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    【OB編】3人の官僚OBに聞く

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     新たな次官をはじめとする財務省幹部の陣容が、7月に整った。言うまでもなく、最優先課題は、失墜した国民の信頼を取り戻すことだ。栄光の時代を知る3人の官僚OBに、「新生・財務省」への注文を聞いた。

    自負心を取り戻せ 元官房副長官 石原信雄氏 91

    • 1952年、地方自治庁(現総務省)入庁。84年、自治事務次官。87~95年に内閣官房副長官として7人の首相を支えた。2006年から地方自治研究機構会長。東大法卒。
      1952年、地方自治庁(現総務省)入庁。84年、自治事務次官。87~95年に内閣官房副長官として7人の首相を支えた。2006年から地方自治研究機構会長。東大法卒。

     戦中まで圧倒的な力を誇っていた内務省は、戦後、連合国軍総司令部(GHQ)に解体され、大蔵省が取って代わった。経済再建の要になり、存在感を高めた。国際金融の交渉を担い、GHQとの意思疎通が円滑だった面もある。

     自治官僚として大蔵省と折衝する際、地方の立場を考え、対等に接してくれる人もいたが、エリート意識が強く、「話を聞いてやる」という尊大な人物も少なくなかった。予算や税制という国家の根幹を預かっているとの自負があり、別格の存在だった。

     (官僚トップの)官房副長官になっても、その「格」を思い知らされた。他省庁は事務次官が人事案を説明しに来たが、なぜか大蔵省は官房長だった。歴代内閣には「大蔵官僚を使えないようでは(内閣として)ダメだ」という意識があった。

     全盛期を見てきた身からすると、決裁文書改ざんなどの不祥事はあり得ない話で、残念だ。政治に対し過度に配慮しているように見え、「並の役人」になってしまったと感じる。

     国の極めて重要な機能を担う財務官僚が、自信喪失状態にあるのは決して良いことではない。かつての自負心を取り戻してほしい。

     ◆内務省 地方行政、警察、建設など内政を広く所管し、「官庁の中の官庁」として絶大な権力を振るった。知事を任命して地方行政を一手に握り、警察を掌握して思想・言論統制に当たったため、終戦後の1947年に解体された。内務省の流れをくむのは、現在の総務省、国土交通省、厚生労働省、警察庁などだ。

    信頼回復へ働くのみ 元大蔵事務次官 保田博氏 86

    • 1957年、大蔵省入省。官房長、主計局長を経て、91年に事務次官。92年に退官し、国際協力銀行総裁などを歴任。東大法卒。
      1957年、大蔵省入省。官房長、主計局長を経て、91年に事務次官。92年に退官し、国際協力銀行総裁などを歴任。東大法卒。

     昔の大蔵省は、今と比べれば(政治に)大事にしてもらっていた。今ほど財政は逼迫(ひっぱく)しておらず、予算に新たな政策を盛り込み、「彩り」をつける余地があったからだ。

     主計官時代、「査定が厳しい」という理由で、「ぶった切りのヤスさん」などと呼ばれた。それでも、各省庁からの予算要求に、ある程度は応えることができた。公共事業費を(前年度より)10%以上伸ばせたし、財政投融資を活用した大量の住宅建設など、いろんなことがやれた。

     しかし、今は予算編成に余裕がない。近年、税収は増加傾向にあるが、私が次官に就任した1991年度の水準にようやく戻ったに過ぎない。一方、社会保障費は増大し、毎年、(他の政策経費は)横ばいの予算で、ほとんど新規要求を認める余地がない。

     今の財務省は、財政破綻を招かないようにすることで精いっぱいだ。財務省の力が弱くなったというより、日本の財政力が弱くなった。

     森友学園問題で決裁文書を改ざんしたのは、世間の批判が怖かったんだろうと思う。財務省は、落ちるところまで落ちたのだから、きちんと働くことによって評価を回復する以外に道はない。

    公平中立に政策継続を 元財務官 榊原英資氏 77

    • 1965年、大蔵省入省。国際金融局長などを経て、97年に財務官。99年に退官し、2010年から青山学院大学特別招聘(しょうへい)教授。東大経卒。
      1965年、大蔵省入省。国際金融局長などを経て、97年に財務官。99年に退官し、2010年から青山学院大学特別招聘(しょうへい)教授。東大経卒。

     現役だった頃の大蔵省は、政治の影響力を避けるため、3代先の事務次官まで決めていた。主計局長が次官に昇格し、官房長が主計局長に就く人事がルール化され、それがひっくり返ることはほとんどなかった。

     1974年に高木文雄氏が主税局長から事務次官になったが、背景には当時の自民党の田中派と福田派の対立があった。そのときの反省から、できるだけ政治的中立を保つ姿勢を守っていた。民主主義だから官僚機構は政治に従うべきだという意見があるが、かつては政権が代わっても官僚の人事には手を付けず、行政にはプラスに働いた。

     第2次安倍内閣以降、首相官邸の力が以前より強まったことは確かだ。2014年に内閣人事局が設けられたことで、政治の側から官僚人事に影響力を及ぼそうという動きも出ている。

     ただ、財務省の力がそれほど弱くなったとは思わない。予算編成と税制改正を担い、国際金融の分野でも外務省を通さずに独自のスタンスを保てる強い権限を持っている。

     政治におもねって無理に距離を縮める必要はない。公平中立を維持し、政権が代わったとしても同じ政策を継続するべきだ。

     OB編おわり

    2018年08月10日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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