。

 豪州では2021年2月、米IT大手のグーグルとフェイスブック(現メタ)に対し、ニュース記事の対価支払いについて現地報道機関と交渉するよう求める「ニュースメディア交渉法」が議会で可決された。交渉が決着しなければ、第三者による仲裁手続きで強制的に金額などを決定する。

 巨大ITが報道機関のニュース記事を掲載する際に、適正な対価を支払っていないとの問題意識は各国・地域で強まっている。豪州での法制化後、カナダ政府が同様の法案を発表したほか、英国でもIT大手と報道機関の交渉力格差を是正しようとする動きが出ている。

 欧州連合(EU)では著作権制度を活用した対応を取っている。EUは19年、IT企業がネット上に掲載する報道機関の記事に対して著作権を認めるようルールを改正し、適切な対価を要求できる権利を保障した。フランスではこれを国内で制度化した。

 米国の独占禁止当局は、デジタル広告市場での巨大ITの行為を問題視している。米テキサス州などの司法当局は20年、グーグルを反トラスト法違反の疑いで連邦地裁に提訴した。デジタル広告の取引システムを運営する同社が強い立場を利用し、競争を妨げたとしている。

 日本では昨年2月、「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律(透明化法)」が施行された。オンラインモールやアプリストアに、情報開示の状況などを毎年経済産業相に報告することを義務づけるもので、今秋にもデジタル広告分野に対象が拡大される見通しだ。

 一方、国内ではニュース記事の対価支払いを巡る議論は欧米ほど進んでいない。北浜法律事務所の籔内俊輔弁護士は「報道機関側がきちんと対価を支払われているかという疑問を解消し、より良いサービスの提供につながる適正な競争環境の整備を議論することが重要だ」と指摘している。

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3149303 0 経済 2022/07/08 05:00:00 2022/07/08 05:00:00 2022/07/08 05:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2022/07/20220707-OYT1I50135-T.jpg?type=thumbnail

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